TURN 1
He is BORN

「なールルーシュ。ちょうどこの辺だっけ?」
確信も含ませたリヴァルの問いに、サイドシートでデニッシュをほおばりながら本を読んでいたルルーシュは顔を上げた。 読んでいた本にしおりをはさまず、ページ数だけを覚えて本を閉じ、鞄の中にほおる。 パッケージから食べる分だけ出していたデニッシュを少しだけ多めに出して、 ルルーシュは手を伸ばし、 リヴァルの口のほうへ持っていった。
「『あの時』とまったく同じだったら、そうだろうな」
「ふぉっか」
前方を見据えたままデニッシュにかじりついたリヴァルが答える。 うまい具合にデニッシュを切り離したのを確認して、そのままかじりついた。 サングラス越しに、目的地である学園側の高速道路ではなく、左側のゲットーへとつながる道を見据える。 次の瞬間、パパーッと大きくクラクションを鳴らしながらトラックが後ろに迫ってきたのを見て、 リヴァルとルルーシュは二人そろってにやりとその顔に笑みを浮かべた。
「同じですね?」
「そーですね」
『あの時』自分達がやったように、右往左往にトラックと意味のない道の譲り合いをする。
「うぉおっとぉ!!」
「リヴァル、安全運転」
「わかっててもむずいって!」
程なくするとトラックは痺れを切らしたように左側のゲットーへと突っ込んでいって、 リヴァルはそれに呼応するようにバイクを止めた。数年前と同じ言葉を吐く。
「・・・俺たちの所為?なーんちって」
「まさか・・・。なんちゃって、な」
「あっはっは」
「リヴァル」
ルルーシュの言葉に一つうなずいて、アクセルをふかす。 段々と野次馬が集まりだしてくる前にゲットーのほうへ下り、バイクを止めてルルーシュを下ろした。 ルルーシュが携帯の電源を切り、財布から数枚の現金を取り出して学生服の内ポケットに入れる。
「んじゃ、適当に回って一時間後にシンジュクゲットーの端で」
「ああ。リヴァル、頼むから今回は電話しないでくれよ」
「はは、わーかってるって!」
パン!と手を叩き、リヴァルは再びアクセルをふかし、 ルルーシュはトンネルに突っ込んだまま動かないトランクに歩みよった。 荷台の横に備え付けられたはしごをつかって上に登る。 トラックが動く瞬間に中に身を滑り込ませたルルーシュは、そのままカプセルの後ろに身を潜めた。
「ったく、内側にもはしごくらいつけておいてくれればいいのに・・・」
ルルーシュは飛び降りた瞬間の衝撃で少ししびれた足をさすりながら座り込んだ。そっと、鉄に耳を寄せる。 カプセルの冷たい感触に一瞬身をすくめながらも、 この中に自分の魔女がいるのだと思えば、全くイヤではなかった。
「―――のために、あたしがいるんでしょ!」
ふと、聞こえてきたなじみのある声に、ルルーシュがひっそりと笑みを浮かべた。 息を殺す。 気配を殺して、ルルーシュはただ彼女が運転席から出てくるのを待った。 程なくして現れた赤髪の彼女は自分が良く知っていている人物で、彼女がこれから何をするのかと思うと、 ルルーシュはただ笑いをこらえるのを必死だった。 確かに彼女は有能だった。 助けてやりたかったし、それは確かに今でも変わらないのだろう。 でも。
(もう、お前は使ってやらない)
赤く塗られたKMFが荷台から飛び出す。 それをトラックの中から見たルルーシュは、感歎のため息を漏らした。 やはり、上手い。 自分があの扱いづらい紅蓮を託した『ゼロ』の元騎士なだけはあると思う。 しかしそれは『あの時の今』から数ヶ月後のことだ。 今の自分には最早関係ない。 それからしばらくしてトラックが止まると、ルルーシュはカプセルの陰からでた。 トン、とカプセルに背中を預け、悠々とした笑みを浮かべながら後ろ手でコンコン、とカプセルを叩く。 がちゃり、という音と共に身体を離せば、『あの時』とまったく同じように彼女―――C.C.が出てきた。 一つ違うといえば、あいつがまだ来ていないことぐらいか。 閉じていた瞳をゆっくりと開き、こちらを見てくるC.C.が崩れ落ちるのを抱きとめることで防ぎ、 口を覆っていた拘束具をはずしてやる。
少し顔の筋肉を動かしてから浮かべられた笑みにルルーシュも笑みを深くする。
「おかえり、C.C.」
「ただいま。ルルーシュ―――私の王」
お互いの頬にキスを交わして、ルルーシュとC.C.は立ち上がった。 もうすぐスザクがやってくるはずだ。 スザクとC.C.の分の私服が入っている紙袋が無事なことを確認して、荷台の空けた部分に腰掛けた。 隣ではC.C.がぶらぶらと足をゆらし、髪を指でいじっている。
「さて、今回はどうするんだ?」
「今のところ、全然予定を立てていないんだ。黒の騎士団は作るかもしれないし、そうであるならゼロもな。」
「カレンは?」
「後々入ってくるだろう。だが、私の側近にはしないだろうな。したとしても、正体を悟らせるようなことはしない」
「スザクはこちら側だしな」
「それもまだわからない。 リヴァル、ミレイ、ニーナ、俺、お前が 『あの時の今』の記憶を持っているからといって、 スザクもそうだとは限らないしな」
「ふぅん」
程なくして、一人のブリタニアの軍人らしい男が駆け寄ってきた。 二人を視認するや否やヘルメットをはずす。 その行動にスザクもそうなのだと確信して二人は笑みを深くして、その茶色の髪と新緑の翡翠が出てくるのを待った。
「―――ただいま、ルルーシュ。C.C.もね」
「お帰り、スザク。スザクもだったんだな。よかった」
「おかげさまでね。これも君の仕業かい、C.C.?」
「まさか。私もこんな人間ビックリショーは初体験だ」
「ふーん」
「おい、行くぞ。他の軍人に見つかるとやっかいだ」
軽く抱擁を交わして二言三言交わすと、ルルーシュが時間だと携帯から顔を上げて二人を手招きした。 ルルーシュを先導に薄暗い地下を歩く。 人気のない、階段を下った所でようやく足を止めて、 ルルーシュはもってきていた紙袋からビニール袋を二つ取り出した。
「こっちの袋がスザクの服。こっちはC.C.」
渡されたビニール袋の中から、スザクがごそごそとズボンを取り出す。 可愛らしい白の生地に小さい華が沢山散らされたワンピースを取り出して掲げたC.C.にため息をこぼした。
「ちょっとC.C.、こんなところで着替えられても困るんだけど」
「お前はあっちへ行け」
「・・・ルルーシュは?」
「俺はC.C.の着替えは慣れてるから気にしない。 スザク、こいつはシャツ一枚で平気でうろつくくせに、いざ裸を見られると結構うるさい」
暗に下手に裸なぞ見るものなら殺される、と諭されたスザクは、そのままため息をついて背を向け、着替え始めた。

