「リヴァイ、今日はずいぶんと機嫌がいいね。そんなに内地が楽しみかい?」
 愉快そうなハンジの声がリヴァイの鼓膜を打った。この明るくいかれたマッドサイエンティストは、一カ所でじっとしているという事ができないらしい。目を閉じて腕を組んだまま微動だにしないリヴァイは誰が見ても話しかけにくい雰囲気だが、ハンジにそれは適用しない。結局その『答えてくれるまで離さないから』とでも言わんばかりに顔に突き刺さる熱いまなざしに、リヴァイは諦めを込めてふうと小さく息を吐いてから、「別に」とにべもなく答えた。
「アイツの情けねぇツラを拝まなきゃならねぇのかと思うと、瞼が重くなるだけだ」
「またまたぁ」とハンジに否定され、うっすらと米神に青筋が立つ。ハンジの隣に座るエルヴィンにまで微笑まれ、リヴァイの機嫌は降下の一途をたどっている。そんな彼の様子に慌てたのは、今回リヴァイ達の護衛兼補佐として初めて内地に同行するエルドとペトラだ。「人類最強」と呼ばれるリヴァイを含む一行に護衛が必要な筈も無いが、彼らの役職上致し方ない。ちなみにハンジと同じく分隊長を務めるミケは、調査兵団から団長、兵士長、分隊長が一人いれば事足りるという事で今回は本部にて留守番である。
「そんな事言っちゃって。顔みた瞬間に顔輝かせて、『へいちょー!』って駆け寄って来るのが可愛いんデショ?」
「え、」
「削ぐぞ、テメェのビンソン」
「ちょっと! あの子らにはきちんとソニーとビーンっていう立派な名前があるんだからね! 大体ビンソンって誰だよ!」
「うるせぇ」
 ハンジが身振り手振りを加えつつ言うも、リヴァイはお気に召さなかったらしい。ぴしゃりとはねつけて、リヴァイは再び目を閉じた。だが元来おしゃべりな質のハンジは、喋りだしたら止まらなくなる。
「あっそういえばビンソンって言えばね、昔私の近所にビンソンさんって人がいたんだけど、その人がまた変わり者でね、もうとっくに死にかけの老いぼれジジイだったんだけど元々駐屯兵団にいた人でッッてぇ!!」
「うるせぇっつってんだろ」
 さすがに耐えきれなかったのか、リヴァイが組んでいた足をハンジの太腿めがけて振り上げた。ちょうど良く尻に当たったらしい蹴りは、馬車の振動も加わって衝撃はかなりの物だったようだ。女とは思えぬ仕草で尻を抑えながら悶えるハンジを無視して外を見ると、ちょうど良く馬車が止まった。顔を出したエルヴィンが門番の駐屯兵に通行証を見せ、ウォールシーナが開かれる。 

「……空気が綺麗」
 思わずと言った風に、ペトラが呟いた。慌てて口を閉じた彼女に苦笑しつつも、エルドも同じ感想を抱いた。門一つ隔てただけ違う空気がそこには流れていた。僅かに香って来る花の香りも違えば、どこの街にも在る様な街臭さがここはずっと薄い。エルドもペトラも、どちらかというと内地よりの出身ではあるが、王城と首都のあるウォール・シーナに入るのは今回が初めてだ。
「ここからさらに一時間ほど馬車を走らせるよ。今回は残念だけど、首都には向かわない」
「どこへ行くんですか?」
 王城や王政府庁が在るのは首都を通っての最果てだ。行き先がそこでないというのならば、と思わず疑問を口にしたエルドに、ハンジはにこりと笑った。
「ハリファックス侯爵アンリ・サヴィルが治める土地、カリロエだよ。我ら調査兵団、一番のパトロンが住む場所さ。」




2014年12月8日(初出:2013年5月9日)