ふとした瞬間に、見つけたのがきっかけだった。
宿題のために借りなければならなかった資料を、図書委員であるクラスメイトに期限が過ぎているとぐちぐち言われながら図書室に向かっていた、時。夕焼けに染まる図書室の一角、窓から差し込む夕日に照らされながら、一つの人影が本を読んでいた。そんな気がした。慌てて目をこすったけれども、何故かその影は見つけられなくて。返した後にもう一度じっくりと、落ち着いてよく見てみたら、その存在は居た。す、と背筋を伸ばして姿勢良く椅子に座る姿は静かで、落ち着いていて。夕日色に染まる色素の薄い髪の色がよりいっそうその儚げな印象を際立たせた。

彼女が座っているのとは別の机のある場所へ行き、そこから彼女の姿をのぞき見た。彼女は本を読むフリをしながらちらちらと窓の外をみ、体育館の開かれたドアから見えるバスケットボールに、その人形の様な顔を綻ばせた。

バスケ、好きなのかな。

名前、なんていうんだろ。

―――それが、はじまり。



モテる人間は意外と彼女がいないものだったりするものでして



「はじめまして。帝光バスケ部、マネージャーの黒子テツナです。今日からよろしくお願いします、黄瀬君」
朝に入部届けを出し、今日から出れるかという顧問からの質問に答え、いざ部活と意気込んだ黄瀬は、しょっぱなからイイコトに巡り会えた。図書室の一件から、ついつい探すようになってしまった後ろ姿。バスケが好きなのかと、少しでも接点を持てればいいと思って入部したバスケ部だったけれど。
まさか、初日から望みがあるだなんて。

「・・・あっ!」
ぽーっと熱に浮かされたように見ほれていたのだが、挨拶をし忘れているのに気づいて我に返った。
「す、すいまっせん・・・!ああ、あのあの、黄瀬涼太です!よろしくッス!!」
かくーん。と九十度に体を折り曲げれば、ようやく視線が黒子に近づく。ふふ、と小さく笑う音に続いて耳をそうっと指で包まれ、黄瀬は頬が熱くなるのを感じた。
「顔を上げてください、黄瀬君。こちらこそ、よろしくお願いします。」
いつまでも顔を上げない黄瀬に笑ってしまったのだろう、無理矢理、だがそっと黄瀬に顔をあげさせた彼女は、笑っていて。
「・・・・・・・・かわ、いいぃ・・・」
「はい?」
思わずまた見とれてしまい、さらには黄瀬が常々彼女に対して思っていた事までぽろっと口に出してしまい、またさらにはきょとんと小首をかしげてしまった彼女にまた見ほれた。
「あの・・・・黄瀬くん?」
ぽかーんと、体を九十度に折り曲げたまま、顔だけを黒子に向けている状態の彼に、黒子が戸惑いがちに声をかける。この姿勢は、もしかしなくとも、かなり首が痛いんじゃないだろうか。
「あのー・・・」
ひらひらと顔の前で手を振るも、目の前の彼は反応しない。どうしたんだろうか、とようやく肩をつかんだところで、びくりと中二にしては大きいからだが反応した。
「くっ、黒子っ、ちゃん!!」
「は、はい」
決意を宿したように輝く瞳は、黒子を一身に見つめていて。ガッと両肩を大きな手で包まれた黒子は、勢い余ってつい良い子のお返事をしてしまった。黄瀬の顔との距離は、わずか三十センチ。彼の瞳をのぞく事しかよしとされないこの視界では、自分の周りでどういった騒動が起こっているのかも分からなかった。

「黄瀬くん、何を」
「好きっす!!!付き合ってくださいっ黒子ちゃん!」


し――――・・・ん、と一瞬のうちに静まり返った体育館内は、しかし次の瞬間男達の絶叫と雄叫びに遮られ。その、ゴールポストすらも振動に揺れるほどの轟音にびっくりした黄瀬が、周りをぎょっとした顔で振り返り、その手を黒子の肩から浮かせた、その瞬間。
「うわっ・・・え、なんなんスか、コレ・・・!?」
ねぇ、黒子ちゃん、と振り返った先に、黒子の影は無く。はれ?と頭にはてなを浮かべた頃、既に黒子は体育館の外に連れ出されていた。