「あ!」
C.C.がサンダルのストラップをつけているのを見て、ルルーシュは思い出したように声を上げた。 壁に背を預けていたスザクがルルーシュを見る。
「どうしたの?ルルーシュ」
「C.C.、ギアスをくれ」
「・・・ないのか?」
立ち上がったC.C.の手を取って助けてやりながら、顔を覗き込む。 C.C.の表情は純粋な驚きに満ちていて、その疑問にルルーシュは一つ頷いた。
「どうやらな。一回リヴァルに使ってみようと事があるんだが、発動しなかった」
力がある感じもしなかったし、と言いながら、ルルーシュは腕をC.C.の腰にまわした。 そっと肩に手を置いて、C.C.がつま先だちになる。そっと重ねられた唇に、ルルーシュは目を伏せた。 次の瞬間、目を待った貸せる。一瞬で離れたとはいえ目の前で見てしまったキスシーンに、 スザクはわあギアスってこうやるんだーなんて遠い目をしながら感想を述べた。
「―――・・・どうだ?」
「ん・・・大丈夫だな。ちゃんと絶対従守だ」
左のまぶたをそっと撫でながら、ルルーシュはほっと息を吐いた。 別に何でも構わないが、これからほぼ同じ軌跡を描いていくのであるとしたなら、 この能力が一番都合が良かったからだ。
ふと、スザクが息を詰める。それに反応したルルーシュとC.C.が耳を澄ますと、 ばたばたとブーツを響かせた音が近づいて来た。
「どうせ軍人だろうな。あの時の」
「あの時?」
「スザクはその時俺の中では死んでた事になってたから、知らなくても問題はないよ」
「・・・ふぅん」
すねるな、と笑いながら階段を上る。笑顔を浮かべて姿を表した学生服の少年に、軍人達は気味の悪い笑顔を浮かべた。 構えられた銃に、とっさにスザクがルルーシュとC.C.を背にかばう。 臨戦態勢に入ったスザクの背をそっと撫ぜて、ルルーシュはクスリと笑みをこぼした。
「ああ―――こんな所も、昔と同じだな」
いぶかしげに見てくるスザクに笑いかけ、コツンと革靴を鳴らしながら一歩足を踏み出した。 懐かしい顔ぶれだ。これから己が殺すというのに、一度会ったというだけで、 ルルーシュの胸にはこの男達への愛が溢れ出す。柔らかくなった雰囲気に、C.C.が呆れたように笑った。
「なァ。ブリタニアを憎むブリタニア人は、どう生きればいい?」
「・・・貴様、主義者か」
チャキ、と軍人の持った銃が音を鳴らした。そしてすぐに、異変に気づく。
「・・・ん?」
「どうした。討たないのか?相手は学生だぞ。 それとも気づいたか?討っていいのは討たれる覚悟があるやつだけだと」
ルルーシュの瞳が、赤く羽ばたく。
「っ・・・なんだ・・・!?」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる」

「―――貴様達は、死ね」

朱い鳥が大きく羽ばたき―――飛んだ。
「イエス ユアハイネス!」
顔に笑みを浮かべた男たちが、次々と自身の首に銃口を当てて行く。 ぐちりと中身が飛び散るような音が響いて、ルルーシュは足下に転がる死体を見遣った。 その顔には、何の感慨も湧いていない。 そっと後ろを振り返ると、ルルーシュはうっすらと笑みを浮かべる二人に笑った。
「行こうか?」
「うん。あ、僕後で特派に寄ってくかも」
「私は寝るぞ。お前のふかふかのベッドをよこせルルーシュ」


「・・・これでまた、世界は再生への道を一歩踏み出した」