キィ、と軋んだ音が下から聞こえて、気だるげにスザクは顔を上げた。
見れば、屋上のドアから出てきたルルーシュが、給水等の上にねっころがっているスザクを見ていた。
恋人であるはずの彼が、スザクに見せる無機質な表情。
普段のちょっとワルっぽいルルーシュからは考えられないような、思わず跪きたくなる溢れでる気品。
スザクの訝しげな視線に目を細めて、左目の瞼にそっと触れる彼を見て、スザクはすぐに気づいた。
彼も全く同じだった。
『ゼロ』の最大の敵、『ナイトオブセブン』を目の前に見ていた。
今のスザクが、ルルーシュを忌々しげに『ゼロ』として見ているのと同じように。
だれがあのこを殺したの?
ゆっくりと、はしごに手をかけて上ってくるルルーシュの細い手首。
ああ、相変わらずなんて細い。
そのまま足でルルーシュの手首を払って、彼を頭から地面にたたきつけてやろうと思ったけれど、
『今』の自分がルルーシュに抱く最上の愛がそれを阻んで、
逆に腕と頭だけ塔に到達したルルーシュの脇の下に腕を入れて引き上げた。
安心しきったように、スザクに任せれば大丈夫とでもいうように身を預けてくるルルーシュもまた、
今はただの『今のルルーシュ』に違いない。
「スザク、お弁当食べたか?」
「食べたよ。美味しかった、ありがとう」
「どういたしまして」
「明日は鳥の照り焼きがいいなぁ」
「わかった」
明日だなんて。明日なんて、今の自分達にあるはず無いのに。
有るって言うなら、今ルルーシュの細い首に回そうとしているこの手はなんだ?
スザクの胸元に手を置いておきながら、今にもネクタイを掴みそうなこの手はなんだ?
『・・・・・・スザク』
何だろう。今、声が二つに重なった気がした。その声音は何?聞いたことが無い。
『スザク』は、そんな風に冷え切って冷たい、上から見下すように発する声は聞いたことが無い。
自分の中の『スザク』は、その声にデジャヴを感じて憤るけれど。
「・・・・・・スザク」
「・・・・・・・・・・・・なぁに、ルルーシュ」
ぎゅ、とルルーシュを抱き込む。ルルーシュの肩に顔をうずめて、ただその声だけを。
そのぬくもりだけを感じていたかった。
駄目だ。今、この瞬間ルルーシュを喋らせてはいけないと、本能が警告を鳴らす。
だってスザクはそんなこと望んでいない。
今を望むスザクと、今を壊したいルルーシュ。
あのときの感情そのままじゃないか。嫌だ。ルルーシュとは、愛し愛されたままでいたいのに。
「・・・・スザク」
「だめだよ、ルルーシュ。やめて。」
「スザク」
「ルルーシュ・・・・・」
お願い、だから。
でも現実はそうは行かない―――。
『・・・・・・・・・・久しぶり、スザ、ク?』
ルルーシュの苦しいほどに甘いその声を耳元で聞いた瞬間、
体中が火照ったように熱くなって、スザクは身体を反転して、
気づいた時にはルルーシュをコンクリートの地面に押し倒していた。
馬乗りになってその白くて細っこい首に両腕を回す。
強いスザクの締め付けにもルルーシュが瞬時に死なないのは、
今のスザクが必死に理性を押しとどめているからだろうか。
『ルルーシュッ・・・・・・!!!』
「ァ・・・・ッは、ぐっ・・・・!」
ルルーシュの体が跳ねる。口からは唾液が助けを求めるようにあふれ出て、生理的な涙がルルーシュの瞳から零れた。
スザクの手に力ない手を添えて、息苦しさに喘ぐルルーシュを見て歓喜に震える『スザク』と、
そして、今何よりも大切なのはルルーシュだといつも豪語する―――
止まらない。何で、嫌だ!嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
こんなこと、ルルーシュにしたくないのに!嫌だ、止めて!
愛してるんだ、ルルーシュを殺したくなんて、無い!嫌だ、嫌だ!
こんなの間違ってる!!
『お前が!お前がユフィを殺した!関係ない沢山の人を!全てお前が!
殺してやる!死ね、死ね、死ね。死ね、ルルーシュ!!』
「いやだ・・・っルル、」
『裏切ったくせに、お前が、俺とナナリーを。何も知らないくせに、見なかったくせに。
売ったくせに、好きだったのに、スザク、許さない、スザク、スザク!』
「カッ・・・は、ぐっ・・・・」
―――不意に。
ルルーシュが、弱弱しくその腕を伸ばして。
スザクの頬に、触れた。
ハッとして見れば、苦しいのに、悲しいのに、
その紫色の瞳はスザクを見上げて、まるで花が綻ぶように―――笑った。
「スザク・・・・・・・・」
いつものルルーシュの声。ゆるゆると力を緩めたスザクの手を首からどかさずに、
ルルーシュはゆっくりと腕をスザクの背中と首に回して抱き込んだ。
「スザク・・・」
馬乗りになったまま、ルルーシュの首元に顔をうずめることになったスザクは、
その声音に一瞬目を見開いて、次の瞬間には崩れ落ちて泣いた。
「ルルーシュ・・・っ・・・!!」
声に涙が混じって、スザクが何度もルルーシュの名前を叫ぶのを聞きながら、ルルーシュはただ、
自分自身からも涙があふれ出るのを止められなかった。
「スザク・・・・スザク」
前世の自分達は、なんて憎みあっていたのだろう。いがみ合っていたのだろう。
ルルーシュにとってスザクはこんなにも愛しい存在なのに。
なんでこんなに殺したいのだろう。何でこんなに愛したいんだろう。
未だにルルーシュの首に顔をうずめるスザクを、ほんの少し顔をずらして見て、ルルーシュは目を閉じた。
体で、そのぬくもりでスザクを感じる。こんなに好きなのに。
「ごめん・・・・ごめん、スザク」
「ルルーシュ・・・・?」
そろり、とスザクが顔を上げる。ゆっくりと顔を近づけるスザクに気づいて、ルルーシュはそっと息を吐いた。
スザク、好きだ。
「スザク・・・こんな、好きなのに」
殺したくて仕方が無い。
「・・・ルルーシュ・・・・愛してる、なのに。なのに」
―――誰が愛を殺したの。