「父様、母様!」
「ああ、今行く」
何年たっても変わらない、鮮やかなライトグリーン色の髪をなびかせた妻の手をとる。 意識をこちらに向けた琥珀色の瞳はやはり相変わらずで、それに笑いながら手をひっぱって、促す。 昔と変わらない重さのはずなのに、 ふわりと軽く感じてしまうのはやはり自分自身の肉体の成長が関係しているのだろう。
「お兄様、お義姉様」
神経の問題で一生歩くことは出来ずとも、心のリハビリを懸命にクリアした最愛の妹は、 もうその顔に自分より少し薄い紫の瞳を覗かせることが出来るようになっていた。 淡いピンク色の最新式自動車椅子を操作しながら、膝元でじゃれている姪の頭をなでる。 柔らかく微笑みながら呼ばれて、ルルーシュとC.C.は広く花畑のような庭の先にある屋敷へ戻った。 幸せだった。
世界は美しい。 世界は優しい。



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ブリタニアの宮殿たちが壊されていく。
太陽宮も、サジタリアス宮も、ペルセウス宮も、レチクル宮も、アリエス宮も何もかも。 倒壊し、一面を焼き尽くされるその様を、黒の騎士団員達や、超合衆国のトップ達、いや、 全世界の人々が、それを様々な思いで見ていた。 あるものは絶望的に。 ある者は歓喜に、ある者は狂気に、ある者は無感動に、あるものは悲観的に。 それでも、目の前でそれを見ている人間達の一番前に立っている、 黒の騎士団のトップを勤めたゼロという仮面の男は、何の言葉も発さず、ただじっとそこにたたずんでいた。 隣には、やはりおなじみのライトグリーンの少女が立っている。 二人とも、背筋をピンと伸ばし、どこか敬意を持ったような立ち方をしていた。 それをずっと見守っていた団員達が、皇宮の倒壊や焼失を担当していた団員達の一人から、 作業が全て完了したとの報告を受ける。 それが全員に知れ渡り、皆どこか安堵したような顔で力を抜いた。
ゼロとC.C.、二人以外は。

ゼロとC.C.が、一歩を踏み出す。 それを皆静かに見つめる。 カシャ、という音と共に、ゼロの仮面がはずされる様を見た。 二人は背を向けているから、他の人間からはその素顔が見えない。 見えるのは、なおも隣に立っているC.C.だけだ。 ゼロは、仮面を小脇に抱えたまま佇んでいると、深く、優雅にブリタニア皇宮へ一礼した。 ポツリと、ゼロがありがとう、さようなら、とつぶやく。 小さすぎて誰も聞こえない。 隣に居たC.C.は、ブリタニア皇宮の一角にある、アリエスの離宮の方へ向かって、キスを一つ。 指の先にちゅ、と送ったキスを、そのまま手のひらを返すことで離宮へ贈った。 再び仮面をかぶったゼロの右腕を絡めとる。 顔を腕にうずめるように隠すC.C.を見て、何故かないているのかと思った。

