ヴォードヴィリアンになれたなら、



ちちち、と鳥がさえずっている。 上空から送られる風はそよそよと優しく、ここが空の上だなんて信じられないほど静かだ。 ダモクレスの空中庭園、そこのガラスに身を預けるようにして、ルルーシュは座り込んだ。 真下にある碧い海をぼんやりと見、一つためいきをつく。 左手はなおも腹の上。 手がそこを撫でるのをやめることは、なかった。
「ルルーシュ・・・此処にいたのか」
「C.C.」
ライトグリーン色の髪をなびかせたC.C.が、歩み寄る。 普段の拘束服とは違う、眩い白のワンピースが歩みにあわせてふわりとゆれて、普段とは違った雰囲気だった。 C.C.がルルーシュの右側に座る。 ルルーシュの視線をたどるように眼下の海を見やり、そしてルルーシュの左手が撫で続けている腹で視線をとめた。
「ルルーシュ?」
「・・・生理がきた」
ふい、とC.C.の視線から逃れるようにして目を伏せたルルーシュが答える。 それの意味する事がわかってしまって、C.C.もまた目を伏せた。 ずりと手の力を使ってルルーシュに寄り添い、肩に手を回す。 頭を引き寄せるように自分の肩にもたれさせて、C.C.は目を閉じた。 頭をゆっくりと撫でているうちに落ち着いたのだろう、ルルーシュからは静かな吐息だけが聞こえた。
「C.C.」
「何だ」
「・・・軍人であるヴィレッタが・・・戦場に現れなかったのは何でだと思う」
少しだけ視線を動かして、言ってもいいものかと考えをめぐらせる。 しかし、ルルーシュが意思の強い瞳でこちらを見据えてくるのをみて、考えを変えた。 ふぅと一息つく。
「・・・妊娠しているから」
「だよな・・・やっぱり」
自嘲気味な笑みを口元に浮かんだルルーシュが、視線を落とす。 包み込むように触れた下腹部を撫でる手を強める。 それに顔を顰めたC.C.が、そっと両手で手をはずす。
「こら、傷つけるな」
「もう意味は無い」
ふと、ルルーシュの声に哀愁が混じる。 その声に不安げにルルーシュを見て、C.C.は黙った。 先ほどとは違う体勢でルルーシュがペタンと草の上に座る。 腹に組むようにしておいた両手に力をこめてうなだれるルルーシュを見て、C.C.は何も言うことができなかった。 ぽつりとルルーシュが呟く。
「・・・ずるい」
「ルルーシュ」
「ずるい」
ずるい、となおも呟き続けるルルーシュの瞳には涙がたまっていて、C.C.はただ無言で涙を拭った。
「本当は、わたしだって、」
ぎゅう、と手に力がこもる。 ついに頬を滑り落ちた涙は悲しみとはかけ離れているほど美しくて、C.C.はただ黙った。 ただ黙って、ルルーシュのそばにあり続けた。
「私だって、ほんとうは、もういないけど、でも本当は、」
本当は、ここに。 瞳を閉じて、零れ落ちた涙が頬を伝って滑り落ちて、ルルーシュの組んでいた手や服に落ち着いた。 白い皇帝服が薄く灰色に染まる。
「わたしだって、このこ、生きてたら、」

ちゃんと産みたかった。母親に、なりたかった
(追憶に口付けの原型でした)



テンペストな予感



髪の長い男が、ゆっくりと手を掴む。 それにきづいた女がバッとそれを振り払って、掴まれた腕をかばうようにもう片方の手で包んだ。
「さわ、るな!」
「もうやめろ、もののけの姫・・・自分を、傷つけるのは」
「黙れ!お前に何がわかる!」
激昂したルルーシュに反応して、白い、大きな狼がすりよる。 鼻先をルルーシュの胸元に擦り付けるようにして、マオは興奮気味にルルーシュに問うた。
『どーする、ルル?僕食べてあげるよ』
かりかりとマオの鼻の頭をかきながら、ルルーシュが星刻に目を向けた。 はるか向こうでおびえ気味に星刻の様子を伺っている神虎をちらりと見て、星刻の頭をかじろうとするロロを止める。
「いや・・まだ、殺さない」
先に帰っていていい、というルルーシュの言葉に、マオとロロがしぶしぶと山奥の方へ帰っていく。 おびえさせないようにゆっくりと神虎に近づき、たずなをとる。
「おいで。お前のご主人様を返してあげよう」
獣のにおいのするルルーシュに慣れたのか、神虎がおずおずとルルーシュに従った。 腹から出血をしたまま動かない星刻を乗せて、ルルーシュは山奥に戻った。

