黒子は緑間が好きだった。出会う一年も前、入学した時から好きだった。



黒子さんの恋のお話。



 顔が全てとは言わないが、黒子だってもちろん顔のいい男には惹かれてしまう。入学当初からすらっと背が高くて、綺麗な顔立ちをしていた緑間は否応無しに彼女の視線を惹き付けた。同じバスケ部でも緑間は入学してすぐに二軍入りを果たし、黒子は三軍のマネージャーだ。影の薄さも相まって、肩を並べた事はおろか視線が混じり合う事すら無くて、黒子はずっと、緑間は雲の上の存在であり続けるのだと思っていた。その頃はまだ、少し気になる男の子という程度の印象だった。

 唯一黒子が彼と言葉を交わせたのは図書室だった。図書委員の黒子は、朝や昼、放課後に緑間の姿を図書室で見かけると胸が踊った。綺麗な顔立ちで、背が高くて、バスケが上手で、スリーポイントシュートが得意で、指を大事にしていて、いつもなにかしらをもっている。そんな彼が姿勢よく図書室に入って来ると、今日はどんな本を探すのだろう、とわくわくした。日本文学の方へ赴けば、自分のおすすめを教えたくなるし、世界文学の方へ赴けば、ぜひ彼のおすすめを知りたくなる。そわそわとしながら、柄にもなくリボンのゆがみを直して、髪を撫で付ける。
 緑間が一冊の本を抱えて戻って来る。あまりじっと見つめても失礼だから、彼の顔を見上げないようにして、まっすぐ前を向いた。
「・・・お願いします」
 黒子が彼の事をいいなぁと思うのは、彼が黒子に気付いてくれるからだった。もちろん最初から気付いてくれているわけではないのだけれど、黒子がいるカウンターにきて誰かいないのかときょろきょろする事は無い。しっかりと声をかけて本をと貸し出しカードを手渡しながら、丁寧な言葉でお願いしてくる彼は、とても好感がもてた。黒子はいつも、彼の借りていく本をこっそり覚える。読んだ事のある本なら、どうか彼が気に入りますようにと思うし、読んだ事の無い本は、返ってきたら借りてみよう。そんな風に思っていた。本当は本を手渡すどさくさにまぎれて指に触れてみたいとさえ思ったけれど、彼の大事にテーピングの施された指を触るのはおこがましい気がして、黒子はいつも本の端をもって手渡していた。


 二年にあがる寸前、彼は一軍に昇格した。黒子は相変わらず三軍で選手のサポートをしていた。


 バスケが好きで諦めきれなくて、第四体育館の幽霊とまで呼ばれるようになってしまった頃、青峰に出会えた事は、黒子にとって僥倖といえた。赤司によって一軍のマネージャーにひきあげられてから、緑間と言葉を交わすようになって、黒子はますます彼が気に入った。今まで大して彼の練習を見る事などできなかったのだけれど、一軍にあがって黒子は、尊敬の目で緑間を見るようになった。
 緑間も天才の一人である、それは間違いない。けれど黒子には、彼は秀才でもあるというイメージがあった。とてもない努力家だ。黙々とシュート打つ姿は、誰にもまねできない執念があってこそだと思う。体力トレーニングして、病的なまでに指先を気遣って、どんな時でもどんな場所からでもリングやネットにかする事無く正確にシュートがとれるように練習する姿はに、黒子はとても憧れた。そして、とても近い存在のように思えた。もちろん強いし、練習をしていないなどと思いすらしないけれど、努力よりも才能で成り立っているように見えてしまう青峰や紫原より、緑間はよっぽど身近に思えた。努力の末に結果がある。なのに最後は運命で締める緑間が、黒子はおもしろかった。

 実は一連の作業に全てこだわりやジンクスがある事。おは朝占いを盲目的に信じている事。ラッキーアイテムを、たとえそれがどんなに無茶なものでも必ず用意してくる事。少しずつ少しずつ、レギュラーと三軍マネージャーという関係では、図書室の常連と貸出し係という関係では、見えてこなかった彼の一面が見えてくるのが、黒子は楽しかった。素直に気持ちを表せない人なのだという事も、ついきつい物言いをしてしまう事も、その後少しだけ落ち込む事も、実は可愛い物が好きだという事も、大の甘党だという事も、知れば知る程、嬉しくなった。

