カオス。
その時の状況を表すならば、この一言に限る。
ゼロって普通の人間だったんだな、と扇はその時のことをしみじみと語った。
ゼロとC.C.があんなに壊れるなんて、とも思った。
レッツ!
黒の騎士団の艦艇斑鳩には、ラウンジがいくつか存在している。
幹部のみが入れる場所であったり、食堂に近く、一般団員が自由に羽を休めることの出来る大きいラウンジなど、
用途によって様々だ。
そしてその中の一つに、斑鳩内で最も大きく、なおかつゼロ本人や一般団員が出入りできるラウンジがある。
めったにそのラウンジには顔を見せないゼロが、その日は珍しく現れていて、
一段高くなっている場所におかれたソファに腰掛けていた。
サイドテーブルには書類が積み上げられており、
そのサイドテーブルから伸びるようにして出ているミニデスクの上にはノートパソコンが乗っている。
C.C.は雑誌を読みながら床にペタンと座り、組まれているゼロの足の膝に頭を凭れさせている。
そのある意味ほやほやした光景にほんわかしているのは、ゼロが珍しくラウンジにいる、
という知らせを受けて見に来た幹部達をはじめとする団員達だ。
最初は仲いいなぁ平和だなぁと見ていただけだというのに、
まさかC.C.の発言によってゼロについて新しい発見をしてしまうだなんて思っても見なかった。
「そういえば、お前もうアレ見たのか?」
「ん?」
あごだけをつい、とあげてゼロを見上げたC.C.に、首をかしげたゼロが聞いた。
口はC.C.と会話しているというのに、手元のラップトップからはカタカタという音の一つも鳴り止まない。
「お前の見たいと言っていたやつだ。Mighty Joe Young」
「ああ!あれか、見た見た」
「良かっただろう?」
「ああ、よかった。まさかゴリラで泣くなんて思わなかった」
ゴリラ!?とその場にいた全員が思ったが、口にしているゼロとC.C.はいたって平然としている。
なんだよゴリラって、しらねぇよな、と皆が皆を見渡している中、うんうんと高揚した表情で杉山が一人うなずいていた。
ああ、そういえばこいつは高校時代から変な感性を持ったやつだった、と改めて扇が認識する。
皆がアンパンマンというところでカバ男くんといったり、
皆がふざけてドラえもん役をやりたがるところでスネオをやりたがったり、とにかくおかしいのだ。
目の前では相変わらずの体勢でゼロとC.C.が感想を言い合っている。未だにゴリラの話は続いているようだった。
「あそこがやはり泣けたな、一番最初の、主人公の母が死ぬところの子守唄」
「アフリカンの曲だろう?私はアレがしばらく頭から離れなかった」
初っ端からお母さん死んじゃうのか、なんかかわいそうだな、とどうでもいい事を思いつつ、
騎士団員達はそろそろ耐性がついてきたのか、各々の好きなことをし始めている。
とはいうものの、相変わらず耳はダンボだった。
「ゼロ、私が貸したビデオは見たか」
「見た。Truemen Show・・・だったか?興味深かったな」
皆知らないので意味はないが、ゼロたちは回りに何の配慮もなく全力でネタバレを繰り広げている。
「最初は良くわからなかったんだがな・・・まさかああくるとは」
「意味不明だろう?その意味不明さが意味不明だろう?」
「お前が何をいってるのかがわからないが、言いたい事はわかるぞ」
そうか、意味不明さが意味不明な意味不明の映画をみたのかゼロ、とその場にいた全員が思った。
余談だが、このラウンジには神楽耶や天子、星刻もいる。
全員が興味深そうにゼロとC.C.を見ている中、二人の会話が終わることはなかった。
「そういえばゼロ、お前この前癒し系が見たいといわなかったか?」
「ん?・・・ああ、言ったな、そういえば」
「ポニョなんかいいぞ。私はアレを五回見て五回とも癒された」
ポニョ!?なんでゼロにポニョを薦めるんだ、C.C.!
その場にいた全員が、ポニョと一緒にポーニョポーニョポニョと歌っているゼロを想像してみた。
キモい。果てしなくキモい。
「ポニョか、私もアレは二回も見たな。かわいかった」
「かわいいだろう。宗助もかわいいと思わなかったか」
「ああ、思った。可愛いな、『今忙しいから、後でね』×3回が」
ゼロがポニョ可愛いって言ったーーーー!!団員達の心が一つになった。
そうか、ゼロはポニョを見るのか。癒し系が好きなのか。I☆YA☆SHI☆
「ああ、あと」
まだ他に何かあるのか・・・と全員が耳に全神経を集中させた。
ゼロとC.C.の会話に突っ込むだけの精神力は持ち合わせていないが、聞くぐらい別に構わないだろう、と。
ディートハルトはゼロがこのラウンジに入ってきた瞬間から録音機をセットしていた。
珍しくそれを破壊しなかった藤堂にこころの中で拍手。
だってこんな面白い会話、録音しておかなければ損だ。
「あれはびっくりしたな。まさかあんな大きい母君と小さい父君でポニョが生まれるだなんて思ってもみなかった」
「それは私も思った。しかしアレだな、あの父親の過保護っぷりがいいというか」
そこはYUMEを壊しちゃだめなんだゼ☆というところを、なぜゼロは平然とぶち壊すのか。
その辺はジブリマジックでどうにかなるという前提で見るべきなのに。ゼロって夢ない!
