人を愛する事は自分を殺す事に似ている。そんなことをこの男の傍にいるようになってから思う。いや、そんな事は経験として何となく頭の片隅にあった。幾多の人に愛される事は自分を生かす事だ。だが逆に愛し返してしまっては身を破滅に滅ぼす。だって私はうっすらと解っていたのだ。愛しかえせば、頂いていた愛が、なんでもないただの夢幻だという現実をつきつけられてしまう事に。
愛が欲しいよ。愛されたい。愛して欲しいよ。誰か誰か、私の事を好きだといって、汚い髪も汚れた体も刻まれた奴隷というミミズ腫れみたいな傷も、ひっくるめて私という存在が愛しいんだという存在が欲しいよ。でも無理なのはわかってるの。だって私は奴隷だもの。髪だって気持ち悪い色で目だって黒猫のようで、手足は細っこくって樹の枝みたい。
純粋な想いだった筈だ。けれど愛される事に慣れると、次第に堕落していった。どんな絢爛な空気に慣れても、相も変わらず協会の薄汚い空気や地べたに腰を下ろせる事が、唯一の残骸だった。人を愛すと現実をつきつけられる。そんなのはこの胸の傷跡がついた日に解った事だ。けれどそんな事は一握りの人間だけだとも解っている。少なくとも今まで見てきた何百何千何万何億という人間は、身を焦がすような愛し方をしているようには見えない。でなければ子供など作ろうか。
「ルルーシュ」
振り向く、眼帯を左目に巻き付けた美貌。するりとその布を解いても、私にだけはおびえないお前が好きだ。伏せられたまぶたをゆっくりと食み、口づけ、そして睫毛にそって舐める。ふちにそっと舌をあててあけるように促せば、呆れながらも素直に従った。
「・・・何がしたいんだ、お前は」
うるさい。黙っておけ。
そうして私は額を合わせて瞳を合わせて、アメジストとルビーを覗き込む。私とだけは真正面から視線を合わせるお前が好きだ。そうだだって私はC.C.だから。
「お前の愛し方は残酷だなルルーシュ」
寄せられた眉のしわをそっと舐めて解く。いつの間にか体の力はすっかり抜け、だらんとソファに預けられている。
「お前だけだ、そんな事を言うのは」
「それはルルーシュ、私の愛し方も同じだからだ」
だからわかる。だって私達は自分を殺す愛し方をするから。だからこそ私達は出会い、惹かれ、いま契約に縛られずにココロの底から絆を結べている。私はルルーシュ、お前を愛す事で私を殺すんだ。そしてお前は私を愛す事でお前を殺す。こんなに真剣な愛の交歓はきっとこの世の何処にもない。世界中を見渡してもきっと、きっと。
「私達の未来は二つだ、ルルーシュ」
案外逞しい腕が腰を抱く。この男は存外激しい抱き方をするのだ。私にだけは、扼殺して圧殺して最後には毒殺するかの様に、力強く息苦しくあまやかに抱く。腕を使い足を使い腰を使い頭を使い、全身全霊で抱き締めてくる。そんなお前だからこそ愛せるんだ私は。
「お前が私と同じ不死になって死んだ様に二人で永久を生きるか、お前が私を人に戻して昔の一国一城の主のようにお互いの胸を貫いて死ぬんだ」
「・・・ルルーシュ、様」
敬称は口からついてでてしまった。けれども振り向いた彼の顔に咎める色はない。その事に安心して、ミレイはそっと歩みよった。
「ルルーシュ、様」
「ミレイ」
いけないよ、そう口だけで囁いてルルーシュは柔らかく笑った。彼は、自覚している。自分が今、王の覇気を振りまいている事。
この世に生まれた時よりミレイはルルーシュの女だ。どんな形であろうともその身をルルーシュに捧げる為に育てられてきた。今は一般人であるルルーシュ・ランペルージ君の先輩、良き理解者として振る舞っているけれども、本当なら永遠に傅いてしまいたい。お祭り好きな性格は自分の本性であるけれども、ルルーシュの前ではそれは設定にすりかわる。ルルーシュが望むなら、ミレイは今この時より色事にばかり身を投じる淫乱な女にだって成り下がれる。
「なぁ、ミレイ」