 青峰と親友と呼べる関係になってから、彼と行く先々で手にするもの、食べるもの。それら全てを緑間に関連付けてしまっている事に気付いた時、黒子は、彼に恋をしている事を知った。


 彼への恋心を自覚してから、黒子は馬鹿みたいに夢中になった。おは朝で彼と自分の相性をチェックするようになって、二人のラッキーアイテムやカラーを覚えた。恋愛運は必ずチェックして、高ければその日はいつもよりちょっとだけ積極的に彼に話しかけた。お汁粉を飲んでみるようにした。自分はバニラシェイクの方が好きだったけれども、お汁粉とバニラシェイクの組み合わせは以外にも美味しくて、一時期マイブームになった。それを黄瀬や青峰、紫原がマネをしてみて、それに無理矢理つき合わされた緑間がバニラシェイクを飲んだ時、黒子はほっこり嬉しくなった。一軍になってから親友になった桃井は応援してくれて、皆にタオルとドリンクを配る時は黒子が緑間にいくようさりげなく立ち回ってくれたり、ちょっと可愛いリップクリームを選んでくれたり、自分の情報網を使ってさりげなく緑間の周辺をリサーチしてくれたりした。


 図書室で会えば必ず会話するようになった。
「緑間君は、『伊豆の踊り娘』を読んだ事がありますか?」
「いや・・・聞いた事はあるが。面白いか?」
「はい、恋愛小説・・なんですけど、純愛なんですよ。始まろうとして結局始まらない、お互い想い合うだけの純粋な恋のお話なんです。・・・読んでみますか?短いですから、恋愛小説が苦手でも、軽く読めると思いますけど・・・」
 ドキドキしながら待っていると、「読んでみる」と一つ頷いた緑間が、小話の入った本をかかえる。ほっとしながら、黒子は声がうわずらないように気をつけながら逆に訪ねた。
「緑間君は、よく世界文学を読んでいますよね・・・僕、そっちはあまり詳しくないんですけど、何かお勧めはありますか?」
「そうだな・・・」
 緑間が黒子に背を向けて、世界文学の棚に足を進める。黒子はそっと、緑間の右手の袖を掴んだ。これほどまでに自分の影の薄さを喜んだ事は無い。今となってはキセキの中で黒子は、見失ってはいけないからとよく手を掴まれる。争奪戦が起こるので一番無難な緑間に、と赤司が自ら指定する事も珍しくなくて、黒子はたまに緑間と手を重ねるのだ。振り払われない事にいつも安心して、黒子は頬を染めていた。
「黒子は、村下春樹は好きか?」
「はい。最近だと羊の大冒険を読みましたよ。読み終えたあとは放心してしまいました」
「これはその村下春樹が翻訳した、レイモンド・カーヴァーの、大聖堂という作品だ。とても・・・不思議な気持ちになる話なのだよ。盲人が出てくるんだが・・・目の見えない世界とはこういうものか、と新しい発見があって面白い」
「そうなんですか・・・。読んでみますね。ありがとうございます」
「いや」
 緑間に本を手渡されて、黒子は受け取る時ほんの少しだけ右手に触れた。






