初期タイトル「リヴァイ少年」
リヴァイの幼少期をねつ造した話。





 調査兵団に入団し早数年、持ち前の飲み込みの早さですっかり字も書ける様になってから、リヴァイはある一つの可能性に行き着いた。
 それは、自分の本名がリヴァイでは無いかもしれない、という事だった。




 俺の一番古い記憶は、自分より五つほど年上の少年の狡猾な笑みだ。
 子供の小回りの利く身体を生かして追いはぎをやっていた俺を、その少年は笑ったのだ。
「バッカだな、そんな事しなくても金は手に入るんだぜ」
 少年は小さな俺の手をひき、見るからに位の高い男に近寄っていった。
「おじさま、殺してほしいやついない?」
 少年は前金として金貨一枚をもらって、うきうきと俺の手をひいて歩いた。
「あいつが言ってたやつの特徴、覚えてるか?」
「かみは、ちゃいろ。めがくろい。みぎのこゆびがなくて、はもぬけてる」
「そう。そんで、名前はイヴォ」
「イボ」
「ちがうちがう、いー、?ぉ」
「い、?ぉ」
「そうそう」
「イヴォ、いた」
「どこだ?」
 俺は目が良かった。路地裏でこそこそと何かやっている右の小指が無い男を、すぐに見つける事ができた。
「すごいな、お前。ようし、ちゃんと見とけよ」
 そう言って少年は、俺を置いてゆっくり静かにイヴォという男に近寄っていった。その手にはガラスの大きな破片があり、少年は背を向けていたイヴォの左肩に、ぐさりと指した。
 痛みに驚いて振り向いたイヴォに突進し、少年はフルーツナイフで心臓を一突きした。ギャッと獣らしい叫び声をあげて、イヴォは逝った。
 ふうふうと肩で息をした少年は、輝かんばかりの笑顔で振り向いた。
「どうだ、すごいだろ」
「ん、・・・ん」
 凄いのかはわからなかったが、他にどう形容すれば良いかもわからなかった小さな俺は、逡巡してからとりあえず素直に頷いた。そんな俺ににっこりと笑い返した少年は、俺の手を握った。
「ああ、ちょいとお待ちよ」
 いざ行かんと一歩を踏み出した少年と俺を引き止める声に、俺たちは振り返った。そこにいたのは先ほどイヴォに抱きしめられていた女だった。女は豊満な胸の間からあめ玉を二つ取り出すと、それを俺たち二人の手に握らせた。
「さっきはありがとね、あいつしつこくって嫌だったんだよ。あんたが殺してくれて助かったわ」
 女は俺の髪を一撫でして、さっさと歩いて行ってしまった。何を握らされたのかわからず、手の中のあめ玉を見下ろすおれに、少年は言った。
「これ、あめだよ。こうやって、口にいれて、なめる」
 口の中にひょいとあめ玉を放り込むと、少年は俺に視線を合わせて口をもごもごと動かしてみせた。それに習って俺も口にいれ、舐めた。毒ではないと思ったからだ。
「うまいな」
 俺は頷いた。あんなに美味いものを食べたのは初めてだった。
「な、たまにこんなごほうびだってもらえるんだぜ」
 少年は、今度こそ俺の手をひいて、依頼人の元へ向かった。

 少年は成功報酬として握らされたもう一枚の金貨を、俺に握らせた。
「な?わざわざ追いはぎなんてめんどうな事しなくたって、子供にはいっぱいしごとがあるんだぜ」
 じゃあな、と踵を返しかけた少年は、くるりと振り返って俺に訪ねた。
「そういえばお前、名前は?」
 名前。そう問われて、俺は戸惑った。
 服の端を握り込んでぐるぐると考え出した俺を覗きこんで、少年は再度訪ねた。
「名前ねぇの?」
 その問いかけにハッとして、小さな俺は慌てて服をまくった。ほつれて、元の色すらわからような汚い服だったが、俺が唯一持っていた衣服だった。内側の裾のところに、刺繍がされていた。白い糸だった筈が汚れてすっかり黒ずんではいたが、なんとか刺繍の体を保ったようなものだ。俺はずっとこれを着ていた。だからもしこれが名前なら、これがきっと自分の名前だろうと思っていた。けれど俺は字なんて読めなかった。
「あ、これお前の名前?えーっと・・・俺も文字はあんまり・・・んー」
 所々糸もほつれ、黒ずみ、判別は難しい。それでも目を細めながら頑張って読み取ろうとする少年の姿に、俺はどきどきしながら待った。
「り・・・りー、?ぃ??ぇ?ヴァイ?かな?これしかわからん」
 パッと顔をあげて、少年は笑った。
「まーいーや。リヴァイって呼んでいいよな。ほんじゃリヴァイ、またな」
 ひらひらと手をふり、少年は手の中の金貨で遊びながら去っていった。









