ルルーシュとナナリーが来日して二週間ほどたったが、スザクはいまだに二人との距離感をつかめずにいた。
ナナリーはなるべく好意的に接しようとしてくれたが、
ルルーシュのほうは挨拶をした初日からスザクを少し避けているようにも感じたのだ。
もっと仲良くなりたい。
特にルルーシュは将来スザクのお嫁さんになるのだから、そういう感情を持つことはべつにおかしいことではないと思う。
同時に、スザクは二人のことを何も知らないのだということを知った。
スザクが知っているのは名前と肩書きと、そして身体的特徴だけ。
踏み込ませてくれさえするのなら、ルルーシュとナナリー、二人のことをスザクはなんだったって知りたかった。
誕生日、好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、得意なこと、苦手なこと、好きなもの、嫌いなもの、
好きな動物、嫌いな動物、好きな花、嫌いな花、好きなスポーツ、嫌いなスポーツ、得意なスポーツ、
お母さんの話、お父さんの話、お兄さんやお姉さん、弟妹の話、皇族の話、皇宮の話、
日本の話、ブリタニアの話、料理はできるのかとか、人形はすきかとか、とにかくなんでもよかった。
ひとつでも話に興味を持ってさえくれるのならば。
二人に近づいてみたかった。
I want my LOVE back
3. 愛しさがこみ上げる
もともとルルーシュの来日目的はスザクとの婚約にあるが、ナナリーの来日は足と目の日本での療養という目的があるらしい。
日本の豊かな自然によるリハビリなどを考慮した皇帝の意向であるらしいが、
それを二人に伝えられた枢木首相並びに京都の重鎮、そして政府の官僚たちは皆いっせいに驚いていた。
まさか。あのブリタニア皇帝が。そんな。まさか。
そんな訝しげな視線をさらりと受け流すと、ルルーシュはさも当然のようににっこりと笑った。
『あんな人ですけれど、陛下・・・父様は本当はおやさしい方なんです。母様にたいしては、結構なあまえたなんですよ』
もちろん108人の皇妃全員にそんな愛情があるわけでもないことも伝えられた。
そして数ほどいる自分の子どもにそんな愛情があるわけでもないことを。
ただひとつ言うならば、第五皇妃であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアは、
現ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアにとって初の恋愛結婚の相手であること。
その娘であるルルーシュとナナリーはそれゆえに陛下直々に名前を与えられ、寵愛を受けてきたこと。
二人以外にも皇帝が愛情(らしきもの)を注いでいる皇子皇女といえば、エル家のシュナイゼル、
ラ家のクロヴィス、そしてリ家のコーネリア・ユーフェミア姉妹であることぐらいだということ。
それをすべて聞いた大人たちは皆複雑そうな顔をした。
実を言うと、ゲンブならびにその他重役たちは、ブリタニア皇帝を冷徹な人間だという印象を受けてきた。
なぜならばブリタニアはシャルル・ジ・ブリタニアが皇帝に即位してから、
少しずつ他国に宣戦布告をして領土を増やしてきたからであり、
それの掲げる思想や国是などは蹂躙される国側からしてみれば憎い以外の何物でもないものであったからである。
それに加え、今回のルルーシュ・ナナリー皇女が来日するに当たって、ブリタニア皇帝はこんな要求をしてきたのである。
すなわち、まだ齢10歳であるルルーシュ皇女を枢木の嫡男の婚約者であると同時に外交官として扱えというもの。
子どもにやらせる政治によって日本を崩すという姿勢かとの懸念も上がったが、それはルルーシュの仕事ぶりをみて杞憂に変わった。
わずか10歳ながら、既にルルーシュの統治力は目を見張るものがあったのである。
