「エレンはね、シガンシナの出身なんだ。」
 帰りの馬車の中、帰りがけに街の住人にもらった林檎を齧りながらハンジがぺらぺら語り始めるのを、リヴァイは止めなかった。
「八年前のシガンシナ陥落でエレンは両親を無くしてね。幼なじみとも義妹ともはぐれて、今にも巨人に食べられそうって時にリヴァイが助けたんだ。何が危ないって、エレンは腰を抜かしていた訳でもないのに、逃げずにそこらの石やら枝やらを引っ掴んで巨人に投げつけてたって事なんだよね。目の前で自分の母親を食った巨人に復讐しようとしたらしくってさ。意志の強い目だったからリヴァイが引き取って兵士としての基礎を仕込んで、十二の時に訓練兵団に放り込んだ。成績五位で卒業したのに迷う事無く調査兵団志望。あだ名は『死に急ぎ野郎』」
 しゃりしゃりごりごり。芯の近くまで歯で削りながら、ハンジは続けた。
「今でこそあんなだけど、昔はそれこそ男の子みたいだったんだよ。訓練兵団に入るときに髪ばっさり切っちゃってさ。自分の事もオレって言って、背も高くてさ。まぁそれでもさ、若くして調査兵団に入る輩なんて圧倒的に少ない中で入ってきた『おちびちゃん』に、皆して構って可愛がったんだよ。笑うと可愛くってねぇ。元々可愛い顔立ちだし、そもそも訓練兵団に入る前の2年間は調査兵団で預かっててさ。リヴァイが戦場から連れ帰ってきたときに女の子だからってんで私がお風呂に入れてあげたんだけど、出てきた瞬間もう全員が大拍手。お姫様みたいにもうほんっと可愛くって!!くりっくりの目にほっぺはふくふくしてて、声もたかくって髪はちょっとふわってしててさ。突然現れたオアシスに男は大歓喜。リヴァイに全員殺されたけどね。そんで突然、明日から訓練兵団はいるんで、髪きりましたーっつって朝現れた日には、男は絶望女は喚いての阿鼻叫喚。大事に大事に皆で可愛がってたエレンちゃんが、一気に粗暴な男女に大変身だもんねぇ。そんで三年経って帰ってきて皆かいぐりかいぐり可愛がって、いつの間にか胸は膨らんでるし顔もちょっと大人びてるし、全員年寄りくさくなってさ。そいで皆に言われてまた髪を伸ばし始めると、やっぱり可愛いんだよ。本当に。はっとするくらいさ。
 兵士としても優秀だったよ。対人格闘に関してはリヴァイ、団長……の次くらいだったかなぁ。私で五分五分くらい。後は特に目立った特技も無かったんだけど、リヴァイの補佐が得意でね。特に対巨人戦闘の時は、リヴァイは必ずエレンをそばに置いてたくらいだよ。討伐効率がぐんと伸びるんだよね。それが……まぁ、三年前までの話だな。」
 ぽい、と既に齧る所が無い林檎の芯を外に放る。二個目の表面を袖できゅっきゅとこすり、ハンジは遠い目をして外をみやった。エルヴィンもリヴァイも何も言わないが、黙って外を見る。丘の上に立つ宮殿がどんどん遠くなっていくのをみながら、ハンジは二個目にかぶりついた。
「ハリファックス侯爵は、変わり者でね。調査兵団の視察をしにきた事があったんだよ。そこでエレンに一目惚れさ。すぐさま求婚。エレンは嫌がったし、私たちも貴重な戦力は減らしたくないとか適当な理由をつけて断固反対したんだけど、さすがに王家の血筋にも名を連ねるサヴィル家のお誘いは断れなかった。結局エレンは、この壁の世界の基準で言う所の最下層……【あのシガンシナ地区】出身ながら、大貴族様の仲間入りをしたってわけだ。役人やサヴィル家の人間の前ではおとなしくしていたけれど、私たちの前では泣いて嫌がった。普通の女なら喜ぶような事なんだろうけど、エレンは十歳の時からずっと調査兵団の兵士となるべく訓練と教育を施されてきたから、性根からして兵士なんだよ。埒があかないから、団長がエレンに『兵士としての婚姻である』と納得させる為の条件を二つばかりサヴィル家に呑ませた。一つは、エレンを嫁入りさせる代わりに、調査兵団への全面援助を約束する事。もう一つは、エレンの自主鍛錬を辞めさせない事。これはエレンが自分で考えた条件だね。どうやら侯爵は、本気でエレンに惚れ込んだらしくってね。エレンが本当は嫌がっているという話を聞いていたから、それでエレンが手に入るならと二つ返事で呑んでくれたよ。それでエレンもようやく納得してくれた。貴族の単なる慰み者としてじゃなくて、調査兵団の更なる飛躍の為の礎……自分をそう思い込ませて、エレンはようやく調査兵団から……リヴァイから離れる決意が出来たんだよ」
 宮殿がとうとう見えなくなって、ハンジは視線を床に戻した。
「ま、そういう事。以来内地に報告に行くたび、支援に対する感謝という名目で一年に二回くらいエレンに会いにあの宮殿に行ってるんだ。あくまで侯爵にあうという名目だから、話はあんまりできないけれど。うちは団員の入れ替わりがとんでもなく激しいから、エレンの事を知っているのはもうあまりいないんだ。ミケはその時いたと思うよ、もっと話が聞きたければいってみるといい。……さて、わたしはちょっと居眠りでもするよ。ソニーとビーンの夢を見られるといいなぁ」


リヴァイはその間、何も言わなかった。ひたすら外を見続けて、つまらなさそうに頬杖をついていた。





2014年12月8日(初出:2013年5月9日)