1. 息が、つまるほど



届け届け届け!



数いる帝光バスケ部の部員が帰路につき、その後も居残って練習を続けていたレギュラーである 「キセキの世代」すらもようやく、疲れた体を引きずりながら部室を出た時間。 誰もいない、バッシュとボール、そしてそれが音を立ててゴールに入る瞬間の、 布摩りの様な音しかしなくなった体育館で、緑間の自主練は始まる。一人の小さな陰に、支えられて。
「お疲れさまです、緑間くん」
とりあえずシュートタッチを確かめるかのように二度三度とボールを投げてきた緑間を迎えるように、 マネージャーである黒子がタオルを手に取る。 俯くようにしてメガネを取り外したのを見逃さず、すかさず優しく黒子はタオルを緑間の目元に押し付ける。 緑間が一番気にする汗をかく部分が彼にとって重要な左手と、そして目元である事を知っているからだ。 大まかに吹き終わった後は、タオルを裏返して首に巻き、 そこからこめかみから額に向かって髪の生え際にそって汗をふく。
「ああ」
「ドリンク、どうぞ」
「ありがとう」
タオルを固定するように首の後ろに添えられた大きな手を機に、後ろに置いてあったドリンクボトルを手渡す。 勢い良く体に中身を流し込んで行く様を見ながら、黒子は先ほどまで緑間が使っていた汗まみれのボールをそれ 専用のタオルで磨いた。

五分ほど休憩したところで、練習に戻る。 先ほどとは違い、髪をアップにした黒子がゴール下に待機すると、緑間はハーフラインよりやや内側に立ち、 ボールを放った。すっぽりとバスケットをくぐり抜ける。 すかさずボールをキャッチした黒子が、勢い良く緑間に向かってボールを放った。 それは驚くほどに緑間が腕を広げていた場所に納まり、違和感なく緑間はシュートを入れた。 今度はハーフラインから、それが成功したら、もっともっと後ろから、そして様々な角度から。 一寸の狂いもなく、リングにかする事もなく、ボールはすっぽりと綺麗な弧を描いてゴールに向かって落ちて行く。 緑間はその間、一瞬たりともゴールから目をそらさない。黒子から放たれるボールにも、目をくれない。 ボールが自分に向かってくる所を見ずとも、驚くほどあっさりと、軽やかに、そして捕りやすく、 黒子がボールを放つからだ。
陰ながらキセキの世代を全力でサポートし、そして時にはパスを出して練習に付き合えるほどの技量を持ち、 五人のクセを見逃さず、欲しいと思ったときにタオルを出し、乾いたと思ったときにドリンクが差し出される。 まさに陰だと、誰もが言った。
そしてその陰に、実は燃え滾るほどの熱情が秘められているのを知っているのは、緑間だけだ。
「・・・次で最後にするのだよ」
「わかりました」
一声かけ、緑間は最近着々と成功率があがってきている、 味方側のゴール下のラインから一気にうつシュートを危なげながらも成功させ、 それを黒子がリバウンドさせた後にキャッチしたところでようやく肩から力を抜いた。 ようやく黒子を真正面から見る。黒子が緑間を見る。 小さく息を詰めた黒子が、腕を振り上げて緑間にボールを放った、その瞬間―――

その目が、あまりにも真摯で。
シュッ・・・と静かに放たれたボールを無意識に受け取りながらも、緑間は息を詰めたまま、黒子を見つめた。

―――何かが崩れそうになるほどに、美しかった、のだ。



お前は、誰、なのだよ?

2009年7月24日 (2009年7月25日アップ)