悪逆皇帝を埋葬する折、念のためとして遺体の検査が行われた。 レントゲン、MRI、CTスキャン、司法解剖は最終手段として行われなかった。 その役目を買って出たのは特派のロイドとラクシャータで、検査室の外でルルーシュに深く関った者たちは結果を待っていた。 程なくして現れたラクシャータとロイドは、一様に複雑そうな顔をしていた。 言いづらそうに口ごもる二人に結論を促した藤堂をはじめとする、その場にいた全員が息を呑んだ。
「陛下は―――陛下は、女性だ」
「ルルーシュの子宮に、胎児の死体があった。・・・妊娠、してたんだね」
告げられた内容に、その場にいた全員が顔色をなくした。 カレンが、恐る恐るC.C.にたずねる。
「相手は・・・スザク?」
「いいや」
ライトグリーンの髪を揺らして否定したC.C.が、うつむく。 口元には自嘲の笑みを浮かべていて、まるで自分を責めているようだった。
「星刻・・・星刻?」
いまいち状況を把握しきれていない天子が、隣にいる星刻を呼んだ―――が、その呼びは訝しげな声音に変わった。 星刻が目を見開き、ルルーシュの眠っている検査室のほうを凝視していたからだ。 硬く引き結ぼうとして失敗している口はわなわなと震えている。 そのおかしな様子に気づいたほかの面々もチラチラと星刻を見た。 その中で、琥珀色の瞳を涙に濡らしたC.C.が星刻に笑いかける。
「その様子だと、もうわかっているようだな、星刻?」
「・・・どういうことだ?」
ずっと黙っていた藤堂が聞く。 鬱陶しげに手で髪を払って、C.C.は視線を検査室のほうへずらした。
「あいつが妊娠していると気づいたのは皇帝に就いてからだ。 その時もう二ヶ月に入ろうとしていた。スザクであるわけがない」
もしかして、という考えがカレンに浮かんだ。 それは藤堂も同じだったようで、ふたりそろって星刻を見た。 普段であるなら絶対に涙など見せないようなその男が、目に涙を張っていた。 目を伏せた瞬間に零れ落ちる、幾多の涙。 それに答えを見せ付けられた気がして、藤堂は目を伏せた。
「ルルーシュに、星刻以外の心当たりがあったわけ、無いだろう?あいつは誰よりも、愛情を大切にする人間なのに」



追憶に口付け



晴れやかな快晴。 結婚式を行うには絶好の天気に、 褐色の肌色に映える純白のウェディングドレスを身にまとったヴィレッタはため息をついた。 あの日から二ヶ月がたった。 子を宿す腹が大きくならないうちに、と大慌てで準備がなされた式には、 騎士団の者たちと教師だったころの一部の生徒しか呼んでいない。 控え室の中で、身体に負担の少ない柔らかなソファに身を沈める。 触ってみればわかる、小さく膨れた腹に触れるたび、涙がこぼれた。 化粧が落ちるというのもわかっていたけれど、止められない。 あの日の、C.C.の言葉が頭からはなれない。 自分も同じ、子を宿す身であるからこそ、余計に。
『あいつは産もうとしたんだ。人殺しでも、新たな命を宿すことが許されるならば、と』
下腹部をやわやわと握り締めるように包み込んで、ヴィレッタは涙をハンカチで拭った。 止まらない。
『でも、二週間もしないうちに、死んだ。栄養が足りなかったとか、転んだとか、そういうことじゃない。 精神的なストレスでだ』
目を閉じて、静かに耳を澄ませば、なんとなく聞こえる小さな心音。 それに至上の喜びと絶大な罪悪感を感じて、ヴィレッタは再びハンカチに顔をうずめた。
『でもあいつ、死んだ子どもを取り出す事を嫌がった―――世界を見せてやることすら出来なかった母親だけれど、 せめて共に逝ければ、と』
それはどれほどの絶望だったろう。 悲しみだったろう。 宿ったと知って、嬉しくて幸せで、でも戸惑いも大きかったのはヴィレッタも知っている。 だって自分も同じなのだ―――母親になりたいと思う気持ちは、 きっと誰よりもヴィレッタが一番ルルーシュを理解してやれる。 それが死したと言われたら、どれほど悲しいだろう。 考えたくもない現実が思考を襲って、再び涙を流した。 ああ、ああ。
『すべてが終わったときに―――せめて星刻に、愛を裏切ったわけではないという証明を、残したいと、そう、』


