INHUMANE, THAT'S ALL



赤い花弁が空中を舞う。 ひらひらと漂うそれは生花を離れた椿のようで、思わず手をのばして受け止めてしまった―――刹那。
「―――はじけろ」
「っぁ!?」
パン、という音ともに、掌に乗っていた花弁も、髪に乗った花弁もはじけとんだ。 赤い筋が頬や体中を走るのを見て、スザクは慌てて自分のサクリファイスの名前を読んだ。
「ユフィ!」
「ス、スザク・・・」
雁字搦めに腕全体を拘束されたユーフェミアが、苦しいというようにスザクを頼りなく見上げる。 脂汗のにじんだ額を見てカッと頭に血が上り、目の前の敵をにらみつけた。
「卑怯だ・・・!」
「君、サクリファイスが拘束されるたんびに『卑怯だ』っていうんだねぇ。 いったい戦闘機の攻撃の何が卑怯なのか教えてもらいたいなぁーあ?」
何きみ、ばっかじゃないのとでもいうようにロイドがため息をつく。 そんな彼の首には先ほどスザクの放ったスペルによってかけられた首輪がついているが、まるでこんな物、 つけてやってるだけなのだと、苦しくなど無いのだと言うようなその態度に、スザクは唇をかみ締めた。
「ユフィが苦しそうじゃないか!」
「・・・はぁああああ?」
今度こそ、本気でロイドが肩をおろした。 そのまま床に座りこんだロイドを見て、ずっと後ろで座って見ていたルルーシュが声をかける。 彼の身体に拘束はおろか、拘束の跡さえも残ってはいない。
「・・・ロイド」
「もういやです、主。僕こんなのと戦いたくありません」
「なっ!逃げるのか!?」
本気で嫌そうに、気持ち悪そうに吐き捨てたロイドの言葉に、ユーフェミアがそんな、という顔をした。 それを受けたスザクがまた噛み付く。 何これなにこれなぁああにこれぇええええ! と騒ぎながらじたばたと地面を転げまわるロイドが、愚痴るように声を荒げる。
「ルルーシュ様ァ、戦闘放棄しましょぉおお!こんなのと戦いたくありません! 戦闘放棄してこんなのに戦いを挑む権利が無くなるだなんて、願ったり叶ったりじゃないですか!」
ずりずりと座っているルルーシュの片足にしがみつく。 ずりっと上体を上げて膝に頭を乗せると、よしよしとルルーシュが頭をなでた。
「駄目だよロイド。この二人を育てろとシュナイゼル兄上に言われてるんだ」
「性悪の言う事なんて無視しちゃいましょう!」
「コーネリア姉上の頼みでもあるんだ」
でなきゃ俺だってこんな奴ら、とルルーシュがめんどくさそうにつぶやく。 ダランと垂れ下がったミミと尻尾が気分の降下を素直に告げてきて、 ロイドもルルーシュが仕方なくこのバトルに身を投じているのだと知る。 それってサクリファイスと戦闘機として教育しろってことですかぁ、 というロイドの泣き声に、そうだ、とルルーシュが返した。
