「藤堂、貴殿の母君と話をさせていただきたい」
天帝八十八楼の戦いの後。 中華と黒の騎士団の同盟契約の後、天子や香凛、 そして星刻を含んだ騎士団幹部で司令室でこれからのことを話し合っていたとき、 しばらく黙り込んでいたゼロが藤堂にそう切り出した。 いきなり何なんだ、とばかりに眉間にしわを寄せる幹部達を見ながら、 ゼロにぴったりと寄り添って座っていたC.C.がほう?とわらってゼロを見上げた。
「お前、あいつにアドバイスでももらうつもりか?」
「まぁな。少なくとも誰よりもブリタニアを理解している」
その言葉にバッと藤堂が顔を上げる。 知っていたのか、という表情に、当然だろう?と憮然にゼロは言い放った。 他の幹部達はいまだわけがわからず、顔を見合わせている。 貴殿の母君に通信をつなげ、と再度ゼロは藤堂に要求した。 隣のC.C.が藤堂に向かってあーあ、と笑う。
「残念だなぁ、藤堂?お前がブリタニア人とのハーフだということがばれてしまうぞ?」
告げられた事実に幹部達が訝しげに藤堂を見る。 落ち着いていたのは神楽耶とゼロ、C.C.だけで、他の面々―――特に四聖剣は驚きを隠せていない。 そしてゼロは、静かに告げた。

「話がしたい、藤堂。 貴殿の母君、第九十七代皇帝ゴルディアス・デ・ブリタニアが第三皇女にして、 シャルル・ジ・ブリタニアの義妹、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに」



戦女神は笑わない



母は美しい人だった。
ゴルディアスに多大なる寵愛をいただいていた母は、ブリタニアの軍事や政治に多大なる貢献をしながら、 皇位継承争いに巻き込まれることを嫌っていた。 そのため皇位継承権を放棄した母は、身を守るためにゴルディアスの薦めで日本に来日した。 そこで出会ったのが父である藤堂鏡夜であり、母が生涯愛する人間だった。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアではなく、一人のルルーシュとして鏡夜のそばで在り続けた母は、 俺にとって父と共にかけがえのない存在だ。 強く、優しく、美しく、誇り高く、人が何であるかを説いてくれた人だった。 きかん気だった俺を一度としておこることはなく、受け止めて暖かく諭してくれた。 俺は母が泣いたところも怒ったところも見たことがない。 近所の人たちからは両親がたまに喧嘩もしていたといっていたから、子どもの前でみせていなかっただけなのだろう。 子どもが親の感情に振り回されるということを、とても理解していたんだと思う。 母からは愛と優しさと誇りを、父からは道徳と強さを学んだ。

「藤堂。」
「・・・確かに、俺はブリタニア人とのハーフだ。父は藤堂鏡夜。母の名前はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
静かにそう告げた言葉に、ついにザワリと音を立てて幹部達が騒ぎだした。 それを一睨みで以って制すと、藤堂は言葉を紡ぎ続けた。
「確かに、俺の母親はブリタニアの皇女だった。 しかしそれは賢帝と謳われたゴルディアスが皇帝に即位していたときまでの話だ。 今の母はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアじゃない。俺の父と愛情で以って添い遂げた藤堂ルルーシュ。」
「それは承知している、藤堂鏡士朗。別にとって食おうというわけではない。」
「あれはシャルルの妹だからな。シャルルの理解者でもあった女だ。 こちらとしても現ブリタニア皇帝の弱点ぐらい知っておきたいじゃないか」
藤堂の言葉にすぐさまゼロが切り返す。 別に人質にしようというわけでもない。 純粋に話がしたいだけなのだ。 ゼロの言葉にC.C.が補足する。 幹部達は戸惑ったままだが―――まさか奇跡の藤堂がブリタニア皇族の血を引いているだなんて――― 藤堂の母が敵であるわけではないと知ったせいか、それとも藤堂という人間自身を知っているせいか、 話の成り行きを見守っている。 おとなしくしている気はあるようだ。 玉城なんかは何か言いたそうにウズウズしているが、さすがに雰囲気に呑まれたらしい。
「今、母君はどうしている?容姿からしてブリタニア人だから安全だとは思うが、 まさかエリア11に残したままではあるまい?」
「ああ、八年前の日本侵略の前にブリタニアへ帰ることを俺が薦めた。 皇族であることを隠して、貴族として生きれば良いと」
そう返すと、ふむ、とゼロが仮面の下で指を組む。 C.C.がくいくいと袖のひっぱり、注意を自身に向けさせた。
「ルルーシュのことだからな、ペンドラゴンの西のほうの・・・」
「ああ、コルヴュジエ塔のあたりに住んでいるだろうな」
「あいつ水とか花とか好きだからな・・・」
あたりか?と顔を向ける二人の問いに、驚きを隠せずにコクン、と一つうなずいて肯定した。
「というか・・・母を知って・・・?」
「まぁな。知り合いだ。」
「私もC.C.の関係で日本で一度だけあったことがあるが、それだけだな」
ずっと黙っていた扇が、ハッとしたように顔を上げた。 恐る恐ると手を上げる扇に、ゼロが律儀にも指名する。
「それで・・・ゼロは、具体的にその藤堂さんのお母さん・・・ルルーシュ?皇女に何を聞くんだ?」
その扇の問いに再度ふむ、とうなると、その前にと藤堂に顔を向けた。
「藤堂。母君への通信手段は?」
「・・・母をブリタニアに送るときに、極秘回線のコードを教えてもらった。多分つながる」
「多分?」
「ブリタニアが侵攻してきてから、まともに連絡を取れていないんだ」
「そうか」
それだけ言って落ち着くと、ゼロはC.C.と顔を見合わせ、うなずいた。 相変わらずツーカーな二人だ。 それをみてきぃーっ!と今にも飛び掛りそうなカレンを南と杉山が全力で収めて、ゼロが漸く口を開く。
「・・・協力をしてもらえるならば、今のブリタニアを、どう思うか。まずはそれだな」


