The Irony of Romeo and Juliet
12. shooting star dust
廃墟の上、夜空の中、満月の下。ゼロの一番のお気に入り、今は誰も立ち入らなくなったシンジュクゲットー。
倒壊していない中で一番高いビルの屋上で、ゼロが仰向けに寝転がっている。
その様子にそっと微笑んで、カレンは脇に抱えていた物を持ち直した。
なるべく音を立てないように、ゆっくりとゼロに歩み寄る。
「・・・風邪をひきます」
持っていたわらかな厚手の毛布を身体にかけて、カレンは痩躯を毛布で来るんだ。
そろりとカレンを見る彼女の視線をすっと受け流して、カレンがすぐさまこの場を立ち去ろうと腰を上げる。
過去か、現在か、はたまた未来かに来る感傷に身を浸らせている今だけは、
カレンが立ち入っていいものだとは思えなかったから。
けれど背を向けたカレンのズボンの裾がくんと引っ張られ、
カレンはつんのめりそうになったのをぐっと堪えて振り向いた。
「・・・カレン」
その声音がゼロではなく、ルルーシュがカレンに対して使う物で、一対一の人間として離せることにカレンは喜び、
そして駆けるようにしてルルーシュの元へと舞い戻った。
たった一歩のことだったのに、なぜか千里を走っているかのような高揚感が、ルルーシュといるだけで沸き起こる。
「なに?ルルーシュ」
あぐらをかいて膝元に座り、カレンは意気揚々とルルーシュの顔を覗き込んだ。
そんなカレンの様子が微笑ましかったのか、ルルーシュ目を細めて笑った。
身体を起こそうとするのに気付き、すぐさまカレンが細身ながら逞しい腕を背に回す。
起き上がったルルーシュはじっとカレンを見つめ、そして数分見つめあったあとにぽつりと言葉を発した。
「・・・先週はゴメン」
「え?」
「過呼吸。びっくりしただろう?」
苦笑しながら言われたそれに、カレンが少し答えに詰まる。
けれど言い逃れのように否定の言葉を返すことは何故だか出来なくて、カレンは少し迷った後にこくんと一つ頷いた。
「・・・うん」
「俺もびっくりした。・・・久しぶり、だったからなぁ」
まるで懐かしむようにぽつりと呟かれた言葉に、カレンががばりと顔を上げて。
信じられないとでもいうように、まじまじとルルーシュを見るカレンの視線の険しさに、
ルルーシュがきょとん、と目を瞬かせた。
「カレン?」
「ひさしぶり、って・・・!」
「ああ、それ」
朗らかに笑うルルーシュに激しく違和感を覚え、カレンが瞬きをする。
するりとカレンの頬を撫で、ルルーシュは再び仰向けに寝転んだ。満天を見る。
「母様が死んだときに一回なって、ナナリーが死んだときにも一回。だから、三回目。
七年もこの死にそうな感覚から離れてたのか。」
諦めたように笑う姿は、儚く。月明かりに照らされた白い頬は涙に濡れて、
その神々しいまでの美しさにハッとカレンは息を呑んだ。
「何で・・・」
苦しげに眉を顰めたルルーシュが、息を震わせて口をゆがめる。
宥めようと伸ばした手は途中でとまり、カレンは中途半端な体勢のままルルーシュを見つめた。
「断ち切り、たい、のに・・・っ」
まぶしい、そういって腕で視界をふさぐルルーシュが黙り込む。
まぶしいのは天上の月なのか、それともキラキラと未来に向けて理想を馳せる、義妹か。
「すざく、・・・」
ぽつりと、空に放たれた呟きはたとえ少なくとも愛に満ち、それが確実に恋であったことにカレンはツキリと胸を痛ませた。
そんな資格、無いのに。ルルーシュが揺らがないように、自分から想いを告げることはしないと決めたのだ。
なのに、なのに。枢木スザクよりも、
ルルーシュを愛している自信があるのに、ルルーシュもそれは気づいているはずなのに。
この気持ちを、今ここでルルーシュに告げたらどうなるのだろう。
俺も好きだと、言ってくれるのだろうか。それとも、恋愛対象としては見られないといわれるのだろうか。
―――いいや、やめよう、こんなことを考えるのは。
カレンはこの想いをルルーシュに告げることはしないし、ルルーシュはそれに答えるということをしなくていい。
それで充分だと、カレンは思っていた。
―――次の、ルルーシュの言葉を聞くまでは。
「正直、スザクがユフィを選ぶとは、思わなかったんだ。
あいつは俺がランペルージとして生きていることの意味を、理解していなかった、のかな、」
「・・・理解なんて、してるわけ」
「ないよなぁ。でもそれは、アイツの中の私の順位なんだ。
あいつの中には、私よりも俺よりも優先すべきことが、あったからなんだよ。俺を、好きだと、言ったって・・・」
「・・・」
「アイツが好きなのは、俺じゃなくて、私で・・・アイツが、昔の私のような、
真っ白で純粋な御姫様を望んでいるのだったら、俺はアイツの思いに応えることはできないんだ。
もう私は、血塗られた道を歩み始めてしまった、から」
だから、ユーフェミアを好きになるのは当然なんだ。
「まぁ、こんな女、好きになるわけ・・・」
「俺は好きだよ!!」
ないしな、と自嘲気味に吐かれた呟きに、とっさに反応してカレンは叫んだ。
面食らったようにびっくりしているルルーシュの傍にずりずりと寄って、カレンはその細い肩に顔を押し付けた。
ためらいながら伸ばされた腕は、しかし次の瞬間しっかりとルルーシュの身体に回されていた。
言わないと今決めたばかりだったのに。けれどもう遅い。
一度決壊した川は、洪水となってためていた物をあふれ出すのだから。
「好きだ・・・っ」
言わまいとしていた想いが零れ落ちる。それはぼろぼろと頬を伝って、確実にカレンの心臓を焦がした。
返してくれなくともいい。愛されなくてもいい。好きになってもらわなくても。
ただ、変わらず、もしくはそれ以上の信頼を置いてくれれば。
「好きだよ、ルルーシュ・・っ」