年若い小さな子どもに政治の汚さをさまざまと見せ付けることになる国のトップたちは、親のような気持ちでルルーシュに問うた。
ルルーシュ自身はそれでいいのかと。
その質問に対し、ルルーシュは再びニコリと笑った。
皇帝を父と呼び、親愛の情をこめて彼の優しさを語ったときのように。
『確かに、陛下の政略や思想、掲げる国是などは他国からしてみれば忌み嫌うものでしょう。
長い年月を得て培ってきた自国を滅ぼされ、蹂躙されるなどという行為は許せるものではないはずです。
ですが、それでもわれらは陛下を父とするブリタニア皇族。
ブリタニアの国是にしたがい、皇族としての責務を全うし、ブリタニアの誇りとして生きていかなければなりません。
戦争とはただの効率の悪い外交。ですからどうか、ためらわずに私をお使いください。やり遂げる自信はありますから。』
そういいきったルルーシュを、いったい誰が止めることができただろうか。
今はルルーシュは立派に外交官の一人として政治に足を突っ込んでいるらしい。
そして同時に本性がでた。
政治が絡むとそうなるのか、それとも本気になるとそうなるのかはわからなかったが、
ルルーシュは皇女としてはあるまじき口の悪さを誇っていた。
二ヶ月(たった二ヶ月)かけて習得した日本語は丁寧語、尊敬語、謙譲語ともにパーフェクトであり、
日本の慣用句や専門用語もばっちり。
ゲンブによれば、罵倒語のボキャブラリーも豊富そうだった。
しかしいったんそれが収まると、ルルーシュは一瞬しまったというような顔をし、そして次の瞬間にはまたにこりと笑う。
『申し訳ありません。実はこれ、素です』
みんなつっこんだ。
そんなルルーシュ(とナナリー)と仲良くなれたきっかけはなんだっただろうか。
確かそう、ナナリーの車椅子だ。
その日スザクは道場が休みで、ついでに学校も夏休みに入ってしまったので暇だった。
学校の夏休みの課題はもちろんあるが、スザクも伊達に生まれたときから良家の息子を勤めてはいない。
溜めて溜めて後で後悔するなんてことは絶対ないように、朝稽古と朝食を済ませた後は昼までたっぷり課題と勉強をする。
残りの時間は休ませてもらえる、そういう日々だ。
今まではそのあまった時間を道場で費やしたり、秘密基地で遊んだりするなどしてつぶしていたが、
今はルルーシュとナナリーに会う時間になっている。
朝におはようの挨拶をして、よく眠れた?だなんて他愛のない話をしながら一緒に朝食をとる。
周りの大人たちもスザクは二人の相手だと知っていたので、わざとナナリーの通院時間を午前に当てた。
スザクが勉強にいそしんでいる間にナナリーは病院へ赴き、ナナリーが診療を受けている間、
ルルーシュは国のトップたちと肩を並べて政治に精を出す。
そしてお昼ごろになると二人そろって帰って来、三人で昼食をとる。
本来ならばその後三人で遊ぶべきだ。遊ぶべきなのだが―――スザクはなんだかわからなくって、
こそこそとルルーシュとナナリーの後ろをついて回る。
まるでストーカーのようなその行為に最初は顔をしかめた使用人たちも、
それがスザクのかわいらしい葛藤でもあると同時にタイミングとチャンスをつかむための行動だと知った瞬間、
その態度を一変させ、ほほえましく見守っている。
そして今日。
ついに今日、スザクは決心した。
絶対に、今日は絶対に話しかけるぞ!と。
「・・・ルルーシュ。ナナリーの車椅子、俺が押してみてもいいか?」
ナナリーの車椅子はブリタニアが提供した自動で動く最新式のものだったが、もちろん人の手によっても動く。
普段は姉であるルルーシュが献身的に押して回るのだが、実を言うとスザクはずっとそれが気になっていた。
使用人たちによると車椅子を押すのは『難しいこと』らしい。
ただの車輪がついた椅子だろうと思うが、本当のことらしい。
だが10歳にしては異様な運動神経を誇るスザクはそれを認めるわけにはいかなかった。
俺だってできるにきまっている!