肉の乾いた乾物を食べさせようとするけれど、「ぁ・・」と声を発するだけで、星刻はなかなか飲み込まない。
「なんで、おれが、こんなこと・・・」
星刻が口に入れることの出来なかった乾物を、口に含む。 小さくちぎって唾液を多分に含ませて噛み、肉をやわらかくした。 そのまま星刻の顔の両側に手をつくと、ルルーシュはゆっくりと、顔を近づけていった。

(単発変なところできれたもののけ姫。別に星刻じゃなくてもよかったんちゃう、 という・・・でもアシタカって星刻ぽい。パズーはスザク。)



今なら皆殺せるよ



「なールルーシュ。ちょうどこの辺だっけ?」
確信も含ませたリヴァルの問いに、サイドシートでデニッシュをほおばりながら本を読んでいたルルーシュは顔を上げた。 読んでいた本にしおりをはさまず、ページ数だけを覚えて本を閉じ、鞄の中にほおる。 パッケージから食べる分だけ出していたデニッシュを少しだけ多めに出して、ルルーシュは手を伸ばし、 リヴァルの口のほうへ持っていった。
「『あの時』とまったく同じだったら、そうだろうな」
「ふぉっか」
前方を見据えたままデニッシュにかじりついたリヴァルが答える。 うまい具合にデニッシュを切り離したのを確認して、そのままかじりついた。 サングラス越しに、目的地である学園側の高速道路ではなく、左側のゲットーへとつながる道を見据える。 次の瞬間、パパーッと大きくクラクションを鳴らしながらトラックが後ろに迫ってきたのを見て、 リヴァルとルルーシュは二人そろってにやりとその顔に笑みを浮かべた。
「同じですね?」
「そーですね」
『あの時』自分達がやったように、右往左往にトラックと意味のない道の譲り合いをする。 程なくするとトラックは痺れを切らしたように左側のゲットーへと突っ込んでいって、 リヴァルはそれに呼応するようにバイクを止めた。
「リヴァル」
ルルーシュの言葉に一つうなずいて、アクセルをふかす。 段々と野次馬が集まりだしてくる前にゲットーのほうへ下り、バイクを止めてルルーシュを下ろした。 ルルーシュが携帯の電源を切り、財布から数枚の現金を取り出して学生服の内ポケットに入れる。
「んじゃ、適当に回って一時間後にシンジュクゲットーの端で」
「ああ。リヴァル、頼むから今回は電話しないでくれよ」
「はは、わーかってるって!」
パン!と手を叩き、リヴァルは再びアクセルをふかし、 ルルーシュはトンネルに突っ込んだまま動かないトランクに歩みよった。 荷台の横に備え付けられたはしごをつかって上に登る。 トラックが動く瞬間に中に身を滑り込ませたルルーシュは、そのままカプセルの後ろに身を潜めた。 そっと、耳を寄せる。 鉄の冷たい感触に一瞬身をすくめながらも、この中に自分の魔女がいるのだと思えば、全くイヤではなかった。
「―――・・・わかってる―――のために、あたしがいるんでしょ!」
ふと、聞こえてきたなじみのある声に、ルルーシュがひっそりと笑みを浮かべた。 息を殺す。 気配を殺して、ルルーシュはただ彼女が運転席から出てくるのを待った。 程なくして現れた赤髪の彼女は自分が良く知っていている人物で、彼女がこれから何をするのかと思うと、 ルルーシュはただ笑いをこらえるのを必死だった。 確かに彼女は有能だった。 助けてやりたかったし、それは確かに今でも変わらないのだろう。 でも。