彼は問いかけてくるけども、答えや相槌を受けつけていない。ミレイはたまらなくなって、走りよって彼の膝を抱いて跪いた。ルルーシュのほっそりとした指がミレイの髪を梳く。シャワーを浴びていて、あと一日たりともケアを怠らなくて良かった、ミレイは本気で思った。汗の滲む頭皮に触れて指を汚して欲しくない。肌触りの悪い髪の毛に指を通して不快な思いをして欲しくない。
「疲れたよ」
それだけを言って、ルルーシュはミレイの髪を引っ張った。顔を上げる事を許されたのだ。下から覗き込めば、ルルーシュがゆっくりと膝を曲げた。慌てて、本能のままに足をくずして地面に座り込む。ルルーシュより高い目線になどいたくなかった。両のまぶたに口付けられる。嬉しくて泣いてしまった。
「疲れたよ、ミレイ」
これ以上無い命令だ。はい。はい、ルルーシュ様。貴方のお体を、お心を。御霊を。疲弊させるあの男は、必ずや排除致します。
ルルーシュ様、ルルーシュ様。開きかけたミレイの厚い唇に、そっと人差し指が触れた。
「月に誓いなさい。俺は月の方が好きだよ」
はい、ルルーシュ様。
想像以上に、甘やかな命令であった。生きろ、とただ一言。であるはずなのに、それは深く広く我が身に溶け込み、まるで何も無い空間の中、一滴の水滴が波紋を落とす、そういった音をして我が身に響いた。
顔を上げる事を許され、全ての納得がいった。ああ、この人は笑っているのだ。究極の美貌、その為にあつらえられた様な、ほんのり色づき薄く肉付いているその唇の両端をやんわりと上げて、私を見ていた。
「生きろ」
それが最後の命令ですか。
「違うよ、ジェレミア。これはお願いだ。無力な俺がお前にお願いできる、最初で最後のお願いだ」
生きてくれ。どんな形でも生きてくれ。
「イエス、ユア・マジェスティ」
貴方の為に生きます。たとえこの世界に貴方様がいなくとも。貴方様の為だけに、生き抜きます。
そうして、主は悲しそうに眉を下げ、けれど次の瞬間には心から幸せそうに笑った。
死に際に言う最後の一言は、実はずっと前から決めてある。
「あいして、」
最後を「いる」にするか「いた」にするかは、まだ迷っている。
「時々、無性に愛されたくなるよ」
いつも愛す側の男が、そう言った。
「母さんは俺の事を愛してくれていただろうか。いや、そんな事は今はどうだっていいんだ。ただ今無性に愛されたい。例えば俺が好きだといったら好きだと返し、大好きだといったら愛していると大きくしていく。抱き締められて慈しまれて労られて。そうじゃなくとも俺を受け入れてくれる人に、今無性に出会いたい。そのままの俺で、俺がいいと言ってくれる人に、ありのままの俺が好きだと言ってくれる人に。別に言葉にして欲しいわけじゃない。言葉は確かに重要だけれども、言葉以外の全ての体のパーツを使用すれば、必要ないともいえなくない。ただ抱き締めてくれるだけだっていいんだ。じっと見つめ合って想いが通じ合うならそれでもいい。別にキスもセックスも俺はいらない。髪を撫で付けてくれるだけでもいい。手を握ってくれるだけでも。別に俺が誰かを愛する様に、誰かに俺を愛してもらいたい訳じゃないんだ、ただ」
馬鹿だなこの男は。灯台下暗しとはまさにこの事ではないか。
「今まさにお前の目の前にいるじゃないか」
利口な男はコレだけでわかる。
「そうだ。そうだな、そうだった。そうだよ、C.C.。お前がいる」
「そう、ルルーシュ。私はいるぞ、お前の傍に」
「C.C.、傍にいてくれ。愛してくれなんて言わないから。ただ傍にいてくれるだけでいいんだ」
それだけで満たされる哀れな男なんだお前は。
あんたは馬鹿な子だよね、カレン。あんたは可愛い。普通にしてたって寄ってくる男はごまんといるだろうに、あんたはあの男を選ぶんだよね。あんた勉強もできるっていうじゃない。学年で毎回三位なんだって。ハーフである事でからかわれるのが嫌で勉強するようになったって言ってたけど、でもその為の努力は酷い疲労を伴うはずだ。あんたは凄い子だよ、カレン。頭脳にも身体能力にも恵まれて。ただあんたは愛を知らないんだきっと。だからあんな男を好きになるんだ。
