荒野に三つの愛が咲く



「・・・ルルー、シュ?」
空気が震えた。 きっと苦笑したのだろう。
「―――お久しぶりです、ヴィレッタ先生」

love 01 / new life

扇はいない。 昨日からずっと首相官邸に入り浸っている。 一昨日、我が子が生まれたという知らせを聞いたとたんに、公務も何もかもほっぽりだしてきてしまったのだ。 バカかお前は、なんて罵ったけれど、涙を浮かべて微笑んでくれたその顔でチャラになってしまった。 何より我が子を見るために走ってきてくれて、嬉しかった。 (ナイトメアを出しそうだったというのは聞かなかったことにしておく、) そのせいでいまや公務に追われ、改めて娘の顔を見ることすら出来ない。 まだ名前も付けていない。

病院の個室。 面会時間も消灯時間もとうに過ぎた時間に、それはやってきた。 優しかった、優しい、愛情に溢れた元教え子。 たった一年だったけれど、根はとても優しい子なのだと偽りの教職について知った。 こんな子どもが本当にゼロをやっていたのかと、疑ってしまいたいほどには。
「・・・ルルー、シュ?」
「―――お久しぶりです、ヴィレッタ先生」
空気が震えた。 きっと苦笑したのだろう。 月明かりが照らしきれない闇の中で佇んだままのルルーシュは、一向にこちらに来ようとはしない。 ルルーシュの共犯者だというC.C.の力によって、この戦争で彼に深く関わったものはルルーシュの全てを見せられた。 もう誰も憎んではいない。 むしろたった一人で世界中の憎しみを背負い逝ったルルーシュに罪悪感と誇らしさを感じ、 彼の残した優しい世界を維持しようと意気込んだぐらいだというのに。
「・・・こちらに、来ないのか?」
ぐ、と息を詰めたのを感じた。
「―――人殺し等、新しい命に見せるべきではありません」
かみ締めた唇から、諦めたような声音が聴こえる。 未だこちらに来ようとしないその気配に、罪悪感と寂しさを感じて、ヴィレッタは身じろいだ。
「こなければ、私からそちらにいくからな」
「!?」
一昨日の疲労がまだ残っており、手で支えながら動かす足は酷く億劫だった。 それでも布団をはがしてそっと冷たい、冷えた床に足をつけると、ようやくルルーシュの気配が動いた。
「やめてください・・・まだ、全快じゃないんでしょう・・・?」
ゆっくりと常闇から姿を現したルルーシュの白い肌が、月明かりに照らされて光り輝いた。 相変わらず綺麗だ、と若干女の嫉妬を交えながら、くいくいと手招きをする。 それに導かれるようにゆっくりとヴィレッタの前に立ったルルーシュの腕を引っ張って、床に膝をつかせた。
「すまない、冷たくないか?」
「・・・大丈夫です」
ゆっくりと、手を頬に伸ばす。 何度も上下に動かして頬をなでると、気持ちよさそうにルルーシュが擦り寄ってきた。 なんて美しい子だろう。 なんて、愛情に満ちた子なのだろう。 この、まだたった18歳のこの少年は、世界の愛と平和のために人としての人生を終わらせ、逝くこと選んだ。 うまれたばかりの我が子が、これ程までとはいかなくても、愛情に溢れた優しい子であってほしい。 そうなってほしいと願う。 だから。
ベッドの横の、小さなベッドに包まって寝ていた我が子をそっと腕に抱く。 ルルーシュの前に見せるようにして包めば、ルルーシュの目が愛しそうに緩んだ。
「・・・ルルーシュ。まだ、この子の名前を決めていないんだ」
「?」
「名前をつけてやってくれないか。 世界を優しさに導いた偉大なる皇帝につけてもらえるなんて、この子も誇らしいだろう」
息を呑んだルルーシュが、若干目を見開く。 断ろうと思って開けた口は、ヴィレッタの母親らしい、慈愛に満ちた表情を見て閉じてしまった。 わずかに目を伏せて、数多い名前の候補から一つ。
「では、じゃあ―――」
名前を聞いたヴィレッタが涙をこぼしたのを見て、ルルーシュはその腕を、ヴィレッタの身体に回した。
「お幸せに、ヴィレッタ先生―――出産、おめでとうございます」

次の週、扇がやっと帰ってきた。 彼は同僚や元仲間を連れて帰ってき、ようやく肩の荷が下りたようだった。
「ただいま、ヴィレッタ」
「お帰り」
病院の質素な白に華を添えるように、沢山の面々がその姿を現した。 扇の後ろから、ひょこりとカレンが姿を覗かせた。 ピンピン跳ねた元気な赤毛が、彼女の性格をそのまま現しているようだ。
「ヴィレッタさん、こんにちわ!赤ちゃんの名前決めました?」
目を爛々と輝かせて聞いてきたカレンの言葉に、横にいた扇がああ、と楽しそうにヴィレッタを見た。 決めたのか、という言葉に、自信満々にヴィレッタはうなずいた。
「―――シャーリー」