(もう、お前は使ってやらない)
赤く塗られたKMFが荷台から飛び出す。 それをトラックの中から見たルルーシュは、感歎のため息を漏らした。 やはり、上手い。 自分があの扱いづらい紅蓮を託した『ゼロ』の元騎士なだけはあると思う。 しかしそれは『あの時の今』から数ヶ月後のことだ。 今の自分には最早関係ない。 それからしばらくしてトラックが止まると、ルルーシュはカプセルの陰からでた。 トン、とカプセルに背中を預け、悠々とした笑みを浮かべながら後ろ手でコンコン、とカプセルを叩く。 がちゃり、という音と共に身体を離せば、『あの時』とまったく同じように彼女―――C.C.が出てきた。 一つ違うといえば、あいつがまだ来ていないことぐらいか。 閉じていた瞳をゆっくりと開き、こちらを見てくるC.C.が崩れ落ちるのを抱きとめることで防ぎ、 口を覆っていた拘束具をはずしてやる。 少し顔の筋肉を動かしてから浮かべられた笑みにルルーシュも笑みを深くする。
「おかえり、C.C.」
「ただいま。ルルーシュ―――私の王」
お互いの頬にキスを交わして、ルルーシュとC.C.は立ち上がった。 もうすぐスザクがやってくるはずだ。 スザクとC.C.の分の私服が入っている紙袋が無事なことを確認して、荷台が空けた部分に腰掛けた。 隣ではC.C.がぶらぶらと足をゆらし、髪を指でいじっている。
「さて、今回はどうするんだ?」
「黒の騎士団は作る。ゼロもな。」
「カレンは?」
「後々入ってくるだろう。だが、私の側近にはしない。したとしても、正体を悟らせるようなことはしない」
「スザクはこちら側だしな」
「それもまだわからない。リヴァル、ミレイ、ニーナ、俺、お前が 『あの時の今』の記憶を持っているからといって、スザクもそうだとは限らないしな」
「ふぅん」
程なくして、一人のブリタニアの軍人らしい男が駆け寄ってきた。 二人を視認するや否やヘルメットをはずす。 その行動にスザクもそうなのだと確信して二人は笑みを深くして、その茶色の髪と新緑の翡翠が出てくるのを待った。
「―――ただいま、ルルーシュ。C.C.もね」
「お帰り、スザク。スザクもだったんだな。よかった」
「おかげさまでね。これも君の仕業かい、C.C.?」
「まさか。私もこんな人間ビックリショーは初体験だ」
「ふーん」
「おい、行くぞ。他の軍人に見つかるとやっかいだ」
軽く抱擁を交わして二言三言交わすと、ルルーシュが時間だと携帯から顔を上げて二人を手招きした。 ルルーシュを先導に薄暗い路地裏を歩く。 人気のないところでようやく足を止めて、ルルーシュはもってきていた紙袋からビニール袋を二つ取り出した。
「こっちの袋がスザクの服。こっちはC.C.」
渡されたビニール袋の中から、スザクがごそごそとズボンを取り出す。 可愛らしい白の生地に小さい華が沢山散らされたワンピースを取り出して掲げたC.C.にため息をこぼす。
「ちょっとC.C.、こんなところで着替えられても困るんだけど」
「お前はあっちへ行け」
「・・・ルルーシュは?」
「俺はC.C.の着替えは慣れてるから気にしない。 スザク、こいつはシャツ一枚で平気でうろつくくせに、いざ裸を見られると結構うるさい」
暗に下手に裸なんぞ見るものなら殺される、と諭されたスザクは、そのままため息をついて背を向け、着替え始めた。