「―――諸君」
振り返ったゼロが、言葉を紡ぐ。 いつの間にかC.C.は離れ、ゼロの隣で毅然と立っていた。
「ブリタニアは廃した。我等の、勝利だ」
一拍おいた後に、湧き上がる歓声。 騎士団だけではなく、世界中の、ブリタニアの領地として治められていたエリアの人間全てが、 いっせいに諸手を上げて喜んだ。 人々は歓喜し、涙し合い、抱き合い、口付け合い、全身で、己の全てで喜び合う。 しばらくそれを傍観していたゼロが、片手をす、と上げる。 そのしぐさ一つで沈黙を作り上げたゼロに、いまさらながら王たる資質を垣間見た。
「―――諸君。人々よ」
ゼロが再び言葉を紡ぐ。 その声音は機械越しながら、今まで聞いてきたどんなゼロの言葉よりも温かみがあると感じた。 人間らしい、男の声だ。 一人の、たった一人のちっぽけな人間の声だった。
「世界は、美しい。世界は、優しい。」
はっきりと口にしていくその演説には、やはり全ての者が魅了されていた。 大仰な仕草も、芝居掛かった口調も、見事な戦略や戦術や知略も、 絶対的なカリスマも、悠然たる王の雰囲気も、独特な衣装も、存在を全て隠していた仮面も。 全てが全てを魅了する神たるものを作り上げた一品だった。 何一つかけていれば、きっとゼロは誕生しなかった。
「美しく有らないのは人々だ。醜く、優しく有らないのは人間だ。」
深いテノールの音が、静かに耳から入り、身体全体に浸透していく。 もはや魔法だった。 少しの間を持って沈黙していたゼロが、やはり大仰な仕草でバッ!とマントをはらった。 マントが翼のように、大きく揺れる。
「人々よ!世界は、美しく見えるだろうか!優しく見えるだろうか!」
視線がゼロに集まる。 涙がこぼれた。
「世界よ!人々は美しいだろうか!優しいだろうか!互いに手を取り合い、慈しみ合うことができるだろうか!」
ゼロ、と誰かがつぶやく。 ゼロ、と誰かがつぶやいた。
「私は、世界が、人々が、優しくあることを願う!皆が幸せであることを願う!そのために、そのために、私は―――!」
誰かが泣き崩れる音がした。 人々が泣き崩れる音がした。

「私は、この世に存在する全てのものに、感謝をしたい。世界に、人々に、 動物に、虫に、植物に、自然に、無機物に、全てのものに感謝をしたい。ありがとう! 私は、このときを待っていた。ありがとう!私に着いてくれてきた黒の騎士団たちよ、ありがとう! 君達は、私の最高の仲間だった。最高の同志だった!」
ゼロ!
ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!
歓声が聞こえる。 シュプレヒコールが、騎士団全員から聞こえた。 皆こぶしを振り上げる。 今の今まで、ずっとブリタニア相手に振るってきた、志高きこぶしだ。
「ありがとう!超合衆国の人たちよ!明確な覚悟と、意志を持って、 自国を取り戻さんと奮闘し続けた人たちよ!私は、貴方達が誇らしい。ありがとう!愛しき人たちよ!」
ゼロ!
ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!
歓声が聞こえる。 シュプレヒコールが、人々から聞こえた。 皆涙に濡れている。
「ありがとう!全世界の、人々よ!ゼロの同志よ、私の中身と親しくしてくれた人たちよ! ありがとう!毎日を懸命に生きる姿に、自分の出来うる限りのことをしている姿に、私は愛を感じずにはいられない。 ありがとう!今、この美しい世界に生きていてくれる人々よ! そして、これから生まれ来る子ども達よ!ありがとう、私は、全てに感謝をせずにはいられない!」
ゼロ!
ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!
歓声が聞こえる。 シュプレヒコールが、世界から聞こえた。

「全てに愛を叫ぶ以外のことを、私は知らない!」
ゼロの声に、涙が混じったような気がした。
「世界よ、人々よ、優しくあれ!私はそれを、世界の一角で見守ろう。世界よ、人々よ、美しくあれ!」


「ゼロ!!!!!」
「ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!」

ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ! ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ! ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ! ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!


ゼロッ!!!!



その日を境に、ゼロとC.C.は表舞台から姿を消した。 世界は優しい。 世界は美しい。
「ゼロ様の臨んだ優しい世界は、きっと私達が守ります。守り抜きます。」
誰も居なくなった壇上で、そう静かに神楽耶が言った。 周りの民を見回しながら、取り囲むカメラに一つ一つ視線を向けながら、神楽耶は静かに言い放った。
「皆さん、手を取り合いましょう。美しく、優しくありましょう。きっと、ゼロ様は見守ってくれています。」

ありがとう、彼は言った。
愛している、彼は言った。
だから成果を以って彼に贈ろう。

ありがとう、ゼロ。
愛している、ゼロ。



ゼロ、私達の王様。

2008年9月15日