あああ、とスザクは頭を抱えた。
やっぱりこうなった。やっぱり。
こうなって欲しくなかったからこそ、彼女に対して猛反対したというのに。
色とりどりのマントを纏った面々が、皆ほう、と感嘆のため息を漏らした。
それは間違いなく目の前で微笑を浮かべている彼女へ向けたもので、それ以外にはありえなかった。
美しい濡れ羽色の長い黒髪、透き通るような白い肌。
何もつけていないにもかかわらず、瑞々しく桃色の唇。ほっそりとした体に抜群のスタイル。
両眼にはめ込まれた、至上のアメジスト。これを絶世の美少女と言わずして、なんと言う。
ああジノ、何だその視線は。渡さないぞ!
ぜっっっっったいに渡さない!なんだ、一目惚れしたとでも言いたいのか!?
惚れるのは自由だが渡さない!
・・・る、ルキアーノ・ブラッドリー!そこ、きもいきもい!
舌なめずりをするな気色の悪い!マントで隠してるけど勃ってんのわかってんだよ!
やめろ!汚される!俺のルルが!お前の視線一つで妊娠する!あああああやめろ!!!
俺の妹をそんな目で見るな!!!!!!
「始めまして、本日付でナイトオブゼロを拝命しました、枢木ルルです。よろしく」
ついで向けられた笑顔に、全員がノックアウト。
そしてその次に、枢木?え、同じ苗字?という困惑の表情がスザクに送られる。そうだ、何か悪いか。
「・・・俺の双子の妹です。手ぇ出したら殺しますよ」
皇帝陛下なんて俺がどうしてでも止めたから、命令なんて無視すりゃよかったのに。
手を繋いで歩きましょう!
「―――え?今、なんて?」
『だから、ナイトオブラウンズを拝命した。』
「うそ」
『ホントよ』
「だって、うち、今空き無い」
『ナイトオブゼロだって』
「何それ」
『私が聞きたいの。なんか、指揮官らしい、んだけど・・・』
なんだそりゃ。
そういって、スザクは頭の中が真っ白になった。
全く似ていない、二卵性の自分の双子の妹。
父ゲンブと母マリアンヌのいい所をそれぞれ顔にもらってうまれてきた二人を、両親はそりゃあ大切にした。
ルルは目つきだけが父ゆずりで、残りは綺麗な黒髪もアメジストの瞳もマリアンヌ似だった。
対するスザクはふわふわの髪質とちょっと垂れている印象を受ける甘い瞳がマリアンヌゆずりで、髪色と目の色(目の色はゲンブの母から。
いわゆる隔世遺伝というやつだ)がゲンブ譲りだった。
そんな二人はどこへ行くにも一緒に過ごし、決して離れようとはしなかった。
スザクは一度中学時代に彼女を作ったことがあったが、ルルと居られる時間が限り無く少なくなったのと、
彼女がルルほど美人ではなかったので(当たり前)、一週間であっさりと分かれた。
男としてかなり人気があったスザクであるから、一方的にあっさりと別れを告げられた元彼女はそれはもう猛抗議した。
なんで自分じゃ駄目なのかと、遊びだったのかと、最後なら一回だけ抱いてくれだの。
人気の高い彼氏をゲットしていたのでそれも当たり前だろう。
だがそれもスザクの一言によってぶち壊された。
『いやだって、ルルとの時間なくなるし。あんたルルと比べるとブサイクだし』
―――スザクは、究極のシスコンだった。そしてスザクだけではなく、ルルも超絶なブラコンだった。
男女問わず告白されるルルは、いつも同じ判断基準で告白を断る。
女子相手だと普通に『ごめん』だが、男に対しては『スザクよりも背が低い』だの
『スザクみたいに優しそうな顔していない』だの、スザクを基準にフリまくるのだ。
じゃあスザクと同レベルの人間が現れたらどうするのかとりヴァルが聞いたら、あっさり一言。
『スザクよりいい男がいるわけない。』
・・・あっ、そう。
コメントはそれだけ。
それ以外に何が必要だというのか。
勝手にいちゃこらやっててくださいこの双子!(もはや罵りでもなんでもない)
そんな双子であったが、転機が訪れた。
兄スザクがブリタニア軍への従軍を決めたのだ。
もちろんそれは危なっかしくて無防備な妹を守る力をつけるためだったが、当然のごとくルルは反対した。
大好きな兄が命の危険にさらされる仕事を選ぶなんて、と。
めったにしないけんかが勃発して三週間。
やっと黙ったルルに、納得してくれたのかと安堵の色を見せたスザクだったが、すぐにそれは青ざめた。
ルルも士官学校に入るといったからである。
色々もめたが結局二人はそろって仕官学校に入学した。