「いやぁああ、めんどくさい!!」
「そういうな、ロイド。俺だってめんどくさい」
「じゃあ、一回戦闘を終わらせましょう?完全拘束しちゃっていいですよね?」
「ああ」
「じゃあやります!ルルーシュ様、ちゃんと見ててくださいねぇ!」
「わかってるよ」
ウキウキと立ち上がると、ロイドはいきまぁあ〜すという間の伸びた声とともにその雰囲気を変えた。 今の今まで戦闘に力を入れていなかったのはこの二人の態度があまりに侮辱的だったのもあるのだ。 しかし、主によってその侮辱すらもともに完全拘束していいという許可をもらった。 しかも第二皇子と第二皇女から教育をとのお願いが出されていることからして、 戦闘機同士の戦いでユーフェミアが傷つこうともそれに関して責任は問わない、ということでもあるのだろう。 日ごろの鬱憤を皇女様で晴らせるだなんて最高だと思いながら、ロイドはスペルを発し始めた。 スザクが構えるが、スペルに構えたって意味が無いということになぜ気づかないのだろう。
「主、何がいいですか」
「―――冷たさ。氷。この世は優しさとぬくもりで出来ているわけではないのだと、わからせてやれ」
非情にもルルーシュが言い放つ。確かに、ぬくぬくと生きてきた皇女と、 それを守る周りを見ることができない騎士にはお似合いだろう。
「―――雹。硬く、冷たく、絶対零度。それの溶ける時、お前達の終焉は問うの昔に終わっている。 再び凍るとき、お前達は二度と立ち上がれない」
「きゃっ・・・!?」
バラバラと、ユーフェミアとスザクの頭上に雹が降りかかった。 冷たく、硬くもあるそれは直接当たっている腕や顔にいくつもの血をにじませた。
「ぼ、防御・・・!」
焦ったようにスザクが声を出すが、もう遅い。
「身体を冷やす吹雪の楽園はお前達の頭も、四肢も、心さえも凍らせる。 冷たく、お前達は自分で自分を暖めることが出来ない」
先ほどの雹が降り続けたまま、吹雪が荒れる。 ガタガタと身体を震わせ、腕で暖を取ろうとして自分を抱きしめるユーフェミアに気づき、 スザクがその身体を引き寄せた。
「ロイドさんっ!」
「ロイド、うるさい。少し溶かして、電気が通るように。俺はもう、こいつらの言うことを聞きたくない」
「はい」
煩わしそうにルルーシュが自分の額に掛かる髪を払った。
「雷雲。黄金なる雷はその姿を刃物に変え、光り輝く氷を通してお前達を攻撃する。 防御?光にそんな物は通用しない。―――貫かれろ」
「あ、ああっ!!!!」
甲高い悲鳴の後、ユーフェミアの体中に拘束具が巻かれる。 完全拘束、というロイドの言葉に、スザクがユーフェミアに駆け寄った。


