「ルルーシュ。フィレンツェに着いた」
お前はかっこつけだから、飛行機よりも船のほうが好みだと思ったから、長旅だった。 けど潮の匂いや光に輝く海の色は心地よかったし、客船の地下にある水中展望台の海の色の深さを見たら、 それはまるでお前の心の、懐の、愛情の広さを表せているようで、一日そこにいりびったのを良く覚えている。 従業員に怒られはしたが、それが何だと言うのか。 困るだけ困って怒るその姿など、困る姿の中にも愛情を滲ませたお前の叱りと比べたら痛くも痒くもなんとも無い。 現代科学が進んでいるというのに、古風な建物をそのまま残しているフィレンツェは、きっとお前の好きな町並みだと思う。
ああルルーシュ、ここでも皆笑っている。
幸せそうだよ、私の王。



足跡を辿る



「おやっお嬢さんいらっしゃい!」
恰幅のいい男が、その巨体を笑顔で揺らしながら挨拶をする。 それをちらりと目に留め、クーラーボックスの前に書かれているメニューを見た。
「じゃあ、苺。苺と、抹茶と、チョコだ」
「はい、苺と抹茶とチョコのトリプルね!」
香ばしい匂いの香るワッフルコーンに壮大に積み上げられた三つのアイス。 上から順に苺と抹茶とチョコ。 まるでその色はかつての私達のようだ。 苺はお前の色では無いけれど、お前は苺が大好きだった。 お前の好きな味を食べるのは、私も美味しいと思う。 好きだ。
「美味いぞ、ルルーシュ。お前が好きになるのもうなずけるな」
ピザほどではないが、これもまあいいだろう。 ピザは最近我慢している。 ドイツを一通り回ったら今度はイタリアに行くのだから、本場のピッツァを好きなだけ食べようじゃないか。 アイスとトランクケースを片手に持ち、チーズ君を小脇に挟む。 そのまま町並みをゆっくり歩いた。 人々の暮らしにあわせるように、ゆっくりと。 喧嘩して傷を作りあう子ども達。 母の乳を恋しがって鳴く赤ん坊。 微笑みあう恋人達。 笑いあう友。 アイツの望んだ世界がココにある。 ああ、素敵だ。 争うことなく、血を流し合うことなく、世界は回る。
道の端により、トランクを置く。 トランクはそのままに、スカートのポケットから小型の携帯を取り出して、町並みを写した。 それを何度か繰り返して、それらを全てメールに添付。
件名、ここも大丈夫だ。
本文、ざまあみろ。
そう記入して、あて先はゼロへ。 豪快なピザハットのテーマソングをBGMに、メールの送信完了。 それをパチンとあごを使って閉じ、またスカートのポケットに滑り込ませる。 一番したのチョコまでたどり着いたアイスクリームとトランクを持って、再び歩き始めた。

ポロン、と綺麗な、けれど篭った音の旋律がポケットから流れた。 慌ててスカートからそれを取り出せば、篭っていた音は綺麗な流音を作り出す。 それに目を閉じながら聞き入って、音楽が終わったところで携帯を開いた。 メールが来るたびに、アイツの作った子守唄が聞けるなんてどれだけ幸せだろう。 あの男と娘に送って欲しいといわれたが、誰がやるものか。 この曲は私がリクエストして書いてもらったものだった。
件名、それは良かった
本文、うっさい。精々楽しんでろ
送信元は、ゼロ。 それにふ、と笑みをこぼすと、携帯はスカートに戻さずに手に持った。 ゆるい丘の頂上にたどり着き、ボスンと音を立ててトランクを放る。 その隣にそっとチーズ君を置き、それを枕に草の上に寝そべる。 携帯は頭の横へ。 カチカチと操作してメモリースティックの中にたどり着く。 そこから一曲選択し、エンドレスリピートで再生する。

ポロン、というおとともに始まる旋律。 次いで、聞こえる自分の歌声。 ほんの暇つぶしに行った物だ。 適当にピアノを弾いていたあいつの隣に座って、勝手気ままに旋律を紡いだ。 それに便乗したアイツが旋律を作り出した。 いつの間にか一つの楽曲を製作していたことに、終わってから笑いあい、録音をしながらはじめから。 ポロン、という音から始まるアイツのピアノ。
流れるように鍵盤を移動するあいつの指に、どれほど口付けたかった事か。 異国の言葉で異国の歌詞を紡いだ私の声音に、聞き惚れて目を瞑ってくれたアイツの瞼に、どれほど口付けたかったことか。 いつの間にか曲の事など忘れてしまっていた私に、データの入ったチップを渡して、素敵だった、 と誇らしげに言ってくれたあいつの首に手を回して、どれほど口付けたかったことか。

耳を澄ませば聴こえる、アイツの魂の歌声。 お前は今どこにいるのだろう、天国か、地獄か、それともCの世界か、それともまだこの世に残っているのだろうか。
「・・・ルルーシュ」
―――なんだ、C.C.
ああ、やっぱりココに居るのか。 そちらの世で、今での私の心の中に。
―――笑って死なせてやると、言っただろう
ああ、言った。 お前を大ウソツキだと罵った私を許してくれ。
―――今に始まったことじゃない、お前の罵倒は
酷いな、お前は。 私の願いを叶えてくれなかったくせに。
―――コードを継承してやれなかったのは悪いと思ってる
いい。 もう私は契約を結ばない。 お前を知った後では、私をこのしがらみから解放してくれるだけの器を持つ人間など、居ないと思えるからな
―――褒め言葉と取っていいのか
いい。 お前を愛していたよ、ルルーシュ。 私の生きてきた何百年という時の中で、何よりも、お前を一番。
―――俺のために祈ってくれたお前が愛しかった。愛しいよ、C.C.
知っている、坊や。
―――いい加減坊やは卒業したいものだ
ふふ、そうだな。 すまない。 愛しているよ、ルルーシュ。 私の王。
―――ああ、知っている。愛している、私の魔女。


腹の力で起き上がり、パンパンとスカートを払う。 草が全て落ちきったのを確認し、草においたままの携帯を拾い上げ、演奏を止めた。 ポケットに押し込んで、チーズ君を拾い、自分のスカートよりも丁寧に草を払った。 トランクを開けて、財布の中身を確認する。 今日の宿には充分だ。 足りなくなったら賭場で稼げばいい。 月末になったらゼロから金が送られてくる。 トランクを閉め、立ち上がる。 アイツの頭蓋骨の、目の周りの骨を砕いて作り上げた粉末を、ミニチュアサイズのボトルにいれ、 コルクでふたを閉めたネックレスがふわり、と舞う。 それを摘み上げて太陽にかざせば、キラキラと光る白の中に朱が混じった気がした。
さて、今日はどこに泊まろう。
海が見える宿か、市場に近い宿か、お前はどちらがいい、ルルーシュ?



今、お前の創った世界を視て廻っているよ、ルルーシュ。私の、最愛の、王。

2008年9月29日