1: Underground Kins



 暗闇の中、複数のうめき声が上がる。
「終わったぞ、エレン」
 近くにあったテーブルに飾られていた真っ白なクロスで血を拭うと、リヴァイは部屋の隅にある豪奢な椅子にちょこんと座った幼子に声をかけた。
 はぁい、と返事が返るのと同時に後ろで男の声があがる。最後の悪あがきとして立ち上がった男であったが、リヴァイからしてみれば清涼な声が野太い声にかき消された訳で、非常に不愉快であったので。髪を掴みぐいっと腕を下におろすと、同時に膝を上げて男の鼻をぐしゃぐしゃにつぶした。
「チッ、きたねぇ」
 振り返って再度クロスで手を拭き、椅子に近寄る。
「パパ」
「帰るか」
 可愛らしい花柄のワンピースを纏った幼子に手を差し出すと、リヴァイの指をきゅっと紅葉の様な小さい手が掴んだ。抱き上げ、部屋を出る。いつもなら少しの汚れは気にせず歩かせるが、さすがに一張羅を着た娘に血溜まりを渡らせる訳にはいくまい。
 エレンがリヴァイの首に腕をまわしてご機嫌なまま斡旋所に向かい、成功報酬を受け取る。その横でエレンは受付嬢に飴を口に入れられていた。ここでは何も混ざっていない【ただの飴】をエレンにくれるので、リヴァイも特には気にしない。
 建物を出ると、リヴァイは背伸びをして手を差し出してきたエレンの手を握り歩き始めた。日光の当たらない地下街では、朝も夜も関係ない。好きなときに開け閉めする店ばかりで、エレンが見た事の無い店も多い。
「パパ、あれは」
「シャッツんとこの果物屋だ。何ももらうなよ、エレン。混ぜてやがる」
「マザリモノですか!たべたらアル中ですか」
「ヤク中だ」
 一つ知らない店が開いてるのを見る度にあれはなに、これはなにと訪ねて来るエレンに一つ一つ答えてやる。それくらいは父親として当然の義務だと思っているし、普段あまりとれない『父と娘のコミュニケーション』というやつだ。エレンは頭のいい子供だが、如何せん好奇心が旺盛なので必ず最初に釘を刺しておかねばならない。やはりまだまだ子供なのだ、地下街の狡猾な大人に甘い言葉でふらふらと誘われかねない。
 大通りに差し掛かり、半分ほどいったところでざわりと空気が変わった。
「なんでしょう」
 幼いながらも地下街の空気に慣れきっているエレンは気付いたようで、リヴァイと同じように騒ぎの方を注視しつつ歩き続ける。しばらくすると僅かにだか、人の間からお供をつれた明らかに貴族とわかる男が一人、でっぷりとした腹をゆらしながら闊歩してきた。地上へ続く階段から貴族がお忍びで遊びにくる賭博場と隣接するホテルはこの大通りとほぼ一直線でつながっている。だからこそ、リヴァイもエレンも、いや二人だけでなく、貴族に道を譲っている地下街の人間全員が、『いいカモが来た』と思っただろう。自分が金を持っている貴族である事を見せびらかしながら賭博場まで一直線に向かうのは、初心者の印だ。
「ぶたやろうだ」
 顔を輝かせたエレンが声を上げる。瞳はきらきらしていて、頬は紅潮。
「ね、パパ」
 きらきらとした瞳に見上げられて、リヴァイは言葉に詰まった。賢父でありたい部分の自分が『おいやめておけ』と言うのと、普通に通常運転な地下街のゴロツキ部分の自分が『やらせちまえ』と言い合うので、二秒ほど悩む。そして結局『これが初めてではないのだし』と、リヴァイは手を離すとエレンを顎で促した。
 こくこくと使命感一杯に頷くエレンが、リヴァイから離れて駆け出して行く。自然に貴族の男に近づいて行くエレンにめざとく気付いた者達がささやき合うのが耳に届く。
『お、エレンが行ったぞ』
『リヴァイは・・・いるな傍に』
 エレンは十分に近づいてからうつむくと、貴族の通り過ぎ様にぶつかって倒れた。どさりという音に気付いた貴族が、自分の足下を見る。自分の膝ほどまでしかない背丈の子供が尻餅をついているのを見て、男は鼻で笑ってから大声で怒鳴った。
「どけっ糞餓鬼!!」
「ごっごめんなさい!」
 エレンが目一杯に涙をためて謝る。おぼつかない足取りで離れていくのを確認すると、男はふんっと鼻をならし満足げに再び歩いて行った。
『エレンやるなぁ』
『よし続け続け』
『ガキならではの技だよなぁ。いやー俺も精進しねぇと』
 男達のつぶやきをと小さな拍手を無視しながら、リヴァイは走ってきたエレンと合流して大通りを渡りきった。人通りがめっきりと減ると、ずっとおとなしかったエレンが顔を上げる。満面の笑みで誇らし気だ。
「パパ、とった」
「何が入ってる?」
 しゃがんで視線を合わせながらそう問いかけると、エレンはうーんとうなりながら手を中の小包を見下ろした。質のいい布に、これまた上質な紐がくくられている。紐をほどくと布がぱらりと広がって、綺麗に磨かれた金貨が十数枚と顔を見せた。
「おかねだ!」
「金だな。金貨だぞ、しかも」
「たかいですか!」
「たけぇな。肉食えるぞ」
「にくーーーー!?」
 興奮したエレンが反芻する。思わずぐしゃぐしゃと髪をなで回してやると、きゃあきゃあと笑いながら抱きついて来る。
「よくやった、エレンよ」
「はい、パパ!」
「何が食いたい」
「うし!」
「牛肉か・・・ステーキと煮込み、どっちだ」
「パパは?」
「俺はステーキだな」
「エレンはビーフシチュー!」
「今日のメシはゴリラんとこでだな」
「あールイーゼちゃんおこるー」
「女装した青ヒゲなんてゴリラで充分だろ」
「エレンはちゃんとルイーゼちゃんって呼びます」
「そうしてやれ」
 楽しみで仕方が無いのか、エレンがリヴァイと繋いだ手を前後にふる。こんな風に愛おしいと思えるようになるなんて、一年前までは思いもしなかった。
 
