さよなら夕焼け青の海



『あの時の今』と比べて、C.C.は随分とルルーシュにだけではあるが、柔らかくなった。 その証拠に、ゼロの部屋で広げているピザの箱の一つからピザを一切れ手にとっても、意にも止めていない。 それどころか、「うまいか?」とルルーシュにも聞いてくるのだから、随分と寛大になったと思う。 それでもそれを発揮するのはやっぱりルルーシュ相手だけで、 他の誰かがピザを取ろうものなら容赦なくとび蹴りがお見舞いされる。
中でも今日お気に入りなのはルルーシュお手製の本場ナポリ風のピッツァで、 五箱頼んでいたピザのうち五箱目を食べているときに出来上がった瞬間、残りのピザは置いてけぼりになっている。 ピザは冷めてしまうと美味しくないので、ルルーシュが食べる羽目になっているというわけだ。 (昔のC.C.なら、いくらさめることになっても他の人間に分け与える等ということはしない。決して。)
本場と同じ用に作るなら材料もまた同じがいいだろうということで、 ルルーシュはわざわざイタリアで使われるディチェコの00番を入手した。 他には生イーストや、ここに釜はないので本来ならば入れないオリーブオイルも用意した。 トマトソースには水煮缶や日本のトマトなどは使わずに、イタリアントマトの細長いサンマルツァー種を。 他に厳選したバジルやモッツァレチーズに、C.C.の好きな具をトッピングした。 この間のEUへの偵察のお礼も含んでいるから、少しばかり豪華にした。
ニコニコとご機嫌な様子を隠しもせずに美味しそうに食べてくれるC.C.を見ていると、思わず笑みがこぼれてしまう。 『あの時の今』を知っているからこそ知っているお互いの本質を根深く奥底まで理解してしまった今では、 本気の厭味や皮肉の応酬は意味がないと言える。
「美味いか?」
「ああ、美味い。この生地とトマトソースがまた美味い」
「それは良かった」
「お前、来世では私専用のピザ職人に決定だな」
「それはそれは・・・光栄?なのか?」
「光栄だ。喜べ」
「・・・はいはい」
ピザという一点を極めた道に突き進むのもそれはそれでいいかもしれないが、 ルルーシュの気性からしてそれだけで満足した生活が送れるとは信じがたい。 いつの間にか他のイタリアンにも手を出し始めて、世界にイタリアンシェフとして名を轟かせてしまうのだろう。
それは面白くない。 それだったら普通に就職して趣味として自宅でピザを作って振舞ってくれる方がよっぽどましだと思いながら、 C.C.はまたピザを一切れかじった。美味い。
「ルルーシュ、お前も食べるか?」
「・・・お前が?お気に入りを?」
「ああ」
ほら、と身を乗り出して食べかけの一切れを差し出してやれば、 少し迷ったものの―――だってC.C.が、自分の一番お気に入りのピザをいくらルルーシュだろうと分けるだなんて ―――ピザが重力に従ってゆっくりと垂れていくのを見た瞬間、慌てて先を口に挟んだ。 C.C.の機嫌を損ねない程度の『一口』を切り離して咀嚼する。 数秒して飲み込んだ後の誇らしげな、嬉しそうな顔を見て、C.C.は食べさせて良かったと思った。
「うん、美味いな。さすが俺」
「ナルシストが」
「そのナルシストのおかげでこんな美味いピザが食えるんだ。安い物だろう?」
「まぁ、それはそうだが」
「でも、もうちょっとチーズが少なくてもいいかもな。また改良して作ってやるよ、C.C.」
「ほんとか?じゃあいい働きをしないとな。その分三枚作ってくれ」
「三枚?」
「ああ、三枚だ」
「・・・しょうがないな」
ゼロの私室に響いていた柔らかな笑い声も、突然のノックの音にすぐさまナリを顰めてしまう。 コンコン、と感覚をあけて聞こえて来たノックの音に耳を澄まして、ルルーシュとC.C.はじっと待った。 ルルーシュはすでにマスクを引き上げ、手に仮面を持っている。
「誰だ?」
『ゼロ、・・・カレンです』
「・・・入れ」
髪が乱れないように片手で抑えながら仮面をかぶる。 目の前でC.C.が面白くなさそうに大きくピザを一齧りするのを見遣って、ルルーシュは仮面の前で指を一本もっていった。 静かに、という意図を込めた合図にC.C.が眉を顰める。 テーブルが必要だった場合のために空になったピザ箱を積み重ねると、拗ねたようにC.C.はソファに寝そべった。 シュン、とすばやい音を立ててドアが開く。
