「それじゃあルルーシュ、今晩ね」
「はい、母様。いってらっしゃいませ」
ドアを開けると、マリアンヌが紳士ね、と微笑んだ。
それに自分も微笑みでもって返すと、自分もドアの外に滑り出る。
新聞を取るためだ。
「場所はわかるでしょう?租界のはずれにある三ツ星レストラン。」
「父上とデートなさった後に、ですね。大丈夫です。」
「ナナリーはお友達のところから、五時には帰ってくるといっていたわ」
折りたたまれてメールボックスに入っていた新聞と数枚の手紙を丁寧に取り出す。
それを小脇に抱えて門の取っ手をひねり、マリアンヌのために開けた。
キィ、と小さな音を立てる新緑のゲートは、つい先週幼馴染のスザクと一緒に塗り替えたばかりだ。
マリアンヌは門の外に出て、再度ルルーシュのほうへ振り返った。
ふと母の襟元のリボンがゆがんでいるのを見つけて、そっと首元に手をやる。
「母様、リボンがゆがんでいます」
「あら、ありがとう。そろそろコレもゆるゆるねぇ・・・新調したほうがいいかしら」
綺麗に結ばれたリボンの先をちょこんつまんだマリアンヌが眉を下げ、名残惜しそうにため息をつく。
未練が残るのはそのリボンがはじめてシャルルがマリアンヌに贈ったものであるからということを知っているから、
ルルーシュは笑うだけで何も言わない。
「母様、もう時間ですよ」
「まあ。ではルルーシュ、行ってきます。気をつけてね」
「はい。母様もいってらっしゃいませ」
颯爽とブルーのドレスをなびかせながら遠くなってゆく母の背を見送り、ルルーシュは再び家の中に入った。
ダイニングテーブルに先ほどの新聞紙と手紙をおき、コンロの上のヤカンに水を入れて火にかける。
数分して湧き上がったお湯を、コーヒーミルで丁寧に挽いた豆をドリップにセットする。
出来上がったコーヒーにミルク一さじ、砂糖を二つ入れて、湯気の立つカップに口をつけながら椅子に座った。
新聞に一面から順に目を通して行き、テレビ欄はスルー。
壁掛け時計が一時の音色を奏でたところで漸く新聞をとじ、飲み終わったカップをシンクに置いた。
コーヒーの痕がカップに染み込まないように水を並々張っておく。
洗面所に赴き、顔を洗って歯を磨きながら、今日はどうしようかと考えた。
明日は一日中C.C.のショッピングに付き合うと決めている。
明後日は放課後生徒会のみんなと買出し、その後そのままスザクの家へ直行して泊まる。
その次の日は学校の後にユフィとお茶と映画を見に行く予定だし、夜はシュナイゼルとクロヴィスを招いてディナーパーティ。
来週末はコーネリアと一緒に愛馬でブリタニア家の所有地で散策する予定だし、午後からはブリタニア皇族の会合がある。
ランペルージを名乗っていても、ブリタニアから籍を抜いたわけではないので、こういうことは求められている。
ああ、そういえば今晩はナナリーと寝る約束をしていた。
楽しみだ。
さて、ナナリーが帰ってくる五時までの間、誰と何をしてすごそうか。
しあわせ、あつめてあたためて
携帯の電話帳を一周して、数多く居る友人達の名前を頭の中で反芻していく。
結局X行に居たXingke―――星刻を選び、メールではなく電話をかけた。
スリーコールほどして出た相手に、本日の予定を聞く。
手帳を見ながら暇だと言った星刻に、一緒に出かけないかと聞いた。
大きなショッピングモールの一角にある服屋でシャツを選ぶ。
お互い好みが似ているから、お互いによさそうな物を選んだりして購入していく。
「ああ、そういえば神楽耶が新しい服が欲しいだとか言ってたな」
「天子様が神楽耶様とおそろいのを着たいと言っていた」
「選んどくか?」
神楽耶も天子も二人の恋人でもなんでもないが、ついついなんだか構い倒したくなる相手だ。
神楽耶はルルーシュにとって幼馴染とも言える相手だし、星刻にとって天子は仕えるべき絶対の主だ。
けれどそんな二人もただの少女であることには変わりないので、一国の皇族であるからこそ、
普通の人よりもおしゃれに関して興味があった。
レジで店員に渡された、新しい服の入った紙袋を受け取ると、二人は迷いの無い足取りでエスカレーターまで向かった。
二つ下にある呉服屋によるのだが、わざわざインフォメーションセンターや地図を見ないあたり、
二人の記憶力のよさと優秀さが伺える。
結局二人で神楽耶と天子に同じ柄で色違いの和服を買い、包装をしてもらってそのまま発送してもらった。
