自分が彼女を見つけたときには、すでに彼女はぼろぼろになっていて、 虚ろな瞳で目の前の墓を見つめているだけだった。
聞いたところ、弟の墓なのだという。 血こそ繋がっていなかったけれど、何よりも自分を大切に、愛してくれた弟だったのだと、 そう言った彼女の瞳から零れ落ちた一滴の涙を見て、星刻はただ彼女を、ルルーシュを抱きしめ続けた。
次第にしゃくりあげ、嗚咽をあげ始めたルルーシュからことのいきさつを聞きだした星刻は、香凛に連絡を取り、 彼女を竜胆に預けた後に、きっと悪役を追い出した英雄を気取っているのであろう黒の騎士団・斑鳩へと向かった。



トワイライトブルース



「・・・ゼロが、裏切った?」
おどろおどろしい声音で言われたそれに、団員達は怖がりながらも嬉しそうだった。
そうなんだ!あのやろう、ゼロはやっぱり俺達をだましてたんだ!今は逃げられてるけど、 ちゃんと探してぶっ殺してやるからさ、総司令!
何かの巣をついた瞬間のようにワッとわめき始めた騎士団員達の一番前、まるで自分達は素晴らしい事を成し遂げたのだと、 これこそが黒の騎士団なのだととでもいうように、誇らしげに立っている扇たちをはじめとする騎士団幹部を見て、 星刻は険呑な雰囲気をその目にたたえた。 それに気づいたのか、 ほんの少し眉をひそめただけの藤堂にこれ以上ない呆れと侮蔑を感じながら、星刻はため息をついた。
「・・・そうか」
一度目を伏せた星刻を見て、団員達は星刻もゼロの抹殺に協力してくれるのだと期待したが―――次の瞬間には、 それは絶望に変わった。
「香凛。扇、藤堂、千葉、玉城、ディートハルト、 ならびにゼロへの裏切りを画作した者達全てを捕虜第一・第二・第三独房に入れておけ。 ヴィレッタ・ヌゥはスパイの可能性がある。拘束して、見張りと監視カメラだ」
「なっ・・!」
「了解しました」
「星刻、これはどういうことだ!!」
星刻の命令にすぐさま反応した香凛と、 それに順ずる星刻が騎士団に引き入れた中華からの団員がすばやく団員達を捕らえ、後ろ手に拘束される。 すでに引っ立てられるように連れて行かれた他団員達と違って、 拘束はされたもののその場に残された幹部達は、いっせいに何をするのだとわめきたてた。 その声がわずらわしいのか、星刻が片眉を跳ね上げた。 嫌悪感を隠すことはしない。
「どういうことだと?それは私のセリフだ。黒の騎士団総司令である私を差し置いて勝手な行動とは・・・」
「・・・黒の騎士団の事務総長と、統合幕僚長の総意だ」
「それが?貴様達が裏切ったことには変わりは無い。そうだな、三日ほど独房に入ってもらおう。後に降格も考える」
先ほどまでの威勢はどこにいったのか、口ごもる扇に変わって、 藤堂がこの判断は扇と自分のものであるということを伝えた。 だが、それは結局一幹部がツートップの一部の了承も得ずに決めたことであり、 それが明確な裏切りであることは日を見るよりも明らかだ。
「裏切りなど!」
「何が違う? 今まで自分達を率いてきたリーダーを敵であるブリタニアの人間に売り渡すことの、どこが裏切りでないと?」
「あいつは俺達をだましてたんだ!」
「自分の命も顧みずに前線に挑んできた彼女がだましていたと?」
「そうだ!」
ここまで頭の使えない奴等だったとは思わなかった―――星刻は憤りを感じながらも、 ルルーシュによくぞここまで纏められたと賛辞を送りたい気分だった。 自分であれば、とうの昔に見捨てていただろう。
「あいつは俺達を裏切ったんだ!」
―――裏切った?裏切ったのはお前達だろう―――
「ほう?ゼロが裏切ったという、証拠でもあるのか」
「あるさ!」
そう叫んだ扇が懐から取り出した、シュナイゼルがくれたのだというレコーダーを星刻に手渡す。 一番新しいメモリーに入っている音声を再生して、星刻は固まった。
『ルルーシュ、君が日本人虐殺を命じたのか』『・・・・そうだ』
「ほらみろ!」
「これのどこが証拠じゃないっていうんだ・・・!」
固まった星刻を見て、ルルーシュを信じられなくなったと思った扇たちが捲くし立てる。 それを頭の隅で冷ややかに聞き流しながら、星刻はシュナイゼルに対する激情を抑えられないと思った。
まさか、つけられていたのか。 シュナイゼルに正体を暴かれ、一度つかまったと。 やはり枢木の所になど一人で行かせなければ良かったと、後悔の念が星刻を襲った。 そして同時に、敵が持ってきた証拠を易々と明確な証拠だと信じたこの腑抜けた幹部達にも殺意が湧いた。 扇の目の前にレコーダーを掲げ、もう一度再生する。
「それがゼロ本人である証拠は?」
「な、」
「証拠などいくらでもつくれるだろう?声質の似た人間に喋らせたかもしれない」
「何を・・・」
「ギアスが有ると言う証拠は? そのもの達がギアスをかけられた証拠は?お前達がギアスをかけられたという証拠は? そのルルーシュがギアスを持っていたという証拠は?」
「そ、それは・・・」
「そもそも、ギアスが何なのかお前達は知っているのか?」
「・・・シュナイゼルが、催眠術のようなものだと!」
「催眠術?お前達は馬鹿か。そんなものを易々と信じたのか。 最大の敵であるシュナイゼルの言葉と持ってきた『証拠』とやらを。 敵の言葉を鵜呑みにして、自分達のリーダーを追い出したと。」
その瞬間、扇の顔に喜色が混じった。 いきなりぱぁっと晴れた顔をした扇に、星刻がいぶかしげな視線を送る。
「シュナイゼルはもう敵じゃない!俺達の味方なんだ!」
「・・・・なん、だと?」
「シュナイゼルが、ルルーシュを引き渡せば日本を開放してくれるといった。彼は俺達を助けてくれたんだ!」
だから、と続けようとした扇は、言葉を発することが出来なかった。 星刻が、その鋭い剣の先をぴたりと扇の首元に当てていたから。 すでに剣の先は首に食い込んでいて、扇の首から血がツー、と流れた。
「・・・・先ほどから聞いていれば、お前達はシュナイゼル、シュナイゼルと。 我らが超合衆国と手を組んでおきながら、ブリタニアとつながっていたか・・・!」
「・・!」
星刻の言葉を正確に理解した藤堂が絶句する。 お前は信用たる人物だと思っていたのに、と藤堂に対する憎悪までが湧き上がって、 星刻はいっそのこと斑鳩にいる人間全員を殺してしまおうかと一瞬思った。
「扇・・・」
藤堂の呼び声に、扇が弱弱しく視線を向ける。 星刻の刃は、未だ扇の首から離れてはいなかった。
「・・・ほんの数日前に行ったばかりの、超合衆国決議の内容を。 黒の騎士団の役目を忘れたか、・・・扇、事務総長?」
「く、黒の騎士団は・・・武力を持たない合衆国から受ける依頼で、唯一の武装集団として」
「!!」
ようやく理解したのだろう、扇のたどたどしいながらもつむぎだされた説明で、千葉の顔面が蒼白になった。
「そう。 お前達は超合衆国の一縷の望みでありながら、自分達を勝利に導くことが出来るリーダーを自らの国と引き換えに売った。 日本以外の加盟国の事など、どうせ考えはしなかったのだろう? 自分達さえ国が帰ってくれば、他のブリタニアからの圧制に苦しむ国などどうでもよかったのだろう!!」
「違う、俺達は!!」
「何が違う!」
一斉に押し黙った幹部達を見渡して、星刻はすっと扇の首元から剣を引いた。 よろよろと後ずさる扇を一瞥して、星刻は周りを見渡した。 静かに言葉をつむぐ。
「・・・どうせ、誓約書にだって不可侵条約の有無は書かれてなどいないのだろう。 ただ返す、といっただけで、実際に返せるかどうかなどシュナイゼルは言及しなかったのだろう? あの男は宰相であっても、最終決定権をもつ皇帝ではないのだから」
「・・・!」
「あ・・・」
目を見開き、口をあけて固まってしまった扇を見て、星刻は静かに目を伏せた。
「・・・お前達には、わからないのだろう。彼女がどんな思いで戦ってきたか。 彼女がどれだけの悲しみを、ブリタニアに与えられていたか。 彼女がただ、ブリタニアに脅かされない日々を、幸せな日々を、妹と過ごしたかっただけだということも、 皇室になど絶対に見つかりたくないということも、お前達にはどれだけ言っても無駄なのだろう」