スザクは普通の軍人として、ルルはその知略を生かして司令官となるためだ。
そしていつの間にか18歳。
17の時から一年間、ナイトオブセブンとして多忙な生活を送っていたスザクは、
妹としょっちゅう通信をつないでいてもその現状を知るだけの時間は無かった。
そう、妹がいつの間にかブリタニア最高指揮官にまで上り詰めていたのを知らなかったのである。
そして今回、ブリタニア皇帝に見初められて見事ラウンズ入りしたのも、先ほどの通信まで知らなかった。
ルル自身も突然決まったことのようで、困惑した表情を浮かべていたが―――それでも。
兄としてそれだけは賛成できない―――そう思っていたのだが、
ルル自身はスザクと同じ職場につけるという事実が嬉しいのか結構浮き足立っているし
(同じ職場につけて嬉しいのはスザクも同じだ)、名誉なことだと感じているらしい。
それはスザクも思った。
しかし、彼が反対するのは実力が無いからだとか、そういうのでは決して無い。
ルルが美人過ぎて、基本的に戦闘だらけで殺伐としたラウンズ達の餌食にでもなったら怖いからである。
もちろんラウンズにも女性は居るが、襲われるほど貧弱な身体はしていない。
やはり男と同レベルだからだ。
しかし、戦闘経験も無い、あるのは指揮官としての稀有な才能、知略だけ。
スタイルが良くても貧弱だったら、もうそんなことやあんなことやこんなことだけでは済まされないかもしれない。
「・・・スザクの、いもうと?」
「妹・・・」
「似てない・・・」
「二卵性の双子なんです。それが何か?」
全員が視線をルルとスザクの間を行き来させる。
それをニコニコと甘受しているルルと、殺気だって男達を牽制するスザク。
まじで、ホントに?というジノの横で、アーニャがピロリンという音を立てながらシャッターを切った。
「俺はどっちかというと父さん似。ルルは母さんになんです」
「スザク、かっこいいでしょう?」
ふふ、と笑いながらルルが近寄り、腕をスザクの腕に絡めた。
そのまま指を絡めて恋人のように握り締めると、ぎゅっとスザクが握り返す。
その様子を羨ましそうにみたジノが、勢い良く手を上げた。
「はいっ!くる・・・くる、る・・・くるっ・・・ルル!」
「はい、何でしょうヴァインベルグ卿」
「ひっ・・・一目惚れした!私と付き合ってくれないか!」
若いっていいなー!と女性陣が叫ぶ。
先を越されたとばかりに舌打ちをしたルキアーノがどっかりとソファに座った。
ルルはしばらく硬直しているジノを見ていたが―――にっこりと、一言。
「スザク以外に興味ないです」
他の男ならまだしも『兄』に負けた、と崩れ落ちたジノを踏みつけて、今度はアーニャがゴングを鳴らした。
「始めまして・・・ルル様」
「ルル様?」
「・・・いや?」
「ううん、嬉しい。ありがとう」
スザクとルルには弟妹が居る。
枢木家の兄妹は全員が双子同士なのだ。
二人よりも三つしたのその弟妹は、ロロとナナリーという。
二人ともふわふわの髪質で、ルルは生粋のブラコンシスコンであるため、小さくて可愛くてふわふわな子が大好きだった。
ひと目見てアーニャを気に入ったルルが、なれた手つきでアーニャの頭をなでる。
目を細めて気持ちよさそうにしていたアーニャが、嬉しそうに抱きついた。
アーニャのことはスザクも可愛いと思っているので、黙認だ。
「ルル様、大好き」
「本当?わたしもアーニャが大好きよ」
もちろん、一番はスザクなのだけど・・・という言葉に嬉しくなったスザクが、アーニャもまとめてルルを抱きしめた。
まるで一家のあるべき姿、とでも言うようなその光景に焦れたジノが、我先にとばかりに抱きつく。
「ず、ずるい!私も!」
「あはは、モニカさんもいかがですか〜」
「やる〜!エニアグラム卿は?」
「じゃあ私もやろうかな・・・」
ルルとアーニャを中心に広がっていく抱き合いに、心の中でスザクは感激のため息をこぼした。
この光景は、まるで自分が昔あこがれた風の谷のナ○シカのラストシーンにそっくりなのだ!
アーニャよこの状況をありがとう、と心の中で褒め称えたスザクだったが、
ルルに対して完璧によこしまな考えを抱いているルキアーノだけは、断固としてその輪に加えなかった。
ビスマルクでさえ参加しているワイワイとした輪から取り残され、
一人ぽつんと所在なさげに立っているルキアーノの隣に、皇帝シャルルが並ぶのはそう遠くない話。