 それから約一年が立って、全中三連覇を果たした後。黒子は、はじめて緑間とどうなりたいかを考えた。

 全中が終わって、半年も先の高校入学に向けてスカウティングが始まったのだ。黒子は緑間との接点を考えた。もう少ししてバスケ部を完全に引退したら、選手とマネージャーという関係は終わってしまう。図書室での会話は続くだろうけども、ほんの短い時間だけだ。
「ねぇテッちゃん、テッちゃんはみどりんのどうなりたいの?お付き合いしたいの?」
 そんな事を桃井に聞かれて、黒子は少しずつ焦り始めた。黒子は、高校は誠凛に行くと決めている。皆と仲違いしたわけでも、バスケが嫌いになったわけでもない。ただ何となく新しい世界に触れてみたくて、誠凛高校に決めたのだ。けれど他の皆はバスケの強豪校にスポーツ推薦で行くだろうし、そうなれば黒子の緑間との接点は無いに等しい。自分の手元に残るのはバスケ部や図書室での彼との思い出と、彼にもらったころころ鉛筆と、弾みでもらったぬいぐるみだけ。たった、それだけ。
「・・・・・・・もっと・・・もっと、ずっと一緒にいたいです」
 そう、もっとずっと一緒にいたい。もっと彼の事をしりたい。彼のバスケを一番近くで見ていたい。
 ・・・けれど、自分はじゃあ、緑間の行く高校についていくのだろうか。なんとなく、それは違うと黒子は思った。新しい世界に一人で踏み込んでみたいと思ったのは間違いなく自分の本心だ。でもそれなら確実に緑間と黒子の絆は途絶えてしまう。
「・・・・・・告白・・・しようかな」
 もし同じ高校に行くにしても、もし告白してダメだったら、黒子には立ち直る自信がなかった。
「っ、うん、うん、それがいいよ!テッちゃんよく決意したね!」
 桃井がぎゅうぎゅうと抱きついてきて、ありがとうといいながら黒子も抱きしめ返した。柔らかい暖かさに包まれながら、未だ見ぬその日に緊張した。






 卒業式の日、黒子は走り回って緑間を探した。卒業式の後はキセキの皆で写真をとって、部員全員に挨拶された。その後緑間は、ふらっと一人どこかへ行ってしまったのだ。もう帰ってしまったんでしょうか。泣きそうになりながら、黒子は緑間を探しまわった。緑間が残りの中学生活を悩んで過ごさなくていいように、今日告白すると決めていたのだ。

 四カ所、緑間がいそうな所に立ち寄って、もうそろそろ本当に緑間が帰ってしまったのではないかと思い始めたときだった。ふと黒子は今朝のおは朝の結果を思い出して、図書室の扉を開けた。今日のあなた、古い物に囲まれるのが吉。緑間の星座はたしかそういう結果だった。古い本の集まる図書室なら、もしかして。
「・・・・あ」
「黒子」
「みどりまくん・・・」
 かくして、いた。おは朝に感謝しながら、黒子はそっと後ろ手で扉を閉めた。緑間に一歩近づく。
「・・・・卒業おめでとうございます」
「卒業おめでとう」
「・・・あの」
 卒業証書を握りしめる手が震える。汗がにじんで、顔が真っ赤になっているのが解る。
がんばれ僕。(がんばって、テッちゃん!)


「・・・緑間真太郎君、君が・・・・・君が好きです。僕と、お・・・・お、お付き合い、してください」

 言った!
 真っ赤になりながら、言えた自分を誇らしく思いながら、黒子はぎゅうと目を閉じて宣告を待った。











 時間にして、数分か。
 何も言わない緑間に、ああダメだ、と絶望的になりながら、黒子は下げていた頭を上げた。視界が涙でぼやける。時間をとらせてすまないと、変な事を言って悪かった、忘れてくれと、言わなければ。そう思って視線をあげると、顔の真っ赤な緑間と目が合う。あまりに真っ赤なので、黒子もつられて赤くなる。
 視線をさまよわせた緑間が、その尊敬すべき左手で顔を覆う。隙間から覗く目が黒子をとらえて、彼は静かに、
「よろしく、」
 と言った。
















「黒子ちゃん、嬉しそうね。なんかいい事あったの?」
 練習後、部誌をかいていたリコが、わくわくした顔で訪ねた。
 中学のときより長くなった髪を解いた黒子が、はにかむ。
「明日、彼氏とデートなんです」








 そんなお話。




可愛いお話になったぞう、と書いて自分でほくほくしました。公開後、たくさんの方にかわいいかわいいと言って頂けて嬉しかったです(計画通りニヤリ

2012年7月24日(支部初出2012年7月4日)