その後は本屋で参考書や誰も読まないような難解な学術書を買い、
コーヒーショップでお茶をしたりして時間をつぶした。
「今日はありがとう、星刻」
「いや、私も今日は特に予定はなかったからな。楽しかった」
「俺もだ。良かったらまた今度出かけないか?」
「そうしよう」
互いに笑いながら駅まで向かう。
向かう方向が違うので改札前で別れを告げると、ルルーシュは地元駅まで帰るべく改札口を抜けた。
家に着き、身体をほぐしていると時計の針はいつの間にか四時半をさしていた。
コーヒーショップで買ってきた新しい豆を瓶に入れ替え、お湯を沸かす。
その間に着ていた服を洗濯籠に入れてシャワーを浴びた。
Tシャツとハーフパンツというラフな格好で、肩にタオルをかけたままコーヒーを淹れていると、丁度玄関のチャイムが鳴る。
ナナリーだ。
急いで玄関まで行ってドアを開ける。
とたんに飛びついてきた影を難なく受け止め、ルルーシュは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「お兄様!」
「お帰り、ナナリー。楽しかったかい?」
「はい、とっても!お兄様は?」
「楽しかったよ。さぁ、着替えておいで。紅茶を入れておくから」
はい、と嬉しそうに笑う妹の頬に口付けを落とす。
ついでルルーシュの頬にもキスをするナナリーをそっと抱きしめて、ルルーシュは再びキッチンへ戻った。
アールグレイの紅茶にミルクを適量いれ、色がなじむようにかき混ぜる。
ついで温度覚ましもかねて冷蔵庫に入れてあったメープルシロップを取り出すと、
スプーンにゆっくり注ぎながら紅茶と混ぜた。
程なくして薄緑色のワンピースを身にまとったナナリーにちょっとマグを掲げて見せて、
ナナリーの指定席の前にコトンとおいた。
「はい、ナナリー。ミルクティーだよ」
「ありがとうございます!まぁ、今日はメープルシロップですか?」
「うん。俺は蜂蜜よりもメープルが好きなんだけど、どうかな」
「美味しいです」
「それは良かった」
二人で楽しく談笑していると、時計が六時の音色を奏でた。
残っていたコーヒーをコクリと飲み干すと、立ち上がってナナリーを促す。
「ああ、そろそろ仕度をしなければね」
「じゃあ着替えてきます」
紅茶の入っていたマグをシンクに戻したナナリーが、軽い足取りで部屋へ戻る。
それに自分も続いてダイニングを出ると、部屋の中にあるウォーキングクローゼットに足を踏み入れた。
今日のために新調した礼服をとる。
薄い不織布で出来たカバーを丁寧に外すと、今まで着ていた部屋着を脱いで身支度を始めた。
ドレスタイを締め、タイピンで留める。
ワックスで軽く髪を整えて、右手で左腕に腕時計をはめる頃には、すっかりおしゃれをしたナナリーが部屋から出てきた。
あまりのかわいさに目眩がしそうだ。
ああ幸せな兄の性。
「かわいいね、ナナリー。とっても似合ってるよ」
「お兄様も、とってもかっこいいです。他の女性にお兄様を取られてしまいそう」
「そんなナナリー、俺はずっとナナリーのそばに居るよ?」
うふふあははと笑いながら腕を組む。
上着の内ポケットには手帳も携帯も財布も入っている。
準備万端だ。
小さなハンドバッグの中身を確認したナナリーが、小走りで駆けてくる。
ありがとう、といいながらルルーシュが開けていたドアをくぐると、
小さな石階段をコツンコツンと音を立てながら降り立った。
ドアを閉めて鍵を掛け、ズボンのポケットにキーケースを押し込む。
微笑みながら門の外で待っている、期待を込めたまなざしを向けてくるナナリーに腕を差し出す。
お兄様、大好きと言いながら腕を絡めてきたナナリーにどうしようもない愛しさを感じて、髪にそっとキスをした。
「お兄様、今日は何を食べましょうか?」
「父上はは相変わらずオマール海老は欠かさないのだろうし、
母上はそうだな・・・昨日豚肉のフィレミニオンアルロネーズ風が食べたいと言っていたよ」
「私、ロールキャベツとミントポテトサラダが食べたいです」
「俺は・・・うーん、ステーキアンドキドニーパイかな?サーモンサンドイッチなんかあると最高だな」
二つ品を言うと、ナナリーがコロコロと笑う。
「まあお兄様、二の腕がぷにぷにになってもナナリー知りませんよ?」
「そういうナナリーだって、デザートは沢山食べるんだろう?