「ちょ・・・もう、緑間君・・・」
ざかざかと、夏の暑さの所為で最近ではのばしっぱなしになってしまっている雑草の中を進む。後ろの方ではまだ喧噪が続いているようで、黒子は幾度も後ろを振り返りながら自分を引っ張る男に不満を漏らした。
「もうすぐ部活始まるんですから、」
「うるさいのだよ」
体育館の入り口の裏、つまりは良く言うところでの体育館裏につくと、緑間はすかさずくるりと手の向きを変え、冷たい体育館の壁にもたれかかった。勢い良く黒子を引き寄せる。
「え、ぁ・・・ちょっと、緑間君」
体格差故か、黒子の体はすっぽりと緑間の腕の中に収まってしまう。
「なんなのだよ」
「なんじゃなくて、部活・・・ッ」
抗議の為に顔をあげれば、すかさず顔を包まれて。唇に触れる柔らかな感触に頬をさぁっと赤らめて、黒子は恥ずかしさに目を閉じた。
「んん、・・っ」
薄く目を開いて、横を見る。誰もいないのに気づいてしまったら、黒子は顔に熱が集まるのを感じながらユニフォームを握りしめた。こわごわと、緑間の広い背中に腕をまわす。
「、は・・っ!」
息苦しさに背をたたき、少しだけ緩められた隙に息を吸えば、やっぱりというか、なんというか、黒子の思った通り、すかさず舌を差し込まれた。
「ぁ、ふ・・・ん、ん、」
息が苦しい。それと同時に頭が甘さと熱でゆであがりそうになりながら、黒子は必死で緑間にしがみついた。気を抜けば、それこそへたりと座り込んでしまいそうだ。
しばらくしてようやく解放され、案の定黒子は腰を抜かして座り込んだ。目の前で緑間も一緒にしゃがみ込み、果てにはあぐらまでかいている。
「ッ・・・部活がある、って・・・言ってるのに・・・!」
「お前が悪いのだよ」
「はぁ・・・?」
「黄瀬の奴・・・・なんなのだよ。人の物に。何が『好きっす』なのだよ。どうせただの一目惚れだろう。そんな薄っぺらい恋でお前の何がわかるというのだ」
怪訝な顔をしながら緑間に凄んだ黒子からふい、と視線を外して、緑間はぶつぶつと不機嫌そうに呟き始めた。ふてくされたように顔を右手で支えているし、いつも大事にしている左手の指はひっきりなしに一定のスピードで片方の膝をたたいている。
それだけでもう彼が不機嫌絶好調だという事がわかるのに、それに加えて、この言動。普段自分に関係してくる事にだけは弱いだの鈍いだの言われている黒子も、さすがにわかる。もしかしなくたって、コレは。

「・・・やきもち・・・ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・わるいか」
赤くなった耳に、かわいいな、と小さく思いつつも、黒子はそうっと同じように頬を染めた。ちょっと嬉しい。
「・・・・悪くないです。・・・その・・・うれ、しい、です。ちょっと」
瞬間、目の前から視線が突き刺さっているのを嫌でも感じて、黒子は恥ずかしさに顔から火を噴かせた。は、恥ずかしい・・・!なんだこれは!
「ー・・・うう・・・みないでください・・・」
しまいには両手で頭を抱えて俯いた黒子にやっぱり愛しさが湧いて出て、緑間は珍しくその端正な顔に柔らかな微笑を湛えた。
「黒子」
「・・・なんですか」
「ドリンクは?」
「もう準備してますけど」
「タオル」
「洗濯済みです」
「チェックボード」
「それは桃井さんがやるそうです」
「なら後五分くらいいいだろう?」
いつもの不敵な笑みを浮かべた緑間を目の当たりにして、数秒。ようやく彼の言っている意味に思考をたどり着かせた黒子は、真っ赤になりながら息を飲んだ。
「・・・〜〜〜っ」
そっと大きな手で頬を包まれる。引き寄せられるように上を向かせられて、黒子は素直に目を伏せた。膝建ちになりながら、その逞しい首に腕をまわす。


「は・・・っんん、はふ・・ぁ・・」
すっかり激しい物へと変貌したキスに、黒子はぐるぐると翻弄され、いつの間にか周りの音が聞こえなくなっていた。
だから、知らなかったのだ。
「あ!こーんな所にいたんスか、くーろっこちゃー・・・・・・ん・・・・・」
ようやく消えた黒子の行方を突き止めた黄瀬が、ふたりの濃厚なキスシーンを目の当たりにして固まっていたということなど。





2011年9月12日 (2009年10月23日初出)