煌びやかな迎賓館、煌く招待客。
豪華な扉までの大理石の大階段、メインホールまで続く通路。
メインフロアの最奥中心にある階段から続く二階のビュッフェ、バルコニーで戯れる男女。
「スザク」
「あ、る、ルルーシュ?」
「大丈夫か」
「かっちんこっちんだなー、スザク」
白い騎士服に似た礼服をまとったスザクは、雰囲気からもオーラからもその様子に圧倒されている。
鮮やかな紫を基調とし、上から薄い黒のチュールで何層にも巻かれた美しいドレスを身にまとったルルーシュに
声をかけられるまでは、ドア側の壁とお友達になっていた。
隣には珍しく深いスカーレットのような色の礼服をまとったジノがいる。
礼服に合わせた漆黒のドレスタイをタイピンでとめたその姿は、金髪青目にとてもよく似合っている。
かっちんこっちんになりながらもルルーシュの問いかけに多分、と答えると、ふぅとルルーシュがため息をついた。
「練習したか?」
「な、なんだっけ、ど、ドリブル?」
「カドリール、だ馬鹿。舞踏会が始まるまであと二十分ほどある。控え室に行って練習するか?」
あまりにしどろもどろなスザクを不安に思ったのか、復習を提案する。
そのルルーシュのありがたい申し出に一瞬コクンとうなずきそうになったが、あわてて首をふった。
ルルーシュは今回の主催だ、会場から十分ほど経っている今、会場に主催がいないという事態はさけたい。
「い、いい。ここで」
「そ?まぁルルーシュ様がここにいないのは変だしな」
「そうだな。いいかスザク、どんな舞踏会もはじめは『カドリール』という曲で始まる。次にワルツだ」
「うん」
「今回の舞踏会では22曲やる。七曲がカドリール、そのうち三曲がランサーズ。
次にワルツが七曲で円舞曲(ガロップ)が四曲、そしてポルカ一曲だ。
ああ、今回はウインナワルツも二曲ほど入れるから、24曲だな。」
「うん」
「ルルーシュ様、ウインナワルツ好きですものね。チャチャチャやパソ・ドブレなど、ラテン系などは?」
ジノの問いにはいってない、と返すと、ルルーシュはぺらぺらと説明を加える。
聞いてるスザクは一字一句聞き漏らさないように耳の全神経をルルーシュの声に向けている。
「上流階級の娘は舞踏会のときは上質な厚手の絹のドレスを着てくる。絶対。
ドレスの色は青、銀、あとは薄緑なんかが主流で、ピンクなんかは舞踏会のときしか着ない。
ピンクを着ていたら、今回の舞踏会のためにわざわざ仕立てたということだ。
お前に上質の絹なんて見分けつくとは思えないから、色で覚えろ。
いかにも派手派手しい青、銀、薄緑、ピンクのドレスを着た女が誘ってきたら絶対にだ、ぜっっっったいに断るなよ」
「え、えぇっと、青、と、銀に緑にピンク?」
「う・す・み・ど・り!」
「青に銀に薄緑にピンクですすいません!」
「しっかりしろよー、スザク。
ナイトオブラウンズのお前が皇族貴族のレディたちのお誘いをことわったら、間違いなく、コレだ」
ちゃかすようにジノが笑いながら自信の首を絞める真似をし、舌をだして、グエ、という変な音をだした。
そのしぐさにサッと顔を青くすると、スザクはぶつぶつと
あお、ぎん、うすみどりぴんく、あお、ぎん、うすみどりぴんく、と呟きはじめる。
その様子に苦笑すると、ルルーシュはぽんぽんとうつむいたままのスザクの頭をたたいた。
「大丈夫だ。相手がいなくて暇していない限り、あちら側がお前を誘ってくることはない。
食べて、壁のシミを決め込んでいればいいさ」
「か、壁のシミ?」
「男のことをそういうんだ。壁の華は女のほう。・・・もうそろそろ始まるからな。
私はジノと一緒にいる。なにかあれば呼びに来い」
「わかった」
踵を返してフロアの中心へ足を進めると、ジノが三歩後ろを維持しながらついてくる。
その騎士っぷりに笑うと、後ろでジノがムッとするのがわかった。
「ルルーシュ様?」
「いや、悪い。なんでもないんだ」
振り向いて微笑んでやれば、ちょっと不機嫌だった顔もにぱっといつもの笑顔にもどる。
舞踏会の副主催であるヴァインベルグ公爵家の四男として振る舞いを忘れない態度に感心した。
「ルルーシュ様、今回はインターナショナルスタンダードはチョイスにいれてなかったのですか?」
「ワルツは入っているだろう?