「カレンか?どうした」
横においていた書類を手に持ち、顔だけでカレンの方を振り返る。 入り口のところで突っ立ったまま動こうとしないカレンに手首を翻して促すと、ようやくカレンが部屋に一歩を踏み入れる。 閉じられたドアにロックをかけたカレンに一瞬C.C.が眉を顰めた。 そんなC.C.に、カレンが少しだけ首をかしげる。テーブルに積み上げられたピザ箱にも視線をやった。
「・・・C.C.、相変わらずピザばっかり、食べてるのね」
相変わらず。
その言葉に思うところがあったが、ルルーシュはそのまま無言を貫いた。もしや、カレンは?
「・・・ゼロ・・・貴方は、いいえ、あんたはルルーシュ、でしょう?」
確信をもって告げられた言葉に、ルルーシュとC.C.は瞬時にカレンも『あの時』の記憶を持っているのだと知って、 しらを切ることをやる前から諦めた。ゆっくりと仮面に手を伸ばす。
「ああ・・・ルルーシュ」
やっぱり、あんただった、と目いっぱいに涙を浮かべて、カレンは喜色に満ちた顔をルルーシュに向けた。 サラリとした黒髪、アメジスト色の至高の瞳、眩いばかりの肌と美貌。全てがあの時と同じだった。 カレンはその事実がどうしようもなく嬉しくて、ルルーシュの方へ一歩踏み出そうとした―――けれど。
「―――カレン」
ついで聴こえてきた、彼の自分を呼ぶ声は冷たく冷え切っていて。 ルルーシュとC.C.の、 その射るような眼光に――C.C.の方がかなり憎憎しげににらんできた――身を竦めたカレンは、瞬時に悟った。
柔らかく微笑んで、『カレンにはかなわないな、』といってくれるはずだったかの人ではないのだ。 カレンは、ルルーシュにもう必要とされていない―――。
「ど・・・して?」
それでも諦めたくなんてない。自分があの時の記憶を持っていると自覚したとき、一番最初に浮かんだのは喜びだった。 また、ルルーシュを守れる。こんどこそ守れる。 ルルーシュを一人にはしないのだと、今度こそ支えてやれば、ルルーシュが自分達を裏切る心配はないのだと―――。
「こっちが聞きたいよ、カレン」
ソファから身を起こしたC.C.が、魅惑的にテーブルに手を着く。
「なぁ、なんで来たんだ?カレン」
手を伸ばして、まだ食べかけだったピザを齧る。良く伸びるチーズに好感触を覚えながら、C.C.は再度カレンを見た。
「なんで・・・って、それは、ルルーシュを守るために・・・」
「もう必要じゃない。いらないんだってわかったから、お前は今『ど・・・して?』っていったんじゃないのか?」
わざわざカレンの口調を真似して反芻したC.C.に、カッとなったカレンがC.C.に走りよる。 その瞬間カレンから湧き上がった少しばかりの殺気にルルーシュが顔を顰めて、カレンの手首を掴んだ。
「っ、ルルーシュ!?」
「・・・C.C.に、何をしようとしたんだ、カレン?」
ぎりぎりと掴んだ手にこめられた力に驚き、そしてその痛みに顔をゆがめる。 なえた殺気に気づいたルルーシュがぱっと手を離すと、カレンはその場にへたり込んだ。 頭の中に湧き上がってはきえていく疑問を声に出せない。どうして?なんで?どうしてルルーシュはこんなことをいう? なんでルルーシュは、もうカレンを必要としていないのだろう?
―――その答えは、出すにはあまりにも簡単すぎた。
考えればわかることだった。カレンは神根島でルルーシュを裏切り、 そしてその後もルルーシュを信じきることが出来ずに、団員からの一斉放射の中にルルーシュを置き去りにした。 世界を守るために立ち上がったルルーシュを殺すために、カレンはシュナイゼルの元で紅蓮を奮った。
何度も助けてもらったのに。何度も信じてくれたのに。何度も裏切っても、カレンは悪くないと言ってくれたのに。 最終的にカレンはルルーシュを突き放し、そしてルルーシュを死に至らしめてしまったのだ。
それを考えれば、いくらルルーシュでももうカレンを信じることなど、出来ない。信じてくれるはずがない。