「あんたは馬鹿な子だねカレン」
ほらそんなむくれないのさ。別に悪い意味でいってんじゃ無いんだから。可愛いっていってるのよ。そして可哀想って言ってるの。まるで飛んで火に入る夏の虫。虫じゃかわいそうかな。あんたは赤くて綺麗な鳩だ。インド軍区じゃ鳩は敵。その帰巣本能を買われて首あと足にカメラをつけるの。毒ガスでやられないようにマスクもつけるの。立派なスパイにだってなれる鳩。どんなにどんなに遠くに飛ばされても、戦火に放り込まれて焼き鳥になりそうになっても、お家に帰らずにはいられない。まるであんたじゃない。ただあんたは意志があるだけ余計悪いわね。あんたは気付いてないかもしれないけど、あいつは一番危険だと思うよ。あんな男の傍にいられるのはそれこそC.C.みたいな女なのさ。あんたじゃカワイソウだけど役不足。あんたはまだまだ幼いのよ。若くて愛を知らないの。
「・・・愛とC.C.って無縁に見えますけど」
それが愛を知らない子のセリフなのよ。あの女は愛を知り尽くしてるのさ。だから愛とは無縁に見えるのさ。だからあの女はあいつの傍にいられるのさ。
あんたは綺麗よカレン。これは本当。でもねカレンその美しさは危険だよ。あんたはまるで幼い子供。初めて雷を見る子供。あまりの美しさに見とれていたら、その近さに気付かず焼き殺されるかわいそうな子供。美しい雷に照らされて美しく光るかわいそうなあんた。
いわゆる中流階級の住む住宅街にあるアパートの一室を借りて、ディートハルトは生活している。四人での共同生活で、男は自分1人だけれども、正直言ってだからなんだという話だ。
ワンフロアワンルームタイプのこのアパートは非常に便利だ。最上階であるから詮索もされず、ベランダや窓の位置も全て確認したので問題無い。当初は借りる予定だったが、買えばリフォームが可だというので即買った。買った後に真っ先に行ったのは玄関の鍵の付け替えだ。便利な事に科学者がいるため、部品さえ調達してやれば後は足がつく事なく、またコピーされる事の無いオリジナルで最新型の鍵が作れる。一見普通の鍵穴に鍵だが、どちらも最新のシステムを搭載している。まず鍵を差し込むと、鍵の形状を認識した鍵穴が静脈認証と指紋認証のシステムを起動させる。伝熱性の鍵は持ち主の親指の静脈と指紋、そして平均体温を記録し、また親指の形状も認識してようやくクリアとなる。時間およそ一秒。その瞬間、鍵を持っている人間にだけ感じ取る事のできる微量の電流が指を刺激し、クリアである事を伝える。そしてようやく鍵をひねる事が許される。見ただけでは指紋認証のパネルも無く、また虹彩認証ができるようなパネルがドアに埋め込まれている様子も無い、普通の鍵穴だけがある様な扉だ。その平凡さが、逃亡中の彼らには必要だった。
ドアを開けるとシステムは各個人の部屋のドアに移る。例えば鍵を開けたのがディートハルトならば、彼と認識したシステムは彼の部屋に信号を送る。玄関ドアが開いてから十秒のうちに、ディートハルトは自分の部屋の扉を開けなければならない。破った場合はリビングにある全てのパソコンのデータが、他数カ所にあるアパートや仮倉庫等にあるバックアップデータに送信され、シャットダウンする。復元はものの数秒で行えるから楽といえば楽だが。つまり喩え誰が捕まり、無理矢理鍵を開けさせられたとしても、この「ルール」を知らない限りは実のある潜入が不可能ということである。
更にこのアジトを作るにあたって重用視したのはその間取りだ。玄関から最も広いリビングまでは多少なりとも入り組んでいる。スパコンやテレビ等、情報収集に必要な全ての物はリビングに結集しており、またカウンターを隔ててキッチンがある。もしもの時は火種も凶器もあるという事だ。リビングは一面ガラス張りで半円の形になっている。ガラスは全て防弾であり、磨りガラスになっているため外はそう簡単には見えない。ベランダには三つの駆動型カメラを取り付けてあるので、中から外を見るのも簡単だ。