彼女は騎士団から向けられる一方的な信頼に、自分に出来る限りの事をして応えようとしていたのに・・・

「・・・最低だな。 お前達は、自分の全てでもってお前達を率いてきてくれた彼女を、ゼロを、もっとも最悪な形で裏切ったんだ」






夜遅くなってから、合衆国中華の朱禁城の自室に訪れた星刻は、寝台の上の光景にそっと口元を綻ばせていた。 まだ涙の跡が消えないルルーシュのそばに寄り添うように、天子が添い寝をしていたのだ。 まるで姉妹が仲良く眠っているようなその光景に笑って、 星刻は付き添っていた香凛に天子を天子自身の寝室に運ぶように命じた。 何しろ侍女が天子が夜分遅くにいなくなった、と大騒ぎしているのだ。 先ほどまではちゃんと御自分の寝台で横になっておられたのに、と。
大方、ルルーシュを見てられなかったのだろう。 ルルーシュも安心しきって眠っているところを見ると、天子は良い安眠剤になれたのだろう、 ルルーシュは自分の妹と同じ年頃の、か弱そうな女の子に弱いから、きっと天子も癒される存在だったに違いない。 起きることなく、そっと香凛の腕に抱かれて出て行った天子を目の端に捕らえて、星刻は扉を閉めた。 さっとシャワーを浴び、寝巻に着替えてするりと身をルルーシュの隣に滑らせる。 さらりと指の背でルルーシュのほほをなでる。
「ん・・・」
「・・・すまない、起こしてしまったか?」
少し身じろいでからゆっくりと目を開けたルルーシュに淡く微笑んで、星刻は謝った。 その問いにんーん、とどこか舌足らずな口調で首を振ると、ルルーシュが少し体をずらした。 それの意味することが分かった星刻が微笑んで、腕を伸ばしてルルーシュを引き寄せる。 星刻の首に顔をうずめるルルーシュに限りない愛情が湧き上がるのを感じながら、 星刻はルルーシュの頭にそっと唇を寄せた。
「・・・おやすみ、ルルーシュ」



どうか、良い夢を
筧様リクエストの既に恋人な星ルル♀で、19話派生の騎士団に怒りと正論をぶつけてからルルの後を追いかける星刻、です! 総計三ヶ月、大変大変お待たせしました!リクエストに添えていると嬉しいです。麻華の頭がアレなので騎士団に正論を ぶつけられているかどうかが少し不安ですが。リクエストありがとうございました!これからもよろしくお願いします。

2008年11月30日