ここ最近、スザクの機嫌は絶不調だった。
いつも以上にかまってくれない父、普段からは考えられないほど焦っている母。
屋敷中を侍女や使用人たちが歩き回って、何もしていない自分が少し疎外感を感じることにいらだっていた。
その苛立ちを紛らわせるためか、はたまたぶつけるためか、ここ最近スザクは学校から帰った後すぐに
自分が理想の男として尊敬やまない剣道の師匠である藤堂のいる道場へと足を運んでいた。
「藤堂先生っ!!」
「おはよう、スザク君」
「俺と手合わせしてくださいっ!」
「ああ、わかった。いつもどおり準備運動をして、体をほぐしてきなさい」
「はい!」
学校のない日は朝から道場に入り浸り、心行くまで汗をながし、残りの時間は自分の秘密基地で過ごす。
普段と変わらないその生活に、終止符が打たれたのはその数日後だった。
ずっと不思議に思っていた屋敷中のものたちの行動。
その原因が今自分の目の前に立っている二人の女の子なのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
I want my LOVE back
2.どんな宝石よりも、それはきっと
「スザク、こちらは神聖ブリタニア帝国が第三皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下だ。
こちらが妹姫君である第七皇女、ナナリー殿下。ルルーシュ殿下はお前と同い年で、お前の婚約者だ。」
それは衝撃だった。
いきなり正装に着替えさせられて、普段訪れることなどないような屋敷の奥の奥にある客室に連れてこられた挙句、
敵国の皇女と婚約者。
スザクが呆然としてる間にも、父ゲンブは淡々と説明をしていく。
ナナリー皇女は目と足が不自由で、ルルーシュ皇女が心配したために今回の降嫁にはナナリー皇女が付き添い
(要はおまけ)としてきたこと、二人は屋敷の改装した客間に住まわすこと(屋敷中が慌ただしかったわけが漸くわかった)。
父の説明もあまり耳には入らず、スザクはただ目の前の二人をずっと見つめていた。
妹であるナナリーは、ふわふわしてやわらかそうなクリーム色の髪をリボンで二つにくくっている。
簡素な車椅子に乗っており、先ほどからずっと目を開かない。
―――なるほど、目と足が不自由だというのは本当なのか。
しかし、顔のパーツの一つ一つはきちんとベストポジションにあって、一目で可憐なかわいらしい少女だとわかる。
自分の婚約者となる姉のほう―――ルルーシュ?といったか―――は、日本人のようなさらさらの黒髪を腰下まで伸ばし、
髪の上部をリボンでまとめて流している。
少しつり上がり気味の大きな目、ほっそりとした鼻、桃色の柔らかそうな唇。
どっからどうみても『ものすごい美少女』だ。
彼女の瞳にはめ込まれた水晶は、アメジストのような美しい紫色をしており、きらきらと光に輝いている。
ブリタニアの勉強で確か紫はロイヤルアイ、もしくはロイヤルパープルと呼ばれており、皇族にしか出ない色なのだという。
しかし年々その血は薄くなっていっており、全員が現皇帝のような紫ではなく、色が薄かったり赤みが帯びていたりしているらしい。
けれどこの少女は完璧にきれいな紫を受け継いでいる。
見極めるようにスザクを見つめているその少女の美貌は、スザクの好みど真ん中ストライクだった。
顔中に血がのぼっていくのがわかる。
どっくんどっくんと激しい音を立てて通常の何倍もの速さで鳴る動悸に、スザクはもう認めるしかなかった。
―――そう、一目ぼれをしてしまったのである。
「スザク、挨拶ぐらいしたらどうなのこの馬鹿息子!」
あまりにもジーっと見つめていたため、本来ならよけきれるはずの母親の脳天チョップをよけきれなかった。
「っ・・・!いってぇーー!」
「申し訳ありません、皇女殿下。うちの息子ったら、あれでそれでこんなのですけど、どうぞよくしてやってくださいませ」
あれでそれでこんなのってなんだよ!と自分の息子を罵倒する母親に怒鳴りたかったが、
瞬時に飛んできた鋭い眼光でぐっとこらえた。
そうだ、皇女だ。
ルルーシュと、ナナリー。
ルルーシュは俺の奥さんで、ナナリーは俺の妹になる。
「あー、えっと、枢木スザクです!よろしくお願いします!」
「・・・よろしくお願いいたします、スザク様。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。こちらは、妹のナナリー。」
「よろしくお願いします、スザク様。ナナリー・ヴィ・ブリタニアです。どうぞ仲良くしてくださいね」
それが俺たち三人の始まりだった。
俺たちは家族だった。