パチリと目を開ければ、とたんに視界に入る「ゼロ」の自室の天井。
ほんの少しだけ顔を横に向ければ、すぐに眩いほどの光が目を焼く。あわてて閉じた。
寝起きに強すぎる光はつらいものだ。
顔を覆っていた手をどけ、ゆっくりと下ろせば、毛布の暖かい温度と感触が。
ゆっくりと手触りを楽しみながら徐々に、少しずつ覚醒していく。
ふと頭の下に何かやわらかくも硬いものがあるのに気付いて、怠慢な動きで身体をずらす。
顔も一緒に向ければ、そこにはいつもの髪飾りをつけずに寝ている星刻がいた。
差し出されている左腕こそが、ルルーシュの枕になっているものなのだろう。
自分と違って強靭な身体の持ち主なのだからどうなのかはわからないが、
こんな一晩中腕枕などしていたらしびれるんじゃないだろうか。
そんな事をぼんやりと考えていると、ブル、と身体が震えた。肩が出ていたからだろうか。
ベッドヘッドにあるデジタル時計を見れば、いつもより一時間は早い。
毛布を掴んで肩までくるまり、すこしばかり星刻のほうへ近づく。
吐息が聞こえる。鼻先がふれあいそうだった。
(おきない・・な)
武人としていつでも警戒を解かない彼が、こうも無防備なのは自分があいてだからなのだろうか。
それならば嬉しいと、戦争中で不謹慎であると考えると同時に思ってしまう。
ずっと毛布の中にしまっていた両手を出す。
そろそろと星刻の胸元において、目を閉じた。
いつの間にか頭は腕から離れている。
ずり、と身体をずらすと、先ほどまで同じであるはずだった目線が今度は胸にいった。
コトリと頭を胸に預ける。
トクン、トクン、と鍛えた武人のようなゆっくりと脈打つ心臓の音にほう、と息をついて、
ルルーシュは耳を胸にすりつくように抱きついた。
腕以外の場所に圧迫感を感じたためか、星刻が身じろぐ。
次の瞬間には「ん、」と小さく声を漏らした星刻の深く、寝起きのためか掠れた色香を漂わせる声音に聞き入った。
「ルルー・・シュ?」
ほんの少しだけ身体をずらされる。
髪を掬うように頬をなで上げられ、顔を上げる。
視線が絡めば、寝ぼけ目でとろんとした視線が向けられた。
低血圧であるため、きっと自分もそんな感じなのだろうが、いくらかはましな視線で、たどたどしくもおはよう、
と告げてきた星刻にこちらも挨拶をする。
「おはよう、星刻」
少しついたぐらいではビクともしない星刻の肩に手を置いて、手の力だけで身体をずり上げる。
今度は自分が両腕で星刻の顔を包み込む形になってしまって、はからずしもルルーシュは頬を染めた。
ゆっくりと目を伏せ、現れた額に口付ける。
親しいだけのものには一瞬で終わらせるはずのキスを、だいぶ長い時間をかけて唇を離したルルーシュは、
再び頭を下げて星刻と視線を絡めた。
いまだ少し頭の中がかすんでいる自分と違って、こちらはもう覚醒したようだ。
嬉しそうに緩められた瞳を見て、ルルーシュも知らずのうちに微笑んだ。
星刻の腕は既にルルーシュの腰に絡められている。
ぐい、という力強さを感じた次の瞬間には視界が半反転していた。
星刻がルルーシュの身体ごと起き上がったのだ。
反動でポスン、とベッドの上で胡坐をかいた星刻の膝の上に向かい合うように倒れこんでしまって、
ほんの少し抵抗をしたけれど、ルルーシュはすぐに逃げるという選択肢を頭からはずした。
こつん、と額をくっつけあう。
お互い額を擦り付けあうようにして少しばかりじゃれた。
ほんの少しだけ伏せられた星刻の瞳の意味に気付いて、ルルーシュもすぐに瞳を閉じる。
ゆっくりと与えられた口付けは優しくて、これが幸せなのだと、いまさらながらに思った。
グロッケンシュピールにのせて
丁寧にシャワーを浴びる。
身体に付着したままの水分をゆっくりとタオルで拭った。
バスタオルを巻いただけの格好でクローゼットまで行き、開く。
中にあった下着と、ゼロの衣装を身に着けると、まだ少しみずっけを帯びている髪を、肩にタオルを置くだけで放置し、
ソファに座った。
テーブルにおいてあった、本日の第一号となる超合衆国決議の進行表や各々のスピーチの内容、
新しい人事のリストなどにざっと目を通し、一番上から細かく読んでいく。
シャワー室から出たばかりの、ズボンだけ身に着け、上は何も着ていない星刻が、髪の水分をふき取りながら出てきた。
ろくに髪を乾かしもせずに書類を読みふけるルルーシュに呆れながら近づく。
自分の髪は後回しだ。口にくわえていた髪紐で、頭上で高くまとめあげた長い髪をまとめた。
「ルルーシュ、君はまた、髪を拭かずに・・・」
風邪をひいたらどうするんだ、といいながら、ルルーシュの肩にかけてあったタオルを掴む。
ソファの後ろに立ったまま、ゆっくり丁寧に髪の余分な水分をタオルで吸い込んでいく。
しばらくそれをしていれば、ルルーシュの髪は完全に水が滴るなんてことは無くなった。
自分の髪も同じようにすると、二人そろって洗面台へ向かう。
一つしかないドライヤーの電源を入れる。強引に座らせたルルーシュの髪を指で梳きながら、星刻は髪を乾かした。
「まったく、君が風邪なんてひいてダウンしたら、困るのは君だ」
「・・・大丈夫だ」
「何が大丈夫なものか」
じゃれあいを交えた終わりの無い言い合いを、いったいどれだけ続けただろうか。
頭脳レベルが半端ないこの二人が言い争いをはじめたら一生終わらない可能性が高いというのに。
すっかり星刻の髪も乾ききり、二人でソファにすわって書類の最終確認をしていたころ、ポーンと部屋に音が鳴る。
『ゼロ、時間だ』
若干のノイズの後に聞こえてきた深い、藤堂の声に、ルルーシュが腰を上げた。
星刻もソファに立てかけていた剣を手に取り、立ち上がって腰に下げる。
ルルーシュが再びクローゼットをあけ、立てかけていたゼロの仮面と、ハンガーからマントを取る。
パタンと閉めた後にマントを翻し、羽織った。
たった一つの動作だけでも優雅だな、と思いながら、星刻は仮面の性能を確認しているルルーシュを見た。
ルルーシュが仮面を被ったのを確認し、星刻も近づく。
もうこの瞬間には、朝に甘い蜜事を交わした恋人同士ではなく、
完全に『黒の騎士団CEO』と『黒の騎士団総司令』の雰囲気だ。
「・・・ゼロ」
声をかける。身体ごと振り向いたゼロの仮面をまっすぐに捕らえて、星刻は手をさしだした。
「行こう、ゼロ。世界のために」
ゆっくりと、少しの間を空けて、ゼロが手をあげる。
差し出された星刻の手をしっかりと握ってから、ゼロは部屋の照明を落とした。
今から向かうのは騎士団の甲板。これから自分達は、ブリタニアに宣戦布告をなすのだから。
「行こう、星刻。人々が優しく在るために」
いざ、