「・・・ナナリーの車椅子を?君が?いや、しかし・・」
渋るルルーシュに対してたたみかける。
ルルーシュは政治や軍略などの方面では恐ろしく頭が回り、どんなことばにも言い包められたりはしないが、
日常生活では結構なにぶちんであることが判明した。
押しに弱いのである。
だから畳み掛けてたたみかけ、押せ押せゴーゴーな状態でまくし立てれば絶対に折れる。
スザクの動物的本能による判断である。
「俺、車椅子のったこともなければ押したこともなくって!ナナリーかわいいしルルかわいいし、
えっとだから車椅子押してみたいなって思ってて!一回ぐらいいだろ?ルル、たのむからさ!な!
いいだろナナリー?ありがとう!ルルもさんきゅ!」
「え?ちょ、ちょっとまて私は了承したおぼえなんか」
「今ちょっとうなずいた!よし、いいんだな!いいよなルルーシュ」
「ま、まて・・!いったいいつ私がうなずいた!?だめだ!」
「・・・・・」
「な、なんだその目は・・・」
「ルル、だめか・・・?」
「えっ」
「ナナリーの車椅子、押させてくれないのか・・・だめ?」
「だ、だめだ・・」
「・・・・だめか・・?」
「う・・・」
「・・・なぁ、だめなのか・・・?」
ルルーシュがついに口を閉じた。勝った。
「・・・わかった。」
よし!
車椅子の使い方を一通りルルーシュに習い、わくわくしながら車椅子のグリップをしっかりと握る。
ブレーキらしいレバーを足で上げて、車椅子を押し始めた。
「よしナナリー、いくぞ!」
「よろしくお願いしまーす」
「出発進行!」
「しんこーう」
はぁ、と呆れの混じったため息をつきながら、ルルーシュも二人についていく。
よどみのないスザクの歩きに半ば安心するも、近くに迫った廊下の角でそれは消えた。
車椅子というのは、基本的に方向転換のしにくいものである。
右の車輪だけを回すだとか、車輪のコントロールは乗っているものがやれば簡単であるが、なれないものがやっても、
車椅子の重さだったり、カーペットやじゅうたんの摩擦などでできないことが多い。
スザクもそのやったことのない初心者なのだから、当然その壁にぶちあたる。
右に曲がろうとしたスザクは焦った。
「え・・・曲がんねぇ・・・あーもう!」
ぐいぐいと右手に力をこめてまわすが、カーペットに足をとられて車輪はなかなか言うことを聞いてくれない。
「スザクさん、わたしやりましょうか?」
「いい!ナナリーは安心して座ってろ!」
そういいつつも、なかなかその場所から進んでいない。
その様子をルルーシュは最初こそ静かに見ていたものの、だんだんとイライラしてきた自分を抑えられずに、
ルルーシュは半ば強引な形でスザクからグリップを奪いとった。
「あ!何するんだよルルーシュ!」
「それはこっちのせりふだ!いいから見てろ!」
一回車椅子を少し後ろに下げ、ゆっくりと力を入れながら右に傾ける。
驚くほどスムーズに方向転換をしたルルーシュを見たスザクは、その鮮やかさに思わず感嘆をもらした。
「うわー!ルル、すっげー!今のどうやんの?」
「ふん、教えてやらな」
「すっげー!おれ、全然できなかったのに!ルル、お前すごいなぁ!」
「っ・・・」
顔を赤くしながらすごいすごいと褒めちぎるスザクの笑顔に、今度はルルーシュが赤くなった。
スザクは今ので気が楽になったのか、ルルーシュに手を差し伸べた。
「なぁルルーシュ、今から俺の秘密基地につれてってやるよ!」
「秘密基地?」
「そう!車椅子はたぶん無理だから、ナナリーは俺がおぶってく!ルルはたためる車椅子もって、一緒にいこうぜ!」
「まぁ、楽しそうですね!」
「だろ?な、ルルーシュ!」
屈託のないスザクの笑顔に、ルルーシュは日本に来て初めて心からの笑顔を見せた。
まるで花がほころぶようなその笑顔に、スザクは真っ赤になる。
一目惚れをした人間の性だ。どうしようもない。
「うん、そうだな。行こうか」
それはまさに家族団欒だった。
初恋だと思っていた小さいときのお姉さんへの恋心を今になって否定した。
ルルーシュは俺の初恋だった。