「この子、笑うの?」
 左。
「いや、こいつぁ駄目でさぁ。笑うのがいいんだったら、あっちの金髪なんかいいですよ。ずうっと笑顔で、男のちんこだってにこにこしゃぶるんだから」
 右。
「そう。でも、この子がいいわ。とっても好み。おいくら?」
 左。
「あ、そうですかい。でもほんとにいいんですか。こいつは見てくれだけは綺麗だが、笑いやしねぇし、処女だし、下手に力が強くて獰猛なもんで、大抵の事はさせてくれねぇ」
 右。
「それがいいわ。隣で座ってるお人形が欲しいのよ」
 左。
「それならいいが・・・じゃ、お代は確かに頂きましたぜ。三日後に返してくだせぇよ」
 右。
「ええ。ああでも、延長は可能なんでしょう?」
 左。
「期限の前の日にさえ教えてくれりゃ、いくらでも」
 右。
「ならいいわ。・・・さて、行きましょう。名前は?」




「ーーーリヴァイ」



愛してほしくて呼んだだけ



 さて、あの少年との出会いからリヴァイにとって幾星霜の年月が流れ、リヴァイはすっかり大きくなっていた。当時着ていた服はもう着れず、リヴァイは名前の刺繍が施された所だけを乱暴に破りとってポケットにいつも忍ばせていた。
 その後しばらく、追いはぎと金のありそうな男に近寄っては仕事を頂戴する生活を半々くらいの割合で続けていたのだが、聡い子供だったリヴァイは八歳を数える頃にそれをぱたりとやめた。目も良ければ耳も良かったので、道行く人々の噂話は簡単に耳に入った。平たく言えば、リヴァイは目をつけられはじめていたのだ。何の為に生きているのか、なんてわかりゃしないが、何故か死にたいとは思わない。ならば、生きる。それだけの話で、リヴァイは生き残る選択を取ったに過ぎなかった。風の噂で、あのときの少年の死を知った。
 しばらくふらふらとしていたが、リヴァイは結局、ドールハウスという名の店に拾われる事となった。そこはいわば子供の斡旋所ーーー平たく言えば娼館の様なもので、違うのは性だけを売っているわけではないという事だった。何も子供達全員がセックスをしなければならないわけではなく、客のニーズに合わせた形で商売をしていた。子供の需要はただの娼婦よりごまんといる。小児愛者相手に商売する事もあれば、子供のいない女とままごとをした。地下街で育った子供は、半分は大人になる前に死ぬが、半分は大抵そんな風に生き延びた。
 栄養の行き届かない地下街の子供は皆小柄だが、その中でもリヴァイは特に小柄で、幼いながらに女に好まれる怜悧な美貌の持ち主だったので、上手い具合に顧客がついた。ただリヴァイは一度客の男根を噛みちぎってからというもの、男の客がついた事は無く、いつも客は女ばかりだったのも好都合だった。つっこむ男はともかく、10歳の小さな陰茎に貫かれて悦ぶ女はそういない。大抵が彼を愛玩物として愛でたい客ばかりで、リヴァイはただ傍についていてやれば良いだけだったので楽だった。
「うふふ、可愛い」
 女はリヴァイをホテルに連れ帰ると、湯をたっぷりはった風呂にいれて、自らいい香りのする石けんでリヴァイの身体を隅々まで洗った。上質なシルクのシャツを着せて、紺色の靴下とピカピカの革靴を履かせ、サスペンダーをつけて、リヴァイはすっかり貴族の子供らしかった。
「さ、行きましょう?」
 マニキュアが綺麗に塗られた手を握り、リヴァイは教えられた通りに歩いた。片手にはリヴァイの身体の大きさほどもあるぬいぐるみだ。そんなリヴァイを可愛い、可愛いと褒めちぎって、女はリヴァイを連れ回した。賭博場、オークション、見世物小屋。地下街のありとあらゆる娯楽施設に、リヴァイをアクセサリーとして連れて行った。夜もふければ女はリヴァイをまた湯浴みさせて、可愛らしいパジャマを着せて、布団に寝かしつけて絵本を読みきかせ、額に口づけた。
「リヴァイ、私にも」
 頬を差し出す女に、リヴァイは伸びをして口づけてやった。それだけで金がたんまり手に入る。良いベッドで寝られる。美味しい食事にありつける。
 一緒になって眠る女の体温は居心地が悪かったけれど、これだけでリヴァイの生活は安泰だったのだ。楽な世界だ。












「リヴァイ、何してんのー?」
 頭上からハンジが声をかけた。いつの間にかリヴァイの書類は、余白の至る所に名前がつらつらと書き込まれていた。



この後、リヴァイ少年は酒場の用心棒などを経て、ある日エルヴィンに出会うという話でしたが、書いているうちに公式発表がどんどん出てきて挫折しました。 リヴァイの「本当の名前かもしれなかった名前」の候補としては、同じスペルの「Levi(レビ)」、「Leveille(ルヴェイユ)」等色々考えていましたが、まあそれは個人の好みだろうという感じで最後まで作中に出すつもりはありませんでした。

初出:2013年10月19日