「今なら誰でも殺せる気がするよ」
『あの時』の記憶があるミレイが、一年早く提案した屋上のガーデンのチェアに腰掛けて、ルルーシュは目を閉じた。 隣のC.C.が胸に頭を預けてくる。 緑色の髪をさらりと梳くっては落としながら、ルルーシュはミレイの淹れた紅茶に口をつけた。 目の前ではリヴァルがぼりぼりとクッキーを頬張りながらC.C.を凝視している。 そういえば、たとえ同じ『あの時』の記憶を持っているもの同士だったとしても、 リヴァルやミレイはC.C.の会うのははじめてなのだ。 完全に全体重を預けるように眠りの体勢に入ってしまったC.C.の身体を難なく抱き上げ、膝の上に横抱きにする。 C.C.の頭を肩にもたれさせるようにして体勢を整えたルルーシュは、 そのまま視線を気にすることなくクッキーに手を伸ばす。
「なぁ、ルルーシュはそのC.C.さんとやらとどういう関係なわけ?」
「共犯者だよ。俺のパートナー」
「ふぅん?恋人じゃなくて」
「そんなものよりずっと強い」
おお、とルルーシュの言葉に若干頬をあからめたリヴァルがじゃあさ、とテーブルに身を乗り出す。
「俺は?」
「お前は俺の最愛の悪友かな。親友よりも確固としていて、そして強い絆だ」
「ほほーう。たとえるなら?」
「一見千切れやすいように見えて強いピアノ線」
「ねね、ルルちゃん私は?」
「俺を見守ってくれる守護者です。傍観者。母さん見たいな」
「騎士じゃないのね」
「騎士はスザクだけですから」
テーブルに預けた腕にあごを乗せたミレイが満足そうに笑う。 その隣でニーナが静かに紅茶を飲みながらパソコンを叩いているのをみて、 ルルーシュはC.C.の肩にあごを乗せながら微笑んだ。
「ニーナは俺のコントローラー。君は俺に傾倒しないが故に、俺が間違った道へ進もうものなら調整する」
「もちろん」
にっこりとモニターから顔を上げたニーナが笑う。 その隣でスザクが珍しくも噛み付いてこないアーサーと猫じゃらしでじゃれながら、そういえばと顔を上げた。 アーサーを両手で抱き上げて膝に乗せる。
「シャーリーは記憶がないんだね?」
「シャーリーは三度、記憶とギアスに翻弄された。 最初はマオと俺に。二回目も俺とギアスに。三度もジェレミアと俺に。もう、彼女には充分だ」
「他にも記憶のある人、いるかな?」
「多分ロイドさんとセシルさんはあると思うよ。さっき一回軍部に寄ったけど、転属命令出てたから」
「ランスロットのデヴァイサーかー」
やっぱりお前はすごいわけね、と若干嫉妬のこもったジト目でリヴァルがスザクを見る。 いたずらに歯を見せ、ピースサインで笑顔を返したスザクの鼻に軽くパンチを食らわせて、リヴァルはにっこりと笑った。 このくそやろう、と冗談を交えた罵詈雑言を交し合った後、スザクがルルーシュに問いかける。
「どうしよう。ユーフェミア様の騎士になるべき?」
「さあ?情報をより多く得られるかによるな」
「じゃあダメだ。ユフィお飾りだから」
「そうだな、なんなら白兜のデヴァイサーを経てシュナイゼルの近衛にでもなってくれ」
「ルルーシュ、私もやっぱりシュナイゼル殿下のところに行ったほうがいいのかしら」
「いや、ニーナはこちらに残れ。研究はしてもいいが、フレイヤは完成させるな」
「え、研究はさせていいの?」
「馬鹿ねリヴァル、科学者から研究取ったら何が残ってるって言うのよ」
えー、と口を開いたリヴァルの頭を、ミレイががクッキーの口に挟みながら肘で小突いた。 しー、と人差し指を口にあてたルルーシュが、C.C.を見遣る。 長い睫毛を振るわせたC.C.が目を開くのを確認して、ルルーシュはC.C.の背中に腕を回した。
「おはよう、C.C.」
「・・・おはよう」
「やっぱり疲れているのか?カプセルの中に拘束されてたわけだし」
「そうだな・・・そうかもしれない」
もぞもぞとルルーシュの膝から降りたC.C.が再び隣の椅子に移動し、チーズ君に顔をうずめる。 そういえば、何でチーズ君がここにあるのかと疑問に思ったC.C.が、チーズ君とルルーシュを交互に見た。 その様子に気付いたリヴァルが、C.C.ににっこりと笑いかける。
「あ、C.C.気付いた?」
「・・・リヴァ・・ルとかいったか」
「そーそ。リヴァル・カルデモンド。早く覚えてね。それさ、皆でがんばったんだぜ」
「皆?」
「ルルーシュが『C.C.はチーズ君が生きがいなんだ!』なんていうから、生徒会でピザ頼むたびにシールとっといてさ。 この前漸くもらえたんだ」
「ほう?」
「チーズ犬リュックとチーズ君抱き枕どっちか迷ったんだけど、ルルーシュが『C.C.は抱き枕だ』って」
なるほど、やはりこの男は私の事を良くわかっている。 満足そうに微笑んだC.C.にこちらも満足げに笑って、ルルーシュはスザクのほうを見た。
「スザク。受けてくれるか、騎士」
「もちろん。だって本当は、」
スザクの瞳が緩む。 七年前の光景が浮かび上がってくるようで、ルルーシュは目を伏せてその声を聞いた。
「だって本当は、ずっとルルーシュの騎士になりたかった」

愛してるよ、皆
(何げにルルCっぽいのは私がギアスはルルーシュとC.C.の出会いが全ての始まりだと思ってるからです)



短編に消化できなかった原型やスケールでかすぎて書ききれなかった小話、以上三つです。

2008年11月1日