 

 エレン、何を賭けても、守ってやる。
 
 小さな小さな、俺の娘。









【設定】

リヴァイさん
物心ついた頃には既に地下街にいた古参。自分の縄張りとかちゃんと持っていて、リヴァイさんに手を出して来る人はあまりいない。
現在は馴染みの斡旋所を通して色々仕事を請け負っている。顔がとても広い。
幼い頃は子供を使って商売する店に飼われていた。顧客に一人の大物貴族(女)がおり、彼女が賭博の為に地下街に降りて来るたびにアクセサリーとして使われていた。彼女は美と金を第一と考えている人物で、彼女に小児愛者的な側面は無く、あくまでリヴァイ少年の美貌を気に入って傍に置きたがった。
リヴァイが12の時に貴族が高級娼婦を買って、リヴァイの筆下しをさせた。のを、目の前で見てた。
それまでに色々と鬱憤が堪っていたリヴァイはそれを機に店を出て、一年ほどは貴族の女にもらっていた小遣いや宝石を売って暮らしていた。今更ながらに運動神経がべらぼうに良い事に気付き、以来喧嘩したりしてるうちに酒場のボディーガードに治まり、定期的な収入が入るように。
15の時、女にも慣れて娼婦をとっかえひっかえしていた頃、当時一番馴染みのあった娼婦の赤ん坊をピンポンダッシュで玄関先に置かれて突然子持ちに。
当初は顔立ちがはっきりする頃に売るつもりだったが、今ではなんだかんだいいつつ溺愛していて良いお父さん。

エレン
リヴァイのリアル娘、綴りはEllen。命名リヴァイ。ヘレネの変形で、絶世の美女という意味を持つ。皮肉を込めて名付けられた名前だったが、リヴァイは今は過去の自分GJと思っている。
リヴァイが15の時に産まれた女の子。目つきの悪さと髪の質だけリヴァイゆずり。後は全部母親である娼婦ゆずり。
お父さんがとても好き。見た目は全然似ていないが、口を開くと「ぶたやろう」とか「くそ」とかリヴァイそっくりの口調が出てきて、その度に「あー親子だな」って思われてる。エレン幸せ。
幼い頃はパパと呼んでいたが、手が離れる頃に父さんに矯正させられた。だが今でも素はパパのままである。



ネタが下りたら続編を書きたいなって

2013年9月21日(初出2013年8月18日)