スタンダードでは他にタンゴ、クイックステップ、ヴェニーズワルツ、スローフォックストロットだが・・・
全部いれてたらいつまでたっても舞踏会が終わらないじゃないか」
「ラテンを入れなかったのは?」
「私の好みじゃない。チャチャチャ、ルンバ、パソ・ドブレ、サンバ、ジャイブ・・・明るくていいかもしれんが、
今回は優雅に、をメインにしてるからな」
徐々に集まってきた招待客を前に、ひとつ段差のある階段に上がり、見渡す。
ジノは隣だ。
「さあ、ジノ。夜会を始めようか」
「イエス、ユアハイネス」
お手をどうぞ、レディ
「大宦官。アレは邪魔だ。今の中華を侵攻したって面白くもなんともない」
二曲目のランサーズを踊りながら呟かれたその言葉に、ジノは一瞬本当にここが踊りの場かと思った。
「ルルーシュ様?」
「中華連邦の話だ、バカ。見ろ、あそこに大宦官の一人の・・・ガオハイとかいうやつがいるだろう?」
言われたとおりの方向を見やれば、
二階のビュッフェスペースで大宦官の一人がブリタニア貴族であるバーネット子爵となにやら柱に隠れて話している。
時折笑いがこみ上げているその雰囲気は、あまり『談笑』と呼べるようなものではなかった。
「ルルーシュ様、あの男は・・・」
「大方、子爵に中華の情報を流して恩恵に預かろうとしているんだろう。
皇族に手が出せないから貴族とは・・・聞いて呆れる」
そう答えるルルーシュはくるくるとターンを披露しながらも、その顔はうんざりとしている。
「たしか中華は天子が治めていると聞きましたが・・・」
「その天子も今は幼帝、生まれたときから大宦官に政治も何も支配されて、無知のお飾りだ。
城から出たこともないそうだよ」
ほう、と息をつきながらぴったりと身体を密着させたルルーシュに、思わず苦笑をもらす。
呆れているような声音を出しながらも、きっとその心は痛んでいるのだろうと思う。
幼い、何も知ることを許されない天子を制圧することなど、この優しい主はしたくないのだろうから。
しかし、今回は無礼講の舞踏会であるはずなのに、
こうも政治の話ばかりしていては、せっかくのダンスも興ざめというもの。
主でありながら恋人でもあるはずのルルーシュのその姿に一息つくと、
ちょうどランサーズが終わったところでお辞儀をする。
「・・・ルルーシュ。そろそろ、ただのルルーシュとして私と踊っていただけませんか」
「・・・ジノ?」
「先ほどから、貴方は政治の話ばかりだ。
立場的には一介の騎士でしかない私にそういった話をしていただけるのは光栄ですが、今宵は無礼講なのでしょう?」
眉を下げて悲しそうな顔をすると、心がちょっと揺らいだのか、ルルーシュが焦ったような顔をする。
どうして、なんで、と悲しい顔をする理由がわからない彼女に言葉を重ねると、一瞬しまったという顔をした。
だがそれもほんの数秒で、次の瞬間にはいつものような女王の笑みを浮かべた。
「・・・しょうがないな、ジノ。一曲だけだ」
「せめて三曲ほどは?ワルツ、ウインナワルツ、パソ・ドブレ等、得意なのですよ」
「今回はラテンを選曲に入れてないといっただろう」
要求をぴしゃりとはねつけると、やっぱり、とジノが笑った。
じゃあ二曲、とパソ・ドブレ以外の曲を選んだところで、漸く了承の意をしめす。
やった、と小躍りしそうなほどに喜ぶジノを見て、ルルーシュの気分も上昇した。
「ジノ」
「はい?」
「・・・あとで、三階北のバルコニーへ。踊ろう。・・・ただのジノと、ルルーシュとして」
二人で二階のビュッフェスペースへ移動したところで、こっそりと耳元に口を寄せてささやいた。
一瞬意味を理解できなかったのか、きょとんとした顔をしたジノは、しかし次の瞬間花がほころぶようにわらった。
「はい・・・うん、ルルーシュ。わかった」
大きな柱の、人影が少ないところに移動すると、ジノがそっと抱き込むようにしてルルーシュをかばう。
柱とジノで他の招待客が見えない状態になったルルーシュは、何なのかと身をよじる。
「おい、ジノ・・・なんだ、こんなところへ連れ出して」
「ルルーシュ」
真剣な顔をして見下ろしてくるジノに思わず顔を赤くする。
なんだこれ、まるで意識してるみたいじゃないか!
と気づいて身体を離そうとするも、ルルーシュの細腕では体躯のいいジノにかなうわけがない。
「・・・キス、しても?」
「・・・・っ」
「ルルーシュ」
静かな声音で言われたそれに、首筋まで真っ赤に染め上がったルルーシュは、息を詰めて目をそらした。
しかし、無言の否定は許さないとでも言うように再度名前を重ねるジノに目を覗き込まれれば、
ルルーシュもあっけなく降参するしかなかった。
自分とは色も輝きも違う透き通った蒼い瞳に吸い込まれそうになりながら、
ルルーシュはいっそう身を寄せてジノを見上げた。
「・・・うん」
声は掠れていなかっただろうか、小さすぎて聞こえなかったなんてことはないだろうか。
そんな心配をするも、ゆるりと嬉しそうに微笑むジノを見てはそれが杞憂だったことはすぐに知れた。
右手で左手を取って身体を倒し、ルルーシュのつらい体勢を支えるように左手を背中にまわしてホールドすれば、
まるで今までダンスを踊っていたような錯覚に陥る。
そのまま顔を近づけると、ルルーシュが瞼を下ろして口を少し開けた。
後ろで招待客の笑い声や一曲目のワルツが聞こえる中、二人は暗闇で唇を重ねる。