「今まで、お世話になりました」
「政務などで日本によることがあれば、必ずスザクを向かわせますから」
「どうか、お元気で」
当初は申し訳程度にないていただけのせみが、今では劈くように鳴いている。
じっとしているだけでも額ににじむ汗を手の甲でぬぐいながら、スザクは持っていたトランクを抱えなおした。
今自分たちが立っているのは、成田国際空港の滑走路のはずれ。
ブリタニアの紋章が入った、皇族専用機の前である。
護衛のために配備されたブリタニア軍人達は後ろでずらりと並び、敬をしたまま動かない。
その前にならんでいるルルーシュたちは、日本で世話になった人たちに別れをつげている。
出血がひどかったものの、傷自体はあまり深くないものとして、その後のルルーシュの快復は早かった。
トラウマ状態に陥り、パニックになって半狂乱だったナナリーも、いまや落ち着きを取り戻している。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇女殿下襲撃事件から三週間がたった。
襲撃をしたグループの首謀者がブリタニア貴族の人間だったことから、この事件は国際問題になるところだったが、
そのあたりはルルーシュの意でそれとなく日本側がブリタニアと協議の結果、事件を隠蔽することでおさめた。
しかし、両国としても何もなかったことにするのは出来ないので、今回、日本側はルルーシュのスザクとの婚約を解消、
ならびに皇女二人をブリタニアに返すという条件で和解。
ブリタニア側にも非はあるとして、ブリタニア側は日本との和平条約を改めて結び、
友好国として戦争を仕掛けることは絶対にしないという各国数名の重役が立会いの下、調印が結ばれた。
それが襲撃事件の二週間後の出来事。
残りの一週間を有意義に過ごすようにといわれたスザクは、ルルーシュやナナリーと変わりない日々をすごしながらも、
ずっと胸に秘めていた想いを再確認していた。
ルルーシュを、ナナリーを、守りたいとスザクは思う。
しかし今回の事件でスザクとルルーシュの婚約はなかったことになってしまったから、
ルルーシュを守ることができない。
日本での静養を目的として来日していたナナリーも、ルルーシュについてかえることになってしまったので、
せめてナナリーだけでも、という望みはなくなってしまった。
今は八月の初め。
ルルーシュとナナリーが来日したのは六月の初頭だから、合計二ヶ月、二人は日本でスザクと過ごしたことになる。
たった二ヶ月。たった二ヶ月だったけれど、スザクのルルーシュへの想いは募るばかりだった。
初めて見たときにであった鼓動。
ただの一目ぼれであったはずのそれは、ルルーシュとの時間をすごしている間に確かなものと変わっていって。
子どものままごとだと思われるかもしれない。
守るだなんて、10歳の子どもに何ができるのだと笑われるかもしれない。
けれど、ルルーシュを想うこの気持ちにうそはないのだ。
ルルーシュも、もちろんナナリーも愛しいと想う。
ナナリーへの想いは恋の愛ではなくて妹への愛だけれど、それでも関係ない。
だからスザクは、日本を出て、ルルーシュとナナリーとともにブリタニアの地を踏むことを選んだ。
皇族は16になって初めて騎士をもてるそうだから、その間に騎士の勉強も、ブリタニアの歴史も、
他の皇族の名前も、ブリタニアの作法も、必要以上の知識も、すべてをその六年間で手に入れる。
身に着けてみせる。
ルルーシュに反論されたら、今の自分では絶対に勝ち目はない。
だからスザクは、先に周りのすべてを味方につけることにした。
まず自分が師に仰ぐ藤堂鏡士朗。
彼に向き合って、思いを告げて、自分の決意を言葉に乗せる。
この誓いは決して違えることはないと宣言し、その上で相談をする。
果たして自分のこの思いは間違ったものであるか?
そう思うのは悪いことか?
自分にはもっといい方法があると思うか?
色よい返事をもらえたところで、次に実の祖父のように慕っていた桐原泰三に意見を仰ぐ。
大丈夫だった。
次に日本皇族、内親王である従妹の神楽耶に話に言った。
がんばってください、スザク兄様といわれた。
最後に、父と母である日本首相・枢木ゲンブと首相夫人・枢木綾乃に会いに行った。
話をする間、両親は終始無言だった。
目を閉じながらも一言も聞き逃すことなく耳を傾けてくれているのが嬉しかった。
話をし終わった自分は、じっと両親の言葉を待った。
母は何も言ってくれなかったけれど、ひとつうなずいて、誇らしげに自分を見た。
父は無言で腰を上げ、自分のすぐ目の前でまた座った。
えらいぞ、といいながら頭をなでられた。
父のほうからブリタニアに連絡をとってもらった。
宰相であるシュナイゼル・エル・ブリタニアは、歓迎の意をしめした。
万歳だ。
藤堂が、桐原が、神楽耶が、首相・父が、母が、国が、ブリタニアが認めてくれたことを先に話して、
その後に自分の決意を話して聞かせた。
逃げ道をすべてふさがれたルルーシュは悔しそうだったけれど、すぐに笑ってゆるしてくれた。
ナナリーにそのことを話したら、やった!とガッツポーズをしてくれた。
「枢木首相。わたくしルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、本国に帰還後、一年間の勉強期間後、
ブリタニアの枢機卿を拝命することになります。他に、宰相補佐、外交、軍事なども一任される可能性があると思われます。
再び相まみえるときは、どうぞよろしくお願いいたします。」
ルルーシュではなく、皇女として。
ゲンブにではなく、首相として。
けれど今は義父と義娘として話がしたい。
「・・・ルルーシュ」
「・・・はい、お義父様」
「ここは日本。ルルーシュとナナリーを、家族として受け入れた場所。スザクと一緒に、たまには帰ってきなさい。」
「枢木家は、貴方方を歓迎します」
「・・・はい、ありがとうございます」
やさしい声音で紡がれた言葉は、母をなくした二人にはとても嬉しかった。
「皇女殿下、お時間でございます。ご搭乗を」
「わかった。行こうナナリー、・・・スザク」
「はい、お姉さま」
「わかった」
専用機に乗るまであけるなといわれた母からの手紙を漸くひらいた。
慣れ親しんだ丁寧な文字に、いまさら涙がにじんだ。
『スザクへ。
ルルちゃんに迷惑をかけないようにね。ナナちゃんに負担をかけてはだめよ。
梅干とか、お茶漬けとか、おしょうゆとか、大福とか、欲しいものがあったらおっしゃい。送ります。
あなたのお父様も、私も、あなたを誇りに思っています。
母より。』
I want my LOVE back
7. 誇りに、幸福に、乾杯!
ルルーシュを愛しい、とスザクは想う。
その流れるような黒髪を、その艶が失われないように、
その手触りがぱさぱさにならないように、きれいな色があせないように。
その雪のような柔肌を、決して日に焼けて輝きを失わないように、
その手触りがごつごつにならないように、桜色のつめや白色があせないように。
そのさくらんぼのような唇を、決して潤いが失われないように、
その表面がかさかさにならないように、ピンク色のつぼみが色あせないように。
そのアメジストのような瞳を、決して光を失わないように、
その色を悲しみで曇らないように、どんな宝石よりも美しい色があせないように。
その小さい手も、形のよい爪も、折れそうな手首も、細い腕も、身体も、
走ることなど出来ないようなその足も傷つかないように。
どんなものにも愛を捧げられるその心の優しさに、何かを傷つけるものには容赦しないその心の非情さに、
ものの本質を見極めようとするその冷徹さに、心を許したものに変わりなく、よどみなく、
留めることなく注げる、その心の愛の多さ。
すべてを愛しいと、スザクは想う。
ルルーシュを守りたいと、スザクは思う。