アプリコットと抹茶のミルフィーユ、リンゴとレーズンのディープパイに、カラントとベリーのサマープディングに、
洋梨とブラックベリーのコーンミールケーキに、それから・・」
「も、もうお兄様ったら、そんなに食べられません!」
「はははっ」
石造りの橋をわたったところで、寄り添っている夫婦を見つける。
シャルルとマリアンヌだ。
ナナリーがお父様!お母様!と嬉しそうに駆け寄った。
細い身体を抱きとめたシャルルの横で、マリアンヌがいらっしゃいとばかりにルルーシュに手を振る。
ゆったりと歩いてマリアンヌの元へ行き、頬にそっとキスをされる。
自分もキスを返して父であるシャルルにそっと抱かれる。
こちらも頬にキスをした。
「さ、ルルーシュ、ナナリー、行きましょう?」
「今夜はどこですか?レストラン・レヴィル?それともホテル・ゴーディン?」
「ホテル・ゴーディンよ。二人とも好きでしょう?」
「はい。行きましょう、父上」
「うむ」
シャルルがそっと腕をマリアンヌに差し出す。
そっと腕を絡めて、寄り添いながら歩き始めた夫婦の後ろで、
ルルーシュとナナリーがまた腕を絡めながら歩き出した。
「お兄様、明日はご予定ありますか?」
「ごめんナナリー、明日はC.C.とショッピングに付き合う予定なんだ」
「あさっては?」
「明後日は放課後生徒会のみんなと買出しがあって、その後はそのままスザクの家で止まるよ。
その次の日は学校の後にユフィとお茶と映画を見に行く予定だし、
夜はシュナイゼル兄上とクロヴィス兄上を招いてディナーパーティだろう?
来週末はコーネリア姉上と一緒に愛馬でブリタニア家の所有地で散策する予定で、
午後からはブリタニア皇族の会合がある」
すらすらと予定を並べ立てるルルーシュに、ぷぅっと頬を膨らませたナナリーがそっぽを向いた。
妹のかわいらしい反抗に苦笑しながら、ルルーシュはナナリーの髪を梳いた。
「もう、お兄様ったら用事ばっかり」
「ごめんごめん。でも今日は一緒に寝るんだろう?」
「はい!」
前を行く両親の少し後ろキープしながらしばらく言葉を発さずに歩いていると、
ナナリーが前を向いたままポツリとつぶやいた。
「人気者ですね、お兄様」
「ん?」
「C.C.さんがいて、スザクさんがいて、学校の皆さんがいて、ユフィ姉様がいて、
シュナイゼル兄様もクロヴィス兄様もいて、コーネリア姉様もいて、家族がいて。」
「・・・」
「優しいです。幸せですね、お兄様」
柔和な笑顔で笑うナナリーが、幸せだとルルーシュに言う。
C.C.が居て、スザクがいて、ナナリーがいて、兄弟達が居て、父と母がいて、皆がいて。
「・・・うん、そうだね。」
なおも笑顔を向けてくるナナリーに、キスを一つ。
心からの笑顔を。
心からの言葉を。
「俺は、確かに幸せだ」