「藤堂、無理を承知で貴殿に頼みたい。母君と、話をさせて欲しい」





「・・・母上」
『鏡士朗か?五年以上連絡してこなかったやつが、久しいな』
通信越しのその美女は、息子である自分と二十歳年が離れている、58とは思えない美しさを誇っていた。 深い紫色のドレスを身にまとった、黒髪長髪のルルーシュは、カメラの前でにやりと不敵に笑った。 その笑みは映像だけでしか見たことがない、母の戦場での笑みだった。 周りにいた幹部達は、あまりの美しさに声を失っている。
「・・・話をしていただきたい人物がいるのです」
ゆっくり静かにそう告げれば、大して驚いた様子も見せずに片眉を上げた。
『・・・それは、お前の後ろにいる稀代のテロリスト、ゼロか?』
「さすがですね、ルルーシュ皇女。はじめまして、黒の騎士団総司令、ゼロです。」
『はじめましてじゃないだろう?隣にC.C.がいることからして・・・あの、子どもか』
「貴方からしてみればそうでしょうね。さすがにもう成人してますよ」
すらすらとゼロと受け答えをしていくルルーシュを見て、星刻はなるほどと感心した。 さすがにブリタニアを繁栄まで支え続けただけの貫禄はある、と。 一国の皇女としての身分を放棄してから何十年とたっているであろうに、その威厳は衰えていることはなかった。
『それで?そのゼロともあろうものが、私に何の用だ?』
「貴方にブリタニアを見て頂きたい」
はっきりとそう告げたゼロの言葉の真意をはっきりと理解できたのは、 その空間ではC.C.、ルルーシュ、星刻、そして神楽耶だけだった。 居住まいを正したルルーシュは、座っていたソファに深く腰掛けなおした。 モニター越しに移るかつての戦友でもあり、共犯者でもある少女の存在を視界に入れると、 ルルーシュが深くため息をつく。
『・・・C.C.。お前の共犯者は、どうやら女性に対する礼儀がなってないようだな?』
「ふふっ、お前もそう思うだろう?」
「・・・C.C.」
笑うC.C.を小突いて、ゼロが再びモニターを見上げる。 目の前にいるルルーシュは楽しそうな笑みを浮かべており、この殺伐としたような雰囲気からは程遠い微笑だった。
『抽象的だな、ゼロ。団員達にも教えてやればいいのに。ホラ、うちの息子なんてオロオロしてるぞ』
「してません!」
おどけていったルルーシュの言葉に、すかさず藤堂が声をあげる。 いつまでたっても子どもだな、といいながらなおも笑い続けるルルーシュに、やっぱり叶わないのだと藤堂は悟った。 他の面々は思いがけずも藤堂の子どもっぽい面を見てしまって、否応なしに間違いなくこの皇女は母なのだと気づく。
『はっきりしろ、ゼロ。お前は誰よりもブリタニアを理解している私に、対ブリタニアの作戦を練って欲しいのか? それとも、我が兄上であるシャルルの弱点でも知りたいのか?』
「これからのブリタニアのあるべき姿を教えていただきたい」
すっぱりと話を切り替え、再びまじめな顔を作ったルルーシュの問いに、よどみなくゼロが答える。 黒の騎士団に入って欲しいといっているわけではないと補足したゼロの言葉に、ルルーシュが押し黙る。 あごに指を添えて考えるそぶりをしたルルーシュが黙り込んで、約30秒後。 はは、と苦笑したC.C.に、同じように苦笑で返す。 やはり二人は昔ながらの共犯者、大体考えることは一緒だった。 C.C.が片眉を上げてルルーシュを見ると、ルルーシュも同じように片眉を上げた。 両者間でしか通用しない、ある意味降参のポーズだ。
『・・・わかった、ゼロ。私は敬愛していた父上であるゴルディアス・デ・ブリタニアの代でしか皇女として ブリタニアを見たことは無いが、それでもよければ力を貸そう。』