愛に生き、愛を貫いて逝った子の名前を、貴女につける



日本の一角にある、洋風を前面に押し出した一軒家の中で、篠崎咲世子の一日は始まる。
朝早く起き、シャワーを浴びる。 すばやく服を身に纏い、二日に一度だけ洗う、たった一人分の洗濯物を洗濯機にいれ、ボタンを押した。 洗濯物が出来上がる二十五分の間にキッチンにつき、朝食を作る。 キャベツにコーン、ハムとジャガイモを具にした暖かいスープが今日のメインだ。 サラダに使う野菜はあらかじめ洗って水をきっておく。 ピロリン、と軽快な音を立てて終了を次げた洗濯機の音に顔をあげ、煮立てていたスープの火加減を一番最弱にした。 コトコトとゆっくり野菜に味をしみこませるスープを後に、洗濯籠に入れた服をもって庭に出る。 それらが一通り終わった後に、出来上がったスープとサラダを二つずつ盛る。 自分の席と真向かいの席にそれを置いて、咲世子は静かに席についた。
「いただきます」
手を合わせて挨拶し、木製のスプーンをもった。 ゆっくりとスープを飲み、ドレッシングをかけたサラダをゆっくりと咀嚼した後に、 自分の分の皿だけを持って流し台にたった。 あの日からずっと続けている習慣。 食べ物の無駄だとはわかっているけれど、咲世子がそれを止めることはしない。 自分は自分のためには生きられない。 誰かに仕えることでしか生きる理由を見出せない人種なのだ。 自分が至上と定めた主は、もう一度この世を去ってしまった。 どこかにいるとは聞いているけれど、もう私達と生きることはできないのだと、言われた。
キュ、と気持ちのいい音を立てるほどにはキレイになった深皿とガラスボウルを丁寧に拭いて、元の場所にしまう。 主のために用意したスープをそろそろ片そう、と思ってダイニングへ行くと、 いつもは中身が残ったままの深皿が、底を見せていた。 ドレッシングの跡が残るガラスボウルも、何も残っていない。 ナプキンで丁寧に口を拭いているルルーシュが、まぶしい笑顔で名前を呼んだ。
「おはよう、咲世子」
その声音に、咲世子は泣きそうな笑顔を浮かべて、ただ一つ。
「―――おはようございます、ルルーシュ様」

love 02 / new life

久しぶりに一日主の世話をして、気づけばもう夜の10時になっていた。 ルルーシュの好みに合わせて選んだ洋風の家の、深緑色のゲートを隔てて、主の前に立っている。
「ルルーシュさま、今夜は夜風が強いですから、何か暖かい物を羽織ってくださいませ」
「わかっている」
苦笑したルルーシュに微笑を向けて、咲世子は変わらず言葉を続けた。
「ルルーシュ様は自分のお体に無頓着ですから、どうかせめて三食お食べください」
「食べてるよ」
「何かに夢中になって、昼食を抜いたりなさりませんよう」
敵わないな、と声を立てて笑う主が何よりも愛しい。 もうきっと会うことは少ないのだろうとわかっているから、せめてこれくらいは言わなくては。
「お体の具合が悪いのでしたら、どうか無理はせず休んでください」
「そうするよ」
「お部屋で本を読むのも結構ですが、是非外も歩いてくださいませ」
「努力する」
ルルーシュが、咲世子の方を向いたまま半歩下がる。 そのしぐさにもう行くのだということを機敏に感じ取って、咲世子は目に涙を浮かべた。 スカートのすそを直し、深くお辞儀をした。 頬を伝う涙が、一つ。
「―――行ってらっしゃいませ、ルルーシュ様」
再び上げたときに見た主の顔は、幸せそうな笑顔。
「行ってきます―――咲世子さん」



咲世子さんのスープが、一番好きです



「―――済んだのか」
真っ暗な夜に響く、澄んだ声が木霊する。 ゆるい丘の上にある緑の芝生の上に寝転んでいた身体を起こすと、こちらに歩いてくる人影が一つ。
「ああ。ヴィレッタに、咲世子に、騎士団員達に、カレンに、ミレイに、リヴァルに、神楽耶に、天子に、 星刻に、シュナイゼルに、コーネリアに、ナナリーに、ゼロ―――スザクに。別れを、告げた」
そっと手を伸ばせば、自分より一回り大きい手が包み込む。 引っ張られて立ち上がり、反動でバランスを取れなかった体をルルーシュが受け止めた。 抱き合うような形になった体勢を変えず、背中に両腕を回してなおも抱きつくC.C.の頭をそっとなでて、 ルルーシュはそばにあったトランクを手に持った。 その隣にあるチーズ君を足で引っ掛けて拾って、C.C.に持つよううながす。 するりと身体を話したC.C.が自分のトランクとチーズ君を持った。 チーズ君をトランクを持っているほうの腕に挟んで、あいた手をルルーシュに差し出した。 それをためらうことなく自然に取ると、ルルーシュとC.C.は指を絡めて歩き始めた。

love 03 / new neverending



私達は、今

2008年10月4日