その事実に愕然としたカレンは目を見開き俯いて、そしてぎりぎりと歯を食いしばりながら嗚咽を堪えた。 青い瞳からはすでに涙がボロボロと落ちていって、カレンは泣くな、なくな、と自分に唱えた。
「る、るー・・・しゅ、ね、」
「何だい、カレン」
「ね、私は・・・もう、あなたには必要ない、の・・・?」
涙に赤くはれた目をルルーシュに向ける。 先ほどから、カレンが部屋に入ってからもC.C.に詰め寄ろうした時も、 この床に座り込んだときからも、全く変わっていない体の位置。 カレンを見つめるあの柔らかかったはずの瞳も、いまやなんの感慨も浮かんでいない。
「・・・・あのなぁ、カレン」
ルルーシュの作ったピザを全て食べ終えたC.C.が、指についた油分を舐め取り、 残りを紙ナプキンでぬぐいながらカレンの方を向いた。
「裏切り続けの騎士を、こいつが必要とすると思うのか? いくら情に絆され易いルルーシュでも、『あの時』を知った今じゃさすがに無理だ」
ガン、と頭の中に何かが落ちてきた。『あの時』。 じゃあ、二人は自分と同じように、『あの時の今』の記憶を持っているのだ。 今までのことを踏まえて、ルルーシュはカレンを信じてはくれないのだ。
「・・・覚えて、いるの・・・・」
「当たり前だろう?だからイレギュラーも少ないんだよ。わかっているだろう?」
「じゃあ・・・スザクも」
「スザクだけじゃないさ。 最後には、最後までルルーシュの味方であってくれたロイド、セシル、ニーナ。 アッシュフォードのミレイとリヴァル。咲世子も記憶があるのは確認済みだ。 ジェレミアはどうだろうな?まだ確信はないよ」
「そんなに・・・」
自分だけではなかった。 『あのとき』のルルーシュとの思い出を覚えているという優越感に浸っていたのはカレンだけではなかったのだ。 なんて、浅はかな。
「正直言って、私はルルーシュに仇名したものは全部死んでしまえばいいと思っているんだ。 例外はそうだな・・・星刻と神楽耶かな。二人ならば許してやってもいい。 ナナリーはもっているのか、いないのか・・・わからないが、 あいつの想いによっては許してやらないこともないと思っている。けどな、カレン」
C.C.の言葉一つ一つが、カレンに重くのしかかってくる。 縋る様な、助けを求めるような瞳でルルーシュをみるけれど、 ルルーシュは何の感情も浮かべずにカレンを見るだけだった。
「―――お前は、許してやらないよ」
「ぁ・・・・」

ゆっくりと立ち上がったC.C.がカツカツとヒールを鳴らして、カレンの前ぺたんと座り込んだ。 ゆっくりとカレンを抱きしめる。
「・・・カレン」
力の入っていないカレンを無理やり腕を掴んで立たせ、C.C.はドアのロックを解除してカレンを部屋の外に追い出した。 未だ俯いたままのカレンと視線をあわせ、笑った。
「・・・信じて、ほしい?カレン」
こくん、とカレンがうなずく。
「・・・また、微笑んでほしいって思うのか、カレン?」
うん、とカレンがうなずいた。
「じゃあ・・・じゃあ、カレン」

「お前は、『あの時』と全く同じことを、しろ。ルルーシュのシナリオどおりに動け。 お前は最早、プレイヤーの横でルルーシュを見守る盾ではなくなった。 お前は、盤上でルルーシュの意のままに動く、駒だ」
同じこと?とうつろな瞳でC.C.を見るカレンにうっそりと微笑んで、C.C.は大きくうなずいた。
「そうだよ。同じこと。もしルルーシュとスザクが神根島で対峙したら、お前は迷わずルルーシュを見捨てるんだ。 団員に銃を向けられたら、迷わずルルーシュを置いてけぼりに。 最後にはルルーシュを嬲る(なぶる)ために紅蓮を駆るんだ。 ・・・ルルーシュのものになりたい?だったらそうしろよ」
カレンの後ろにあるドアが音を立てて開いて、C.C.はその中に滑り込んだ。 ついで聴こえる、ドアが閉まる音とロックのかかるカチャリとした音がイヤに頭の中に響いて、カレンは泣き叫んだ。

「ああ・・・・あ、あ・・ああああああああああああっ!!!」



くるった騎士

2008年12月13日 (2009年5月21日アップ)