「ちょうちょの創り方を知ってる、マリアンヌ?」
ほくそえんで、彼は言った。



四人分のラブレター



見つめる。ただひたすら前を見つめる。止めることはしない。できない。 自分は一回死に、そして何のとりえもないような小さな少女の身体に収まってしまった。 精神だけが飛んでいる。V.V.と並ぶ。目の前の光景を見る。 隣のV.V.の身体に馬乗りになって、首を絞めて殺してやりたい。無理だとわかってはいる。
「・・・まず、さなぎになるわね」
「そうだね」
眠っていた幼い少年と少女が広い間に運び込まれる。 ただみる。わたしは、みることしかできない。少年が身じろぎをする。目をこする。おきた。 少女の肩をゆする。少女がうめく。身を起こす。数秒して、おきた。きょろきょろと見渡す。 目の前にある光を見て、固まる。 まだ現実を認識できず、いきなり知らない場所で目を覚ました恐怖に対してわめきそうになるのを、 隣の少年が口をふさいで止める。 少女が驚く。涙が止まる。前を向かせる。少女が固まる。おとうさま。少女の口が動く。へいか。 少年の口が動く。壮年の男は玉座から動かない。かあさまは?少女の口が開く。 ここよ、と答えたかったけれど、無理だった。
「さなぎになって、時間をかけて、蝶になるんだわ・・・」
「そうだね」
精神世界に身をゆだねる。C.C.、聴こえる?聴こえたり、する?するのかしら。 返事は、イエス。涙交じりの、イエス。わたしもなきたい。子どもを巻き込むなんてしたくないのに。 したくなかった。すべてすべてこいつのせいだ。馬乗りじゃなくてもいい。 足を払って転ばせて、肋骨でも踏んで殺してやろうか。 無理だとはわかっている。C.C.、どうしましょう。どうもできない。泣きたい。泣いた。涙が出る。 涙をぬぐう自分の手は小さい。自分の体だったら、もっとちゃんと動かせる。 こんな鈍い反応しか出来ない体じゃない。
「さなぎの中身を見たことがある、マリアンヌ?」
V.V.は尚も話しかけてくる。耳をふさぎたい。けどしない。できない。 目の前を見る。男が玉座を降りる。こつこつと音を立てながら、階段を下りる。 男の視線がこちらに向かう。隣のV.V.がひらひらと笑顔で手をふる。 わたしもちょっとだけ手を上げて、ゆっくり、ふる。きっと酷い顔をしてる。 あなたに悲しい思いはさせない。 あなたとわたしとわたしたちのこどもふたりで、 あなたがわたしたちのまえではこうていのかめんをかぶらなくてもいいようにしたかっただけだったのに、ね。 シャルルの視線が悲しげに緩む。ごめん、死んじゃったわ。こんな幼女があなたの愛した女だなんてね。 滑稽だわ。シャルルが視線をそらす。目の前の子どもに行く。
「さなぎの中身はね、ぐちゃぐちゃなんだよマリアンヌ」
少年が少女を抱き寄せる。シャルルが手を握った。ちょっと震えてる。ごめんなさい。 私さえいればあなたまでこんなことせずにすんだのに。
「ちょうちょはいっかいぐちゃぐちゃになるんだよ。一回溶けてぐちゃぐちゃになって、 キレイなちょうちょに生まれ変わるんだよ」
V.V.の声は聞こえていたけれど、無視する。聞きたくないけど、耳はふさがない。シャルルの声は聞きたいから。 ルルーシュ。ナナリー。ルルーシュ、ナナリー。あいしてる。愛してるわ。あいしてるあいしてるあいしてる。 あいしてる。ごめんね。ごめんなさい。
「幼虫は食べて食べて大きくなって、まるで今のルルーシュとナナリーだね。 そして君というさなぎに包まれるんだよ。 でも僕が君を切り裂いたから、どろどろのルルーシュとナナリーがでてきちゃった。 もっかいさなぎに包んで、きれいなちょうちょに生まれ変わらなきゃね」
シャルル・ジ・ブリタニアが刻む。ナナリー、残酷ね、ごめんなさい。ルルーシュ、ひどいね、ごめんなさい。 もっとあなたたちを愛していたかったのよ。こんな結末望んでなかった。ごめん。ごめんC.C.。ごめんね、お願いするね。 答えはイエス。涙交じりのイエス。見守ってあげてね。嗚咽交じりのイエス。
「あと何年かな?あと何年でちょうちょになった二人を見れると思う、マリアンヌ?」
ルルーシュとナナリーが目を見開いて硬直する。瞼が下がる。体が崩れ落ちる。 シャルルが二人を抱きとめる。額にキスをする。走りよる。シャルルがこんなわたしをあいしてくれるわけない。 五歳の幼女の姿をしたわたしなんて。でもいく。抱きしめる。胸に顔をうずめる。頬にキスをする。 唇にキスをする。ごめんなさい。幼女にキスなんてされたくなかったかしら。 ルルーシュとナナリーにもキスをする。自分よりも幼い姿したお母さんのキスなんて、 いやだったかしら。ごめんなさい。でも愛してる。
「わたしがころされなきゃ、よかったのね」
V.V.に背中なんて見せるんじゃなかった。 何でマシンガンなんて大きなものを隠してるのがわからなかったのかしら。くやしいわ。悲しいわ。 愛してるわ。愛してるわ。どんな子達になっても、愛してるわ。
「しゃるる、このこたちを、どうするの」
出てきたのは甲高い幼女の声。ああ、あなたこんな声鬱陶しいかしら。
「・・・日本に送る」
V.V.はいつのまにかいない。飽きたのかもしれない。だとしたら好都合だ。
「ぶいつーがこんどはこのこたちをきずつけたら、どうしましょう。いやよ、いやだわ」
「日本に戦争を仕掛ける」
鈍器で頭を殴られる。戦争をしかけたら、死んじゃう。 ルルーシュもナナリーもルルーシュの心もナナリーの心もルルーシュの体もナナリーの身体も。
「ルルーシュとナナリーの死亡発表をする。兄さんには死んだと、思わせる。」
「ほんとにしんじゃったらどうするの・・・」
「死なせない。C.C.に見守らせる」
床に伏せているルルーシュとナナリーを見る。ごめんなさい。ごめんなさい。あいしてるわ。 愛してる、きっとこの世の何よりも。わたしとしゃるるのたからものだもの。
「そうね、それがいちばん、きっといいのね・・・」
ルルーシュの肩を掴む。抱き起こすことすらできない。ナナリーで試してみる。 だめだった。おかあさん失格だわ。シャルルが抱き上げる。私はついていく。アリエスの離宮につく。 朝まで待つ。時間になったら、アリエスの人間全員にギアスをかける。二人を守る。きっと一番最悪な方法で。

「あいしてるわ。愛してるわ、ルルーシュ。愛してるわ、ナナリー。」
ちょうちょになったあなたたちが、またぐちゃぐちゃになりませんように。



100のお題第十弾、「孵化」。

2008年10月25日 (2008年10月25日アップ)