ディートハルトを含むこの部屋の住人は朝六時に起き、朝八時には着替えも朝食もプライベートな事は全て住ませてリビングに集まり、パソコンの前に座る。昼食と夕食に一時間ずつとるけれども、それ以外はたまの息抜き以外は離れない。たっぷり十二時間過ごし、夜十時にプライベートに戻る。何時に寝るかは勝手だが、朝食は食べていようと無かろうと朝八時には捨てられる。
十二時間座り続けても、ヒマになる事は一度として無い。四人は常に世界中の人間と繋がっている。たった一人の為に、世界は彼らと繋がりにくる。彼らはたった1人の彼の為に、毎日十二時間、365日、息をしている。
「ゼロ、貴方が消えた等誰も信じない」
スザクは緑色の少女との二回目の邂逅で何かを見た。彼女がコード所有者とわかった今は、何となく自分の身におこった事が解るけれども、正確な所は解らない。
覚えているのは、無数の時計。佇み、静かに見つめてくる父。真っ赤な紋章。焼けただれた野原をだらだらと歩く人影。生贄の様な少女たち。父。見つめてくる父。訴えてくる父。その目で。スザク。お前は。何を。したのか。わかって。いる。のか。私を。殺して。何が。変わった。のか。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。スザク。
―――最後に聴こえたのは、少女の声だった。
「本当は」
大粒の涙を流しながらこいつは言った。
「本当は少しだけ、安心した。ユフィにかかった命令が虐殺で。ユフィの言葉は俺には痛かった。俺の存在意義を悉く殺していくユフィの言葉が俺は怖かった。愛してたけど愛してなかった。まるで何も無かったかの様に俺に笑いかけるあのおんなが恨めしかった。俺達は草だって食べて生きてきたのに。笑いかけるのなら八年前笑って欲しかった。いつか会いましょうまた会いましょう、きっと大丈夫。そんな言葉は八年前に言って欲しかった。遅いよユフィ、遅過ぎる。」
撫ぜた背中は酷く震えていた。少しずつ薄くなってきている、その背中。
「ユフィが虐殺を命令した時、俺は心の何処かで安心した。ブリタニアの信用も落ちるし、ユフィは廃嫡できるし、元々やりたくないと思っていた特区も廃止できるし、日本人はかわいそうだけど、でもそれよりもメリットの方が大きいと囁く俺が心の中の何処かにいた。なぁC.C.、俺はひどいか。酷いだろうな。俺があの時とった行動は、正しかったと思うか。ユフィを殺して正解だったか」
「何を言っているルルーシュ」
頬を包んで額を合わせる。
「当たり前だろう、あの時お前がとった行動は正解だった。ユーフェミアを殺して正解だった。あの時殺さなければユーフェミアは虐殺を止めなかったし、お前があれを殺したという事実は日本人に希望を持たせた。あのコーネリアに精神的な傷まで与えられた。お前は正しい。全てが正しいとか、そういう事ではない。お前が、あの時、とった行動が正しかった。いいな、ルルーシュ」
こくこくと、力ない頭が上下に動く。
「前へ進め、ルルーシュ。大丈夫だ、私はお前の傍にいる。」
「死ぬな。死ぬな死ぬな、死ぬなC.C.」
俺を置いて逝かないでくれ。お前だけは逝かないでくれ、世界の誰がいなくなってもいい、お前だけは俺の傍にいてくれ。
「馬鹿・・・だ、な。ゼロ・・・・ただの、かぜ、だ」
「嘘だ。お前は風邪なんてひかないだろう。死ぬのか?イヤだ、イヤだC.C.逝かないでくれ」
「だまっ、ていろ、・・ ・・ゼロ、平気だと、言ったろうが。おい、とうど、こいつ、を、落とせ」
「・・・・いいのか?」
「いい、やれ、・・・ゼロ、」
「C.C.、・・・C.C.、いやだ、あいしてる、」
「私、はそばに、いるぞ。だから、少し、だまれ」
「C.C.、あんたなぁに?薬効かない体質?」
「まぁ、な・・・。水のんで、寝てれば、治る。こういうのは、こいつの前では、見せた事、ないんだ」