『鏡士郎。お前、いくつになった?』
「38です、母上」
『そうか。』
眉を下げ、頼りなさそうに笑う。 二十歳を過ぎた辺りから、母は俺にも感情を見せてくれるようになった。 もう親の感情に振り回されてしまうような幼い子どもではないから。 ぽつり、とルルーシュが何かをつぶやく。
『早く、日本に帰りたいな・・・』
その言葉にハッとしたのは、今まで通信を傍観していた幹部全員だ。 この皇女は、日本に帰りたいといった。 それはつまり、自身が今住んでいるブリタニアに居続ける気はないということで、 日本を自分の居場所に、拠り所としているということだ。 真に日本を愛してくれているのだと感じた扇をはじめとした人間達が、胸を熱くする。 一歩前に出たゼロが紳士がするようなそれで手を胸に当て、片足を半歩下げて一礼をした。
「取り戻してみせます、必ず」
『私もなるべく協力しよう、ゼロ。』
その様子を見たルルーシュが、ゼロとの協力の意志を示した。 それを諸手をあげて喜んだ幹部が、特に玉城が、藤堂の母ちゃん最高!などと叫んでいる。 静かな微笑でもってそれを見ていたルルーシュだが、ふと思い出したようにクイクイと指を動かす。 藤堂に向かって来い、といったその動作で、藤堂は数歩前に出る。 腹の前で手を組んで座っているルルーシュにまっすぐ見つめられる。 それだけで、藤堂はまるで昔母と暮らしていたような気分になった。

『・・・鏡士郎』
「はい、母上」
『死ぬなよ』
「はい」
『本来ならば、私もお前の隣で指揮官としてそちらに行くべきなのだろう。 だが、鏡夜は私を戦いに巻き込むことを嫌がった。だから、私はそちらには行かない』
「はい」
『戦場で髪が汚れるのも、イヤなんだ。この黒髪は、鏡夜にずっと褒められ続けていたものだから』
死ぬまで、死んでも維持したい、私の美点なんだ。
そういったルルーシュの髪は、確かに何よりも美しかった。 鳥の濡れ羽色のような、深い紫のかかった黒髪。 つやがあって、光沢も瑞々しさも余すところなく魅せつけ、枝毛どころか痛んでいる髪すら一つも無い。 この髪は、息子が16の時に死んだ、二つ違いの夫が、生涯褒め続けていた髪だ。 夫は髪を気に入っており、何かあればすぐにこの黒髪を弄んでいた。
綺麗だと。 美しいと。 なによりも素敵な至高なる色だと言ってくれた。 であって四十年、夫が死して二十二年。その二十年間を含んだ四十年間、髪の手入れを欠かしたことは一度としてなかった。 それは最愛の夫に褒めてもらいたい、絶対に謙遜をしない、自分が唯一誇れる髪だったから。
『でも・・やっぱり・・・、』
ぼそり、とつぶやかれた言葉を聞き取れなかった藤堂が、顔を上げていぶかしげに母を見つめる。 それになんでもない、と首を振ったルルーシュが、再度ため息をつくように藤堂に言う。

本当はこんなブリタニアなんてすぐさま去ってしまいたい。 丘の上にある、夏は暑くて仕方が無いあの平屋の日本家屋に戻って、昔のように暮らしたいんだ。 鏡士郎が思い人も恋人も妻もいないのであれば、母子一緒に住んだりして。 毎日鏡夜の仏壇にお祈りをして、出来ることなら夢にだって見て。 三人で仲良く暮らしていたころに戻りたい。
『・・・死ぬな、鏡士郎。38は、鏡夜が死んだ年だ』
自分の身の安全のためだけにブリタニア貴族としていきるだなんて、そんなのはイヤだ。

『イヤなんだよ、鏡士郎・・・本当は私だって戦いたい』
そういって微笑む母の瞳から、真珠のような涙が、一つ、一つ。



シャルル兄様、やっぱり私は幸せが欲しい。だから、貴方だって殺せる。ゴルディアス父上も、そう、きっとわかってくれる

2008年9月13日