「そうだな、騎士団でいうと藤堂というか・・・」
あ、あれーーー!?藤堂さん出番ですか!バッと藤堂のほうを向くと、本人が居心地悪そうに身じろぎをしていた。
実はこの騎士団、二週間に一回このラウンジで映画鑑賞会をしているのだ。
一ヶ月前の鑑賞会の内容がポニョだった。
ほぼ全員が参加するこの鑑賞会で、藤堂も朝比奈に押し切られて見ていた。
つまり、藤堂はポニョのお父さんがどういうのかしっている。
本人はものすごく複雑そうな顔をしていた。
「藤堂?ああ、じゃあ母親のほうは・・・ラクシャータとか・・・」
「じゃあ宗助の父は朝比奈だな」
「それならリサは千葉だ。ライトで『バカアアアアアアア』を是非ともやってもらいたい」
「ポニョの兄弟は団員達だな!」
「ああ待て、宗助が決まっていないぞ」
「それをいうならポニョがいない」
ちょ、ちょっと待てーーー!と思った。
全力で思った。
あ、明らかにミス・キャストだ!全員が突っ込んだが、ゼロとC.C.は気づきもしない。
というか若干二人とも興奮しているように見えるのは気のせいか?
このキャスティングに楽しさを見出している気がするのは気のせいなのか!?
皆がそう思っているところで、ぽつ、と天子が呟いた。
ああ、そういえば天子様はポニョ鑑賞会の時いないんだった・・・
「・・・ポニョ?」
その瞬間、バッ!と勢い良くゼロとC.C.が振り向いた。振り向いた先にいる天子はびくっと身体を震わせている。
「・・天子・・・」
「天子様・・・」
感慨深そうに二人がつぶやいた。は、はい?と律儀に返事を返す天子に、頬を染めた某南が若干一人。
次の瞬間、C.C.はゼロの足から離れて雑誌を閉じ、それを書類の上にほうった。
ゼロはラップトップの内容を保存して電源を落とし、いそいそとミニデスクをしまっている。
それが終わったとたん、競歩並みの速さでゼロとC.C.が天子の前のソファに腰を下ろした。
二人とも前のめりになっている。怖い怖い。
「・・・天子様、ぜひもう一度『ポニョ』といっていただけますか」
「え?ぽ、ポニョ?」
「・・・天子、次は私とまったく同じ事をやってみてくれ。
いいか、いくぞ、『ポーニョポーニョポニョさーかーなーの子ー』
「ぽーにょぽーにょぽにょさかにゃのこー?」
にゃ、にゃってなったよ天子様!かんんわいい!!
それはゼロもC.C.も同じだったらしく、プルプルと身体が震えている。次の瞬間、ガシっと手を握り合った。
「どうしようC.C.、ポニョが決まってしまった!」
「いけるぞ、天子=ポニョだ!ああ、やはり宗助は星刻だろうか・・・!」
「いや、せっかくだ、ロロを宗助にしてみてはどうだろう!」
「ああ、さぞかし可愛いだろうな・・!」
「というかお前がポニョの母をやれ。私は父になりたい!」
「ああ、そうするとラクシャータと藤堂のポジショニングがないではないか・・・!」
「馬鹿、老人ホームのおばあちゃんになって頂ければいいだろう!藤堂はあの意地悪なおばあちゃんだ!」
「最後にロロを助けてくれるあの嫌味なご老体だな!」
藤堂さんかわいそっ!とか全員が思ったが、突っ込めない。なんだこの出来上がっている二人の世界は。
「まて、最初からキャスティングだ。まず、ポニョ=天子。」
「宗助=ロロ。リサ=千葉。宗助父=朝比奈。」
「ポニョ母=私、ポニョ父=お前、ポニョ兄弟=団員」
「老人ホームのおばあちゃん達=藤堂、ラクシャータ、あともう一人誰にしよう、ああもう扇でいいか」
「カレンはどうする?役が無ければ可哀想だ」
「じゃあ洪水の最中にも関らず、夫と赤ん坊で楽しくボートに乗っていたあの母親でいこう」
「赤ん坊は玉城だな!」
「父親はめがねだったな・・・めがね・・・」
「いや、もう杉山でいいだろう」
「ディートハルトは私の使い魔的なアレだ!ほら、あのストーカーチックな海の生物?」
「言い得て妙、だな。お前もそれでいいだろう、ディートハルト?」
「カオス!」
どんな返事だよ!あ、あれ、そろそろ止めたほうがいいんじゃ、と思ったころには、もう遅い。
バッとマントをはためかせて片腕を高く上げたゼロと、その隣で不敵にもふふんとC.C.が寄り添い、
その反対でははぁはぁと息を荒くしたディートハルトが最新式ビデオカメラを持っている。
「私はここに宣言する!黒の騎士団による、崖の上のポニョ実写版のクランクインを!!」
監督とプロデューサーは私とC.C.だ!
ぽかーんと全員がほうけている中、
俺がドレスを着るのか・・となんとも的外れな発言をしたのは、やっぱり藤堂だった。