クリーム色のジャケットに包まれた肢体はは柔らかで、
細い腰に反して大きな胸は顔をうずめれば沈んでしまいそうなくらいふくよかそうだ。
太ももを半分ほど覆っているスカートは短くて、その下から伸びるすらりとした脚はすべすべしていてやわらかい。
適度に肉のついた太ももにほっそりとした膝、余分な肉の無いしまったふくらはぎに、きゅっと締まった足首。
自分がその膝に頭を休めているのだと思うと、どきどきする半分卓越した優越感を覚える。
この方こそが自分が使えるべき主であると、ジノは思っている。
Mother, I need to confess.
八年前、出会ったたった一人の皇女様。
皇女様は可愛らしくて、美しくて、いきなり現れた私にひどく優しかったのを覚えている。
父親から逃げてさまよい、庭から侵入したといってもおかしくない私を、おこるよりもまず心配してくれた、紫の君。
会えば会うほどに好きになって、話せば話すほどこの人の騎士になりたいと思った。
幸いヴァインベルグ家では四男だったこともあって、跡継ぎには考えられていない。
将来は好きにさせてもらえるならば、軍人になってこの人の騎士なろうと思った。
そう心に決めてからは毎日のようにルルーシュ様に詰め寄った。
ルルーシュ様。
殿下、私を騎士にしてください。
ルルーシュ様、貴方の騎士になりたいです。
好きです、殿下。
私をルルーシュ様の騎士にしてください。
お願いします。
愛してるんです、殿下。
殿下、殿下、殿下、殿下。
ルルーシュ様、ルルーシュ様、どうか!
最初は困っていたルルーシュ様も、私が本気だと知ると真剣に考えてくれるようになった。
そしてあの日、あの初夏の日に。
互いがもっと強くなったら、と騎士の許可をいただいた。
嬉しくて、涙が出て、思わずルルーシュ様に抱きついて、皇女殿下になんて無礼を、なんてあわててしまって、
ルルーシュ様が笑って、私は赤くなって、幸せで、幸せで、幸せ、だったのに。
その一ヵ月後には別れをしなければならなかった。
私が敬愛するルルーシュ様の母君、マリアンヌ妃がなくなられた。
テロリストの仕業だといわれて、小さかった私は納得してしまったけれど、
今になってはそれがどれだけ不自然なことだったかがわかる。
白昼堂々とテロリストが皇宮に侵入できるわけないのに。
他の皇妃の陰謀だったかもしれないのに。
どれだけ行きたくても、どれだけルルーシュ様の下にむかいたくても、父親がそれをさせてくれなかった。
家からの脱走も試みたし、外出先から逃げるという手段も用いたし、夜にこっそりしのんでいくこともした。
だがそれは父からしてみればすべて想定内のことだったらしく、すべて失敗に終わったのだ。
もはや母も後ろ盾もいない皇女の元へ通っても意味は無い、と。
私は、ルルーシュ様の騎士なのに。
こうしている間にも、ルルーシュ様は泣いてらっしゃるかもしれないのに。
ナナリー様の下へ眠らず通っているかもしれないのに。
ぬくもりを求めていらっしゃるかもしれないのに。
だが予想通り、ルルーシュ様は日本へ行ってしまわれた。
そして一ヵ月後に、ルルーシュ様は日本で逝ってしまわれた。
ああ、殿下、殿下、殿下、殿下・・・・。
悲しすぎて涙も出なかった。
一年ぐらいたってから、漸くルルーシュ様のために号泣した。
私の十歳の誕生日。
ルルーシュ様の亡くなられたときの年齢だった。
どうにもやりきれなくて、でももしかしたら生きてらっしゃるかもしれないなんて思ったら、
立ち止まってなんかいられなかった。
もともと身体は丈夫で、運動神経もよかったものだから、14歳までひたすら鍛錬をして、そこから士官学校に入った。
二年間、必死に勉強をして、騎士の作法も礼儀もすべてを学んで、
そうしたらいつの間にかナイトオブラウンズに入っていた。
目的なんてわからなくて、でもルルーシュ様以外の皇族に仕えるぐらいなら
皇帝陛下の一騎士としてラウンズにいたほうが気がらくだと思った。
自分よりも一年遅くラウンズに入ったスザクはイレブン出身で、
今回ゼロの討伐という任務を共に受けるまでは目的なんてわからなかった、のに。
おもしろそうだからという理由でアーニャと入学したアッシュフォード学園には、
学園のマドンナと呼ばれる美女が三年生にいて。
そんな美女なら是非とも紹介していただきたい、と冗談半分で言ったら本当にあわせてくれた。
学園一の美女でもある副会長、三年生ルルーシュ・ランペルージ。
ルルーシュ、その名前を聞いたときにドクンと鼓動が跳ねたけれど、
次の瞬間には一般人がルルーシュ様と同じ名前を名乗っているなんて、と殺意さえ覚えた。
なのに。
違う人だと思った、けれど・・・
「はじめまして、ジノ・ヴァインベルグ卿。副会長を務めています、ルルーシュ・ランペルージです。どうぞお見知りおきを」
目の前に現れた『ルルーシュ・ランペルージ』は、明らかにルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様その人だった。
流れるような長い黒髪、美しい顔立ち、アメジストの瞳。
ただひとつ違っていたのははその身体。
八年をかけて成長したその肢体はスラリとしていて美しく、少女から女性に変わっていた。