五分ほど泣き続けた後、ヴィレッタは漸く落ち着きを取り戻した。 ガンガンと痛む頭をよそに、鏡を覗き込む。 腫れぼったくなった目にあわてて立ち上がって洗面台へ赴き、冷やしたタオルで目元を覆う。 しばらくそれを続け、腫れがおさまったころに顔を上げると、ちょうどコンコンと控え室の扉がノックされた。
「はい」
少ししてカチャリと開いた扉から入ってきたのは、正装に身を包んだ星刻だ。 先ほどまで思い出していたルルーシュに深く関っている人物だけに、ヴィレッタは身をこわばらせた。
「―――すまない」
苦笑と共に閉じた扉に身を預けた星刻が、申し訳なさそうに目を伏せた。
「何か?」
「・・・出席すると言った身で申し訳ないのだが―――今日は、控えさせて頂こうと思って」
辛そうに搾り出された声に、瞼を下ろす。 静かに言葉を待てば、数秒躊躇した後、星刻が二の句を告げた。
「今回のことは、素直にめでたいと思う。 けれど、やはり―――私はルルーシュのことを思うと、貴女が憎らしいと思う感情を抑え切れないのだとわかった。 ルルーシュが世界のためにすべて・・・産みたいと思ってくれた私の子まで犠牲にしたそばで、 貴女が子を宿して微笑む姿が、私はどうしても心から喜べない」
それはヴィレッタにしてみれば、侮辱でも何でもなかった。 ただやはり、という思いが込みあがっただけで、それ以上は何も無い。 むしろそれが当然なのだと、心のどこかで思っている節がある。
「ルルーシュがきっとしたかった事をやれる貴女を、残念ながら私は心から祝福することが出来ない。 ・・・だから、申し訳ないが今日は」
「・・・はい」
どういった声音で返せばいいかなどわからなかったが、とっさに出た声は静かに控え室に響いた。 ヴィレッタの返事にハッと顔を上げた星刻が、眉にしわを寄せた。 非難されることを覚悟していたらしい。 次いで浮かべられた表情はまるで泣き笑いで、 ヴィレッタは自分もきっと同じような顔をして笑っているであろう自覚があった。
「―――ありがとう」
「あ、待っ・・・」
そう残して部屋を去ろうとした星刻を、あわてて呼び止める。 訝しげに振り返った星刻をみて、言葉に詰まる。 少しの間ごちゃごちゃになった頭を整理して、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私・・は」
のどが痛い。 けれどこれだけは聞いておきたかった。
「ずっと、ずっと不安だった。 ルルーシュを差し置いて、私が幸せになってもいいのか?わたしは、どう生きていけばいい?」
わずかに見開かれた瞳。 数秒の後に告げられた言葉に、涙があふれた。


「―――ヴィレッタ?準備できたか?」
「かなめ」
部屋の中央に座っている、これから自分の妻となるヴィレッタの美しさに目を細めた。 近寄って差し出して手に重ねられるほっそりとした手が嬉しくて、扇はそっと手を握って立ち上がらせた。 ヴィレッタのもう片方の手が、腹に添えられる。
「・・・子ども」
「うん?」
「女の子がいいんだ」
静かに、微笑をたたえながら言われたそれに、扇は優しく微笑みかけた。
「女の子だったら、ルルって名前にしたい」

『彼女の分まで、幸せに、子どもに愛情を注いで欲しい。それを、ルルーシュも望んでいると思う』



ルルーシュのように、愛情に満ち満ちた子になってくれたら、私は

2008年10月5日