新しくエリア17となった国への戦争を終結させたスザク、ジノ、アーニャ、ノネットの四人は、 疲れた身体を引きずりながらラウンズの詰所へと戻ってきた。 長い時間をかけた戦争にクタクタになりながらも、談笑するだけの精神的余裕がある辺り、 四人はラウンズ足りえるといえるだろう。
「お前たち、ご苦労だったな」
ちょうど自身も任務から帰ってきたビスマルクにねぎらいの言葉を投げかけられ、各自返事をしながら自室に戻る。 ざっとシャワーを浴びて身体を清め、多少着崩した格好でラウンズ服を身に着ける。 マントやグローブをつけず、ジャケットのボタンも一個か二個ほど留めない状態で再度ラウンジにあつまると、 早いもので既に全員集まっていた。 自分たちのいない一ヶ月の間で家具を新調したのか、すべて豪華なヨーロピアン調になっている。 そのひとつである一人がけの赤いソファに腰掛けると、 スザクはちょうど任務がなく暇だったモニカの淹れた紅茶を口に運んだ。
「ありがとう、モニカ」
「どういたしまして」

しばらく暇な六人で任務の報告や談笑をしていると、衛兵の一人が客が着ていることをつげにきた。 確か今日は客人などのアポイントなどないはず―――ラウンズには基本的にアポなしでは面会できない。 皇族や高位の貴族なら場合によっては大丈夫だが―――なのだが、どうやらきたのは皇族のようである。 全員すぐさま身なりを整え、あらかじめ持っていたグローブをはめ、各自定位置―――特に示し合わせたわけでも、 決まっているわけでもない。ただ単に皆自分のポジションがあるのだ―――につき、 膝を折って皇族への礼をとったまま皇女の到着を待った。 程なくして衛兵に案内されて現れたのは、あの軍神と謳われるコーネリアの妹である、 第四皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアだった。 すぐさまワンであるビスマルクが声をかける。
「これはこれは、ユーフェミア皇女殿下」
「スザクはいますか?」
挨拶もそこそこに、ユーフェミアは少し紅潮した頬で問いかける。 その姿を見たとき、スザクはああ、またか―――と思わずにはいられなかった。 ラウンズに入ってから、いや、それよりももっと前から、この皇女は自分の騎士にならないかと話を持ちかけてくる。 一度としてうなずいたことはないのに、それでも何度でもやってくるのだ、 この皇女は―――まるでOKの返事をもらうまでひかないとでも言うように。 スザクは内心舌打ちすると、すっと立ち上がり礼をとった。
「ナイトオブセブン・枢木スザクです。ユーフェミア皇女殿下は自分に何の御用で?」
「スザク、任務から帰ってきたのですね。怪我はなかったですか?」
「はい、お気遣い痛み入ります。それで、御用とは?ユーフェミア皇女殿下」
「・・・ユフィ、と呼んでくださいスザク。私は貴方を」
「ユーフェミア皇女殿下」
ああ、いつもこうだ。 いつもこの女は公私混同をする。 『公』を取るべきところで『私』をとる。 嘆かわしい。 こんなのが、皇族の自覚すら持っていないようなお人形が、ルルーシュの義妹なんて!!
「此処はラウンズが任務を待つために用意されている詰所です。申し訳ありませんが、御用がないのであればお帰りを」
「スザク・・・お話があるのです。大切な、大事な話が・・」
お前にとってそうでも、俺にとってはそうではない。 声を大にしてそう叫んでやりたかったけれど、さすがに皇女相手にそれはまずい。 そうだ。 自分はいつだってユーフェミアが苦手だった―――好きではなかった。 政務中のルルーシュに本当に、何の意味も裏もない世間話を仕掛けてき、 おおやけの場所であるはずなのに「ユフィと呼べ」と強要する。 自分の守るべき妹ではなく、こうなったのは姉であるコーネリアの方針だし、 コーネリアがユーフェミアにこうあるように望んだ結果だ。 それはルルーシュが口出しするべき問題ではなかったため、ルルーシュはあえて注意せずにずっと流していた。 いつも困ったような笑みを浮かべて、さりげなく、それとなく―――それでもはっきりと注意とわかるように――― ユーフェミアに『公』と『私』を自覚させようとしていた。 そんな様子をいつもみていたのだから、スザクはあまりこの皇女が好きではない。 スザクのユーフェミアに対する認識は、『お飾り』『お人形』『無知』、 そして嫌っている最大の要因である『ルルーシュへの無意識公務妨害』だ。 それなのに、大してやさしくした覚えなどないのに、この皇女はどうやら自分を好いているらしくて。 ルルーシュがいたときでさえ、こっそりと騎士にならないかと言ってきたのだ、この皇女は!
「・・・なんでしょう?」
どうせ決まっている。
『スザク、私の騎士になって欲しいの』―――いやだ。
『お父様にお願いすればきっとくれると思うの。』―――俺は物か?
『あなただったら、私・・・』―――私なんだ。

「あのね、スザク。貴方には、私の騎士になってもらいたいの。」
―――ほら、来た―――。
もじもじと指と指を絡め合わせて、斜め下を向きながら視線をさまよわせる。 先ほどよりも増した頬の紅潮もあいまって、その姿はまるで恋に恥らう乙女のようだ。 しかし、いくらこの皇女がかわいかろうと、扇情的であろうと、皇族であろうと、 『騎士』―――それだけは、スザクは絶対に譲る気はない。 ああ、今までなるべく傷つけずに断ろうとあいまいな言葉を用いていたのが悪かったのだろうか?
「申し訳ありません、ユーフェミア皇女殿下。自分はその話を受けることはできません。」
「なぜ?あなたはお父様の騎士だけれど、お願いすれば私にくれると思うの。だから」
だから俺は物か?
「ユーフェミア皇女殿下、自分は今申し上げたはずです。自分は貴方の騎士にはなれない」
次か、もしくはその次だ。 今度は『貴方だったら私・・・』もしくは『お姉さまも認めてくれるわ!』がくるに違いない。
「ど、どうして!?貴方はもう仕えるべき主はいないじゃない! 私なら何だってスザクの望むものを与えてあげられる、だから」
いつもと同じ会話だと思ったが、どうやら違うらしかった・・・だが。
ふざけるな。
俺の主はいつだってルルーシュだった。 これからもそれは変わらない。
なのに、こいつは・・・ふざけるな。
ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな・・・。
「ユーフェミア皇女殿下、そのお話はもう何度もいたしました。自分の主はルルー」

ふざけるな

「だってルルーシュはもう死んでるじゃない!なら私の騎士になったっていいでしょう!?」


ふざけるな!!!!


「ふざけるなよ、ユーフェミア・リ・ブリタニア!!」
「・・・っ」

今まで静かに対応―――対するユーフェミアはヒステリックに――― していたスザクが突然叫んだことで、その場は一瞬騒然となった。 今までずっと静かにそのやり取りを見ていたラウンズたちも、びっくりした顔をしている。 皇女に、声を荒げるなんて―――! 自分自身内心冷や汗をかいていたジノは、しかし、次の瞬間目を見張った。 スザクが、すごい形相でこぶしを振り上げているのである―――。 サッと現れたスザクの殺気に一瞬身じろいだジノは、しかし次の瞬間あわてたようにスザクに飛び掛った。
「ちょっ、待てスザク!やばいって!」
渾身の力で思いっきり力いっぱいユーフェミアを殴ろうとしたスザクを後ろから羽交い絞めにする。 アーニャはさりげなくユーフェミアを後ろに下がらせて、片手で軽く庇っていた。
「離せ、ジノ!」
「離せるわけないって、皇女殿下だぞ!?」
「ルルーシュを侮辱したヤツに皇女も何もあるものか・・・!」
なおも暴れ、叫ぶスザクに、抑えているジノは大変そうだった。 ―――自分の体格がスザクより一回り近く大きくなければ、今頃スザクはユーフェミアに一発食らわせていたはずだ――― 自分の身体が大きくてよかったと思いながら、スザクを絞める腕に再度力をこめた。 スザクの形相を目にしたユーフェミアは完全に固まってしまっている。 パクパクと口をあけ、「あ・・」だの「わたくしは・・」などとつぶやいている。< その様子を見て二人の状態にこれ以上の進展は無しだ、と判断したビスマルクは、 スザクの視界からユーフェミアを消すようにたち、穏やかに言い放った。
「・・・ユーフェミア皇女殿下。本日はお引取り願えますか?」
「あ、は、はい・・・」
声を震わせながらコクコクとうなずき、後ろをむいて歩き出す。 しきりにスザクのほうを気にしながらも、ユーフェミアは迷うことなく出口のほうへと向かっていった。 だがやはり気になるのか、しょっちゅうスザクのほうを振り返っては、睨みに身を竦めてあわてて前を向くの繰り返しだ。 ノネットがさりげなく隣へ並び、出口までエスコートしていく。

ユーフェミアの姿が見えなくなると、ジノは漸くスザクの拘束を解いた。 ダランと力なく腕を下げ、フーッ、フーッと威嚇をしている猫のように息を荒くしているスザクは、 いまだにユーフェミアの出て行った出口のほうをにらみつけている。 硬く引き結ぼうとしている唇はしかし、わなわなと震えてしまっていて、どうしても荒い息が漏れてしまう。 それでも落ち着こうとして深呼吸を繰り返す。 やっと収まってきた殺気にホッと肩の力を抜くと、ジノはモニカの座っている二人がけのソファに腰掛けた。 ユーフェミアを送り届けたノネットとアーニャ、ビスマルクも同様だ。
「スザク、スザクも座れば・・・」
スザクをソファに誘おうとするものの、ずるずると壁伝いに座り込んでしまったスザクにそれはかなわなかった。 立てた膝に肘を乗せて、うつむいた頭の上で手を組む。
「くそ・・・くそっ・・・あの、おんな・・・!」
ボソボソと繰り返される言葉の羅列は、明らかにユーフェミアを罵倒するもので。 いつもぶっきらぼうでそっけなくて、あまり愛想がなくても、スザクは決して礼節を欠いたりはしない。 それが自身が使えるべき主である皇帝や皇族ならなおさらのことなのに、この変貌振りは、 ラウンジにいたすべてのメンバーに衝撃を与えていた。
何がスザクを変えたのだろう。 ユーフェミアが発した言葉で、スザクが一番反応したのはどれだったか?

『だってルルーシュはもう死んでるじゃない!なら私の騎士になったっていいでしょう!?』

ルルーシュ。
そう、確かにスザクはこの言葉で丁寧だった対応をガラリと変えた。 ルルーシュ―――それは確か、オデュッセウス、シュナイゼルに続く第三位の皇位継承権を持っていた第三皇女の名前だ。

「ルルーシュ・・・」

スザクの、大切な、人?



I want my LOVE back
8. Please don't make my Sunshine away



ルルーシュの死を何でも無いことのように言ったこの女を本気で殺したかった

髪を掴んでルルーシュの墓まで引き摺って、死ぬまで償わせてやろうと思った



ああ、ルルーシュ、ルルーシュ!

2008年8月14日 (問題点を修正、2008年9月4日)