「おはよう、ロロ、父さん」
そうキッチンから声をかけたルルーシュの笑顔は穏やかだった。
毎日の食事作りはルルーシュの仕事だ。マリアンヌがキッチンに立つのはコーヒーを淹れる時だけだ。彼女は料理が出来ないし、またするつもりもない。
マリアンヌはまだあと十分はベッドから起きない。けれど元軍人の性なのか、前日に宣言した通りの時間には必ず起きてくるからルルーシュにとっては楽である。彼女は起きると三分でシャワーを浴び、三十秒で服を身につけ、その他の支度を一分弱ですませて出てくる。
「おはよう、ルルーシュ。いい匂いね。今朝のメニューは何かしら?」
「おはようございます、母さん。今朝はコーンポタージュにベーコンとほうれん草のソテー、クロワッサンにフルーツにはゴールデンキウイです。コーヒーは自分で淹れますか」
「そうさせてもらうわ。他にコーヒーを飲む人はいるかしら?」
マリアンヌの問いかけに、男三人が首を振る。朝は紅茶派だ。父親のシャルルに至ってはコーヒー類はカフェオレやラて等の、ミルクがたっぷり入ったものしか飲まない。それでも必ず聞いてくるのがマリアンヌだ。こういう所はルルーシュに受け継がれている。

「それで、今日の予定は?」
全員が席につき、食事をしながら会話をするのはもはや日常だ。昔はそれを嫌っていたシャルルも、今はそれを当然の事のように受け止めている。
「俺は今日星刻と一日出掛ける予定です。夕飯前には帰ってくると思いますけれど」
「僕は特に・・・・宿題を済ませたら散歩でもしようかなってくらいだけど」
「儂も特にない。お前はどうだ、マリアンヌ」
「私も無いわねぇ。でも映画が見たい気分だわ。この前コマーシャルでやっていたのよ、ねぇシャルル付き合ってくれるでしょ」
「む。どんな映画だ」
「Arrivederciって知ってるでしょう?」
マリアンヌが好む映画は両極端だ。自身が軍人であったからなのか、戦争の映画はたとえドキュメンタリーでもニュースでも見ないけれど、スパイアクション物は好んで見る。それと同時にかの「朝食」や「休日」等の普遍的なようでメルヘンの入ったラブロマンスも好むのだ。前者はロロに受け継がれており、後者はルルーシュの好みだった。
シャルルは休日になると殆どする事がない。大抵が本を読むか音楽を聞いているか、マリアンヌに付き合って出掛けるかだ。けれどそんな普遍的過ぎる程の休日を彼は愛していたし、またそんな彼をマリアンヌは慈しんでいる。
「じゃあ、今晩は二人でディナーでも楽しんできたらどうですか。俺とロロは二人で映画でも見ながら夕食を食べるか?」
「うん、いいよ」
食べ終わった後の後片付けはマリアンヌの仕事だ。彼女は外れているのかいないのかが判断しにくい微妙な音程でメロディーを楽しそうに紡ぎ、手際よく食器を洗っていく。その隣でそれを拭き、しまっていくのがロロだった。家中にある花の水やりはシャルルがやる。
「そういえば、この間V.V.伯父さんに食事に誘われたんです。最近懇意になさっている女性を食事に誘いたいそうなんですけれど、下見に行きたいと言って」
「まぁ」
「父さんのブラコンは今に始まった事ではないですし、母さんでは万一見られて誤解されてもという所なんでしょう。ロロじゃちょっと幼いし」
「そうねぇ。どんな女性なのかしら?」
「伯父さんが気に入る方なのですから、そうとう・・・風変わりなのでは」
「そうねぇ。なのに家庭的な方なのねきっと」
「結婚なさると思います」
「どうかしら。というよりシャルルがそれを許すのかしら」
「許すも何も無いでしょう。伯父さんがそれと決めた事に父さんが少しでも口を挟めるとは思いませんが」
「それもそうよね。ああねぇ、ルルーシュ今日はどこにいくんだったかしら?」
「とりあえずどことは決めていません。セントラルステーションで待ち合わせていますが、ショッピングはもちろんの事、多分映画も見るでしょうし、お茶も」
「いいお友達を持ったわね」
「そうですね、星刻は一緒にいて飽きません」
「ニミュエ・イグレーヌの方には寄りそう?」
「帰りに寄っても構いませんが。なにか引き取りますか」
「ええ、ヒールの巻き直しに出していたパンプスの修理が終わったそうなの。あのパンプスの布はニミュエでしか作っていないから、直接お店にお願いしたのよ」
「わかりました、じゃあ帰りに引き取ってきます。他に何か必要な物は?」
「コンサヴァトリーに飾る花が欲しいわ。今月はトロピカルモダンに改装するから、それに合うお花が欲しいの」
「それでしたら昨日の晩父さんが手配してましたよ」
なんだかんだ言ってマリアンヌの事を一番深く愛し、理解しているのはシャルルだ。今日の午後には来るはずの特別手配した花の事をマリアンヌに告げれば、薄いリップで色付けられた厚い唇が数秒の後に弧を描いた。リビングに再び降りてソファに座ったシャルルに飛びつき、熱烈なキスを送った。
犬との長い散歩からロロが帰ってきた頃には、ルルーシュは全ての支度を済ませていた。ロロは兄にべったりな時は本当にべったりだが、一度離れれば割とあっさりとしている。
「じゃあ、行ってくるよ、ロロ。父さんも母さんも昼過ぎには出ると言っていたから、留守番頼むな」
「任せて。兄さんも、星刻さんと楽しんできてね。いってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」




そして目が覚めた。
「ーーーー・・・スザク・・・さん」
「どうしたんだい?ナナリー」

「笑って、いたんです・・・お兄様が・・・・お父様と、お母様と、・・・・ロロ、さんと。四人で・・・・わらっていたんです・・・・」



(私は、そこにいなかったのに)

2011年8月20日