雪崩れるようにアーニャと一緒に生徒会に入り、その『ルルーシュ・ランペルージ』と放課後を過ごすようになってから、
疑問は確実に確信に変わっていた。
だが不可解なのが、総督であらせられるナナリー様をルルーシュ様は知らないこと。
ナナリー様ではなく、ロロという少年が弟であること、兄弟はたったふたりだけだということ。
そして、ルルーシュ様が、自分が皇女様だということを覚えてらっしゃらないこと。
記憶が無いのか、忘れているふりをしているだけなのか、私にはわからなかった。
ただ、自分との約束を忘れているかもしれないという事実だけが悔しくて、悲しかった。
でんか。
でんか、私、ナイトオブラウンズになったんです。
スリーまで上り詰めたんです。
いつか、貴方に生きてお会いできたときに、弱いままじゃ選んでいただけないかもしれないから。
でんか。
でんか、私は貴方の騎士になりたいです。
ある日、会長であるミレイは家の用事、リヴァルはバイト、シャーリーは水泳部、アーニャもスザクも別の任務でいない日。
生徒会に訪れた私は、たった一人でソファに座っているルルーシュ様をみつけた。
ソファの端に居心地悪そうに座っているルルーシュ様は、苦しげに窓の外を見ていた。
「ルルーシュ様・・・先輩?」
「・・・ヴァインベルグ卿?」
思わずルルーシュ様と呼んでしまった後に先輩とつけた私に気づいたルルーシュ様は、訝しげに私の名を呼んだ。
本当はジノ、と昔のように読んでもらいたいけれど、贅沢はいえない。
悔しくて唇をかみ締めた表情をどうとったのか、先ほどまでの苦しげな表情とは打って変わって、
ルルーシュ様はあわてたように私に声をかけた。
「ヴァ・・・ヴァインベルグ卿?どこか具合でも悪いのですか?苦しそう、ですけれど」
「へっ?あ、いや、大丈夫です。はい」
「・・・本当に?」
「・・・・は・・・」
はい、といおうとしてとまった。
私を心配してみるルルーシュ様の表情が、私が始めてお会いしたときとそっくりだったから。
目頭が熱くなってしょうがなかった。
「・・・大丈夫じゃない、かもしれません・・・」
うつむいて呟くと、無言だったルルーシュ様がぽんぽんと自分の膝をたたいた。
「・・・ヴァインベルグ卿。こちらへ」
「・・・・先輩?」
何がしたいのかはわからなかったが、ルルーシュ様の望みだった。
だから足早に歩み寄り、ルルーシュ様の前で立ち止まる。
「あの・・・」
「どうぞ、お座りください。」
「・・・え!いや、そんな!」
「ヴァインベルグ卿?」
皇女殿下の隣に座るだなんておこがましい、と思いながらも、ルルーシュさまと少し距離を置いてソファに座った。
ほ、と息をついたのもつかの間、ルルーシュ様にとってはちょうどいい距離だったのか、肩をつかまれてひっぱられた。
「ぇ」
どさり、と倒れたからだの頭が行き着いた先は、ルルーシュ様の膝の上。
目の前にルルーシュ様の顔があることを認識した瞬間、私は顔中が熱くなって、思わずガバリと身を起こしそうになった。
しかしそれをやんわりと押し戻すと、まぶたの上にひんやりとした手のひらを置いてまぶたを閉じさせた。
「・・・苦しいときには、人の体温がいいのですよ」
「先輩・・・」
「どうぞ、・・・休んでください」
そういったルルーシュ様の顔はやさしかった。
再び目を開けてじっとしていると、ルルーシュ様の手がゆっくりと頭に伸びてきた。
亡くなられたと思っていたルルーシュ様が、今まさに自分の頭上にいる。
私の固いクセっ毛を、ゆっくりとなでてくれている。
ああ、この人は、絶対に自分を覚えていてくれていると、直感でわかった。
心配してくれたときのその表情も、優しく微笑みかけてくるその様も、暖かくなでてくれるその手も。
すべてあのときのままだったから。
だから、わたしは。
「・・・・ルルーシュ様」
「・・・・・」
「ルルーシュ様、なのでしょう?」
ハッと息を飲むのがわかった。
ヴィ・ブリタニアの名を名乗っていないルルーシュ様にこんなことを聞くのはいけない、と頭ではわかっていた。
きっと何か事情があるのだろうと。
ランペルージと名乗らなければ成らない理由があるのだと。
けれど私の心はそれをさせてくれない。
昔のように、ジノと呼んで欲しかった。
でんか、でんか。
「答えて、ルルーシュ様」
どうか。どうか、ルルーシュ様
困惑したように私を見つめていたルルーシュ様が、意を決したように目を閉じた。
頭に添えられていた細い手のひらが、頬に移動する。
「・・ジノ」
ゆっくりと降りてきた唇はしっとりとしていて柔らかくて、思わず声を止めてしまった。
目を開いたルルーシュ様の声は優しくて、なきそうで、切なそうで、緩んでいた瞳がなきそうに歪められた。
『ジノ、わたしが立派なレディになったら、わたしの騎士様になってね。』
『ルルーシュ様はもうりっぱなレディです!ですから、わたしを・・・』
『じゃあ、ジノ。わたしが18さいで、立派なレディだったら。騎士様に。』
ポタ、と涙が頬に落ちた。
大きなアメジストから零れ落ちたその水滴は、とどまることなくあふれてきた。
・・・ああ・・・。
「ごめん、ジノ。ごめん。・・・約束を破ることを、許して」