「ふぅん。ゼロ、どうするぅ?」
「ここに、おいてけ。起きた時、動揺、するから」
ほんとうにほんとうに小さい頃、スザクはある遊びにはまっていた。
ミンミンと蝉がつんざく中、スザクは麦わら帽子をかぶって座る。目の先にはありの行列。その一匹を指で優しくはじいて列から出してやる。ありと行列の間にでっかい葉っぱを置いてやると、ありは本気で行列を見失ってうろうろしだした。そんなありの足を一本つまんで、もちあげる。
まず頭の触覚、次に腕、そして足。人間には棒のようにしか見えないその手足を、スザクはもぎ取った。
そして三つで構成されている胴体を一つずつ切り離していった。頭と、二つで構成されている胴体と。もう少し大きくなってくると、脳とのつながりを残させて、先に胴体をちぎった。
命だなんて大層なものとは思わなかった。スザクはただ遊んでいただけだ。普通にその辺にいるありを普通に取り上げて、普通に殺戮の限りを尽くす。ただそれだけの話だ。
「神様 神様 天国の神様」
祭壇に少女が跪く。その様子を、ルルーシュはじっと見つめた。
「どうか救いをお与えください」
華奢な指を組み、足を揃え、跪き。仰ぎ祈るのは、磔刑にされた、イエス・キリスト。
そんな物に祈っても、どうにもならないのに。神は集合無意識。皆の願い。皆が望む、明日の姿。過去の幸せをたぐり寄せるばかりの神は、神ではない。
それでも少女は祈る。隣に男が跪き、祈りはじめた。どうか、我が罪を許し給え。
老婆も。子供も。妊婦も。医者も。弁護士も。母親も。
「神様」
「ーーー神は俺が殺してしまったのに、それでも皆、祈るんだな」
「仕方がない。それが人というものだ」
そっと握り込まれた指に、ルルーシュは薄く笑った。
「行こう、C.C.」
「ああ、ルルーシュ。私の魔王」
「神様、神様、天国の神様」
「命って何ですか?ルルーシュお兄様」
「ーーーそういえば、ナナリーは昨日いちごタルトが食べたいと言っていたね」
「昨日夜にあらかじめタルト生地を作っておいたんだ。これを使おうか。まずアーモンドクリームを作ろう。卵とバターは室温に戻しておいた物を使うんだ。バターに砂糖を二、三回に分けて入れながら混ぜるんだ。そうしたら溶き卵も同じように混ぜ合わせる。ふるったアーモンドパウダーを加えて混ぜたら、タルトにアーモンドクリームを敷き詰めるんだ。よ。180度のオーブンで三十分ほど様子を見て焼く」
ナナリー、ほんの少しでもこげたような匂いがすれば呼んでくれ。鼻の利く妹に任せて、ルルーシュは洗濯物を干しにいく。
「次はカスタードクリームを作ろうか。耐熱ボウルに薄力粉と砂糖、コーンスターチをふるって入れたら、牛乳を三分の一くらい入れてよーく混ぜる。卵もここで混ぜてしまおう。できたら残りの牛乳もよく混ぜる。600Wで二分くらい加熱したら、よく混ぜよう。更に一、二分様子をみながらレンジで加熱して、混ぜる。ここでバニラエッセンスやラム酒を加えてもいい。今日はバニラしようか、ナナリー?」
ああそういえば、電話しなければいけなかったんだ。ごめんよナナリー、少し待っていてくれ。そういって、兄は出て行く。
「クリームの表面にラップをして、あら熱がとれたら冷蔵庫で冷やそう。冷めたらタルトに敷き詰めて、水気を切ったイチゴをのせる。
だいたい真ん中に飾れたら、タルトのふちにホイップで飾りをつけよう。そうしたらさらにイチゴをのせていく。ブルーベリーを隙間に散らす。セルフィーユを散らしてもいい。
ーーーそして最後に、イチゴジャムで仕上げる。これが命だよ、ナナリー」
なめてみるかい?そういってイチゴジャムを一口分指にのせて、兄はナナリーの口元に持っていった。小さく吸い付き、ジャムをなめとる。甘く、甘すぎるほどに甘い。
「これが命ですか?お兄様」
「そうだよ、混ぜて焼いて冷やしてそして色々な物で塗り固めるんだ。そして最後に食べられる。それが命だよ、ナナリー」