「えっやだなにそれ怖い」
「ジョシコウセイみたいな事を言うな」
ぼさぼさの頭のまま起きてきた雪男は第一声がそんな感じだった。せめてお前、目やにを洗い落としてきたらどうだ。
「えっやだなにそれ怖いってば」
「とりあえず顔洗ってこい?」
驚いたのは俺だ。



赤ちゃんと俺と時々雪男



俺の腕に現在進行形で抱かれている赤ん坊は、雪男の子だ。俺と雪男が暮らしている長屋の玄関の前に今朝ぽつねんと置いてあった。手紙には雪男君あなたの子です育ててくださいさようなら。あーいい汗かいた疲れたー下級悪魔の群れってだるーい、銭湯行ったら雪男の起き立てのあったかいベッドで寝ーよおっ。なんて輝く朝日を浴びながら帰ってきた俺の驚きを察して欲しい。誰だよぬいぐるみこんなところに置いてったの・・・とか思いながらどすどすほっぺをつついちゃったじゃねーか。
ともかく俺はその赤ん坊とその隣のエコバッグに入っていたおむつと哺乳瓶とミルクの素を持って中に入って、ダッシュで銭湯行ってきて汗を落とした。汗ついでに冷や汗とかも一緒に。

「お前の子だってよ」
「ダメだよ兄さん、元いた所に返してきなさい」
「お前の子だってよ」
「兄さん、確かに僕たちは繁殖性の無い恋愛をしてるけど、でも誘拐はダメだよ。返してきなさいったら」
「お前の子だっつってんだろ眼鏡」
俺の用意した朝飯をバリムシャバリムシャ食いながら、雪男が妙に据わった目で言う。そんな奴にいちいちお前の子だと返しながら、俺はこの赤ん坊にミルクを与えていた。レシピは勿論たまひよどっとこむ引用だ。
「・・・やだ、僕育てないよそんなの」
「そんなの呼ばわりかよ・・・」
「だって僕の子じゃないもん」
「ほくろとかそっくりだぞ」
「世の中僕だけが顔にほくろをもつと思ったら大間違いだよ兄さん!」
「あ〜はいはいわかったわかった、とりあえずお前落ち着けよ、口からメシ出てんぞ」
「兄さんのばかっ」
「たくあんだけで一週間暮らすか?」
「ごめんしゃい」
しゅんって落ち込んだ雪男って可愛い。床のカーペットにお腹いっぱいになったらしい赤ん坊を転がして、俺は雪男にコメのおかわりをよそってやった。
『貴方の子です、九月十八日生まれです、男の子です、育ててください。○○○○』
「誕生日、九月十八日だって。つーことは逆算して・・・一月?くらい?」
一月頃つったら、俺と雪男がまだつき合ってなかった頃だ。雪男が俺に毎日欲情して大変だったから女をとっかえひっかえしていたらしい情緒不安定な頃?ああ、それなら出来ちゃってても不思議は無い。
「え?ええ〜〜〜・・・・?覚えが無いよ・・・・」
「覚えねーはずないだろ?よっく考えてみろ?」
「あ?あー・・・あ・・・?」
「最初の名前は花ではじまる」
「あっ山田花子さん?」
「お前マジでサイテーだな」

「だいたいなあ、避妊してねーからこんな事になんだぞ!よくそーいう番組みては『兄さん、避妊は男の責任だよ僕ももっと気をつけるね!』とか言ってたのはお前だろーが!俺に対して避妊してくれた事なかったけど!避妊っておかしいけど俺妊娠しないから!!」
「失礼だな!ゴムは絶対つけてたよ!兄さんの為だけに取ってある僕の大切な精液を他の女に分け与えるわけないでしょ!?」
「お前の発言怖い!」
「そりゃ、ゴムだって百パー避妊はできないけど、でもそれだってかなりの低確率だよ?」
「ゴムに穴でも開けられたんじゃねーの?」
思い当たった可能性を呟くと、雷に撃たれた少女漫画の主人公のようにハッとした雪男は蒼白になった。
「そんな・・・昼ドラみたいな展開が僕に訪れるなんて・・・」
こいつバカほんとバカ。


