ブリタニアの最新技術を駆使して作られた皇族専用機。
専用機、と聞いて真っ先に想像したのは飛行機だったが、スザクのそんな考えは一瞬にして吹っ飛んだ。
これはまるで、戦闘機。
名をフローレンスというその浮遊航空艦は、
白を基調としたボディに限りなくマジェンタに近い朱色を各パーツに塗られており、
またそれに呼応するように所々で注されている薄いオレンジ色も太陽輝く空に映えている。
軽く日常生活が営めそうなその大きな航空艦に、スザクは一歩足を踏み入れた瞬間に息を呑んだ。
どこかの迎賓館か?とでもいうような内装。
ヴィクトリアン・ゴシックを採用したその内装は、
普段和の雰囲気にしか触れないスザクからしてみれば煌びやかな世界にしか思えなくて、
思わず自分が日本の重要人物だということも忘れてきょろきょろと回りを見渡した。
「・・・スザク。浮遊航空艦は初めてか?」
「へっ?あ、ああ。なんか・・すげー。」
「そうか」
「こんなのが空を飛んでるのか?」
というより、
こんな日常生活の家具一式やパーティーが出来そうな内装で重さで落ちてしまいはしないのかという不安でいっぱいだ。
スザクも日本の最重要人物の一人であるから、飛行機に乗るときは必ずもれなくファーストクラスだ。
生まれてこの方、ビジネスはあれどエコノミーなど乗ったこともない。
そのことで友人たちにはこれでもかというぐらい羨まれるが、
しかし―――ルルーシュとナナリーが平然と乗り込んだこのふゆうこうくうかんとやらはちょっと規格外じゃないか。
「ちょっと前まではブリタニアも飛行機だったよ。ただ、今第五世代までのナイトメアフレームの量産が決定されていて、
新しい技術を採用することに余裕があるんだ。最近開発されたフロートシステムっていう・・・ええと、
要は飛行機とは違った方法で空を飛ぶ技術を採用しているんだ。そのうちナイトメアにも搭載されると思う。
このフローレンスは所謂実験機で、航空艦へのフロートシステムの搭載はこの艦がはじめて。
今のところ数値データも安定してるらしいから、落ちるということはないよ。」
・・・・よくわからない。
ないとめあふれーむだとか、ふろーとしすてむ、だとか、ふゆうこうