袖を引っ張ればよかったと思う。
例えば、私があのエメラルドグリーンの彼女のように、貴方の前を、貴方の横を、貴方のすぐ、
ちょっと手を伸ばしただけで腕を絡められそうなくらい後ろにいたら。私は泣かなかったかもし
れない。私は絶望に、羞恥に、後悔に、悔しさに、情けなさに、全てのネガティブの感情に振り
回されなかったかもしれない。打ち拉がれなかったかもしれない。貴方もそうだったかも。貴方
も泣かなかったかも。貴方も絶望に、羞恥に、後悔に、悔しさに、情けなさに、全てのネガティ
ブの感情に振り回されなかったかもしれない。打ち拉がれなかったかもしれない。そう思うのは
浅はかかしら。浅はかな私の、自惚れかしら。所詮私はあのエメラルドグリーンの彼女のように
、貴方から全幅の信頼なんて置いてもらえなかったんだから。
例えば、私がもっと大らかな心の持ち主で、最初から貴方のように優しくて、愛情に満ちていて、
何をされても愛することを止めないような、止めることなどできないような、そんな人間だったら
何かが変わっていたかしら。貴方は最初から貴方を私に教えてくれた?そうじゃなかったかも。で
も、そのうち自分から打ち明けてくれたかもしれない。私が差別なんてしなくて、どんなブリタニ
ア人でもどんな日本人でもあなたがあなたならそれで愛しいと言えるような人間だったら。私は貴
方の本質も心も魂も、なんの疑いもなく愛せたかもしれない。でもそれをできなかったんだから、
私はやっぱり浅はかな自分のことしか考えられないような、神様の足元さえ視界に入れることが出来ない人間なのよ。
例えば、私が大らかな心の持ち主でもなんでもなくて、あのエメラルドグリーンの彼女のように
全幅の信頼を置かれているわけでもなかったとしても。あの長髪をなびかせ忠義に頭を垂れる彼
のように、貴方と渡り合えるだけの力があったら。もっと深いところで理解をしてあげられたか
もしれない。成績をいつだって三位をキープしていたけれど、でもそれが頭のよさに繋がるかと
いうわけではないと教えてくれたのは貴方だった。生きなければ意味がない。生きるための賢さ
。貴方にとってのその賢さに、戦略は当然の如く含まれていた。あの長髪の彼のように、戦略で
貴方をサポートできていたら。私は戦術でしか貴方を支える術を持たなかった。いいえ、支えた
かどうかすらもあやしいんだから、やっぱり私は浅はかな人間だった。
袖を引っ張ればよかった。袖を引っ張って跪いて、貴方に許しを請えばよかった。
泣いて縋って叫んで嘆いて、いかないでと言えばよかった。おねがいしますと請えばよかった。
ごめんなさいとあやまればよかった。
貴方の袖を引っ張って、力を入れて頑張って貴方が動けないようにすればよかった。
私の傍にいてと抱きしめればよかった。
泣くための涙もかれて叫ぶための声も忘れて嘆くための悲哀も破れて絶望の淵にいた神さまのようなあなたを、
周りの声に従って蹴落とした私がいえることではないとわかっているけれど。
まるでかみさまのような愛にあふれるあなたを、
貴方の袖を引っ張ればよかった。
傾国のカフス