中々に図太い赤ん坊はすっぴょすっぴょ眠りに落ちた。この図太さは絶対雪男の遺伝だ。
ちょっと位の大声では起きなさそうだったので好き勝手雪男を叱っていると、ついに雪男は涙目になりながら震えだした。
「なんで兄さん僕をそんなしかるの、僕悪くないじゃないしかるならその女を叱ってよ兄さんのばかきらいすき」
「お前も悪いよ」
「悪くないよ、僕をべろんべろんに酔わせて媚薬盛ってラブホに連れ込んでゴムに直径五十センチの穴をあけて僕に乗っかってさんざん好き勝手に腰振ってそのまま僕を放置してどっかに消えた女の被害者だよ僕は!」
「お前のそれは被害妄想だ!」
「きっと真実!」
「ああもううるせぇ!」
バン!と机を叩く。結構大きな音がしたので一瞬ひやりとしたが赤ん坊はやっぱり起きない。一瞬死んでんじゃないかと思ったが胸は上下してたから、やっぱり雪男の子なんだなと俺は本能的に理解していた。
「育児放棄だぞ」
「その言葉そっくりそのままその女に返すよ!自分で育てたらいいじゃない!」
「それが出来なくなったからお前に来たんじゃねぇの?」
「ていうか産まれて一ヶ月以上たって知らされるの怖いよ!せめて三ヶ月目くらいで言ってくれたら迷わずお金だして堕胎してもらってたのに!」
「お前ほんとサイテーだな!」
「うるさい!」
今度は雪男が机を叩いて立ち上がった。がしゃんと箸が跳ねてみそ汁がこぼれる。ああっと悲痛な叫びをあげて雪男があわてた。

「とにかく!僕はそんなぶにゃぶにゃしてて猿みたいなキモチワルイ生き物飼わないから!」
「ペットか!」
いい加減にしろ!と俺は雪男が叱られながらも平らげた食器を洗いながら怒った。
「こいつは確実にお前の子!兄ちゃんには解る!お前は覚えがないし愛せないっていうけど、神父さんは俺たちの事義理も義務ねーのに愛情いっぱい育ててくれたんだぞ!お前の言ってる事は神父さんをバカにしてる事だぞ!」
神父さんを例に出すと雪男はとたんにしゅんとなった。だって、だって、と落ち込みながら、それでも自分を挽回しようと不器用に赤ん坊を腕に抱いた。
何を言えばいいかわからないなまま、もごもごと口を動かしながら赤ん坊を覗き込む。角度を変えてうんうん言いながら赤ん坊を検品しおわった雪男は、俺と赤ん坊を見比べながら少し赤面した。
「・・・・兄さんの・・・」
「ん?」
「兄さんの子としてなら愛せる・・・・かもしれないような気がしなくもないような気がしないかもしれない?」
「・・・どっち?」
「兄さんがママになってくれるなら僕がんばってみてもいいよ。」
「俺は男だ」
「僕も男だ」
「当たり前だろ」
「僕は兄さんに対してしか男になれないから、兄さんが産んだって思えばこの子可愛いと思わなくもないよ」
「えー・・・あー・・・」
あー?
「あっ、俺が引き取って俺の子にしてお前は叔父って事!」
「違うよ兄さんのばかぁ!僕がパパで兄さんがママになってって言ってるんだ!」
「だから俺は男だ!」
「僕だって男だ!」
「ああもうるせぇわかったよ!」
ようやく腹を決めた俺は、いつも任務帰りの銭湯帰りの朝でいっぱいぐいっとやるビールをようやく飲んだ。


その後は二人でたまひよどっとこむを上から下まで読破して、おむつの替え方を練習して、ミルクの作り方も練習して、毛布とザブトンをしいた簡易ベビーベッドに赤ん坊を寝かせた。
「そういやこいつ名前ないんだよな」
「書いてなかった?」
「うん。ほらパパ、こいつなんて名前にする?」
「・・・燐男」
「お前ネーミングセンス最ッ悪だな!」



pixivより収納。クズな雪男と、心底呆れながらも彼が好きな燐がかきたかった

2014年6月22日(初出:2012年4月30日)