「―――じゃあ、はい。枢木スザク君。君の主張をどうぞ」
「こんなの間違ってる!なんで僕を攻撃しないんだ!」
「してるよ。君への攻撃のダメージがサクリファイスに行くのは当然なの。わかってる?」
「サクリファイスなんて!」
「自動でやるんだったらそれでもいいけど、その代わり君はいつもの半分しか力を出せないよ。 ただでさえ弱いのに。馬鹿だねぇ」
「ロイド」
とがめるようにルルーシュが読んだ。その声音に口を閉じると、ロイドは再びスザクに向き合った。 こういう輩には下手に挑発するよりも、明確な事実を持って。教師のように諭すのが一番いい。
「・・・スザク君。君は何のためにユーフェミア様の戦闘機になったの」
「何のためって・・・彼女を守るためにです」
「そう。君はサクリファイスと戦闘機の関係をちゃんと理解してる?」
「っしています!」
「なら言ってみなよ」
ぐ、とスザクが俯く。彼の腕には未だ眠り続けているユーフェミアがいる。 いつもより何倍も手加減したというのに、まだ目覚めないとは。 ああ、プリンが食べたい。ルルーシュ様にイイコイイコしてもらいたい。
「戦闘機は・・・サクリファイスを守るためにっ・・・だから、サクリファイスが傷ついていいはずがない!!」
「スザク君。戦闘機は自分の全てをサクリファイスに捧げる。戦闘機はサクリファイスのために、 全てをかけて相手を倒し、勝利を捧げる。 その対価として、サクリファイスは戦闘機の受ける全てのダメージを代替わりするんだ。当たり前のことだよ」
「でもっ・・・!」
「それが出来ないっていうんだったら、殿下の戦闘機なんてやめなよ。 名前が出たってことは運命なのかもだけど、あまりにもろいね。Breakableって、壊れやすいって意味だよ?」
「違う!先の障害も、不穏な言葉も、全て壊すことの出来る強さのことだ!」
スザクの一挙一動にイライラする。 言っていることがわからない。 わからないくせに知っていると思っている。 理解はしているくせに、納得をしない。 それがどれだけ愚かなことだともしらずに。
「壊すことの出来る強さも持っていないのに、そういうことを口にするもんじゃなぁいよ、スザク君。 君達の名は、身体も心も、絆さえも壊れやすい。そういう意味だ」
「・・・ぅ、ん・・・?」
「っ、ユフィ!」
スザクがユフィを抱き起こす。うっすらと目を開けたユーフェミアが、スザクを見上げた。
「スザク・・・?」
「待ってて、今・・・」
「―――どこへ行くつもりだ、スザク?」
ユーフェミアを抱え上げて走り出そうとしたスザクを、ルルーシュが一言で以ってとめた。 今はまだ去るときではない。 ユーフェミアの肌に傷跡がつかないように、 わざわざ自分の名前であるRemorseless―――情け容赦の無い戦いを捨てて手加減したのだ。 これくらいのことでクッタリしてしまうのはユーフェミアのサクリファイスとしての至らなさ。
「まだ話は終わっていない。もう一度いうぞ、これは、シュナイゼルとコーネリアの命令でもある。 サクリファイスと戦闘機の事を、あまりにも理解していないお前たちへの教育だ。―――座れ」
高位の皇族の命令となれば、断るわけには行かない。 いいから、というユーフェミアの言葉にしぶしぶうなずいて、スザクは再び同じところに座った。 すでにユーフェミアはスザクの腕から抜け出して、ちょこんと隣に座っている。 おびえたような目でこちらを見てくるその視線が、鬱陶しい。 やはり、この義妹はこの世界には向かないのだ。 同じようなやさしさでできていると思われているナナリーだって、 戦闘時ではサクリファイスとしての誇りを持って戦闘機に命令を下している。 情など入れない。 ユーフェミアよりも幼いナナリーができることを、彼女ができない。 それはまさしくこの世界に向いていないということを示す。 守られることさえも満足にできない、木偶の棒だ。
「ユフィ。お前、やっぱりこっちの世界には入ってくるな」
「な・・なんでですか、ルルーシュ!」
「お前はこちらの世界には向いていないよ」
そんな、なんで、といった表情をユーフェミアが向ける。スザクが激昂した。
「ユフィを侮辱するな、ルルーシュ!」
「侮辱?」
ピクリ、とルルーシュの片眉が跳ね上がった。 殺気を帯びてくるその雰囲気に自分の身が怖くなって、ロイドは思わず身を抱きしめながら後ずさった。
「お前たちを、侮辱するなと?戦闘機だサクリファイスだと声高に誇らしげにいいながら、 その端くれとしての意義も見せていないお前たちを?―――ふざけるのもいい加減にしろ」
ああああ、きれちゃったぁあ、とロイドが顔を覆うのに気づいたが、もう遅い。
「人権?道徳?そんなものは人の世界でやってくれ」
守る対象が傷つくのは間違ってるだの、こんなの間違ってるだの、間違ってる間違ってる卑怯だ卑怯だ。うるさい。
「サクリファイスはダメージを負担する。戦闘機は攻撃を負担する。」
当たり前の世界。この世界であれば誰もが知っているはずの常識。 この常識を常識とも思わないやつは、出て行けばいい。
「できないようならこの世界に入ってくるな。お前たちのその姿勢は、 すべてのサクリファイスと戦闘機に対してひどい侮辱だ。汚らわしい」


「―――人間じゃない?そう呼びたければ呼べばいい。対のなりそこないのクセに」



吐き気がする (100題第三弾:「どっちつかずの正当性」)

2008年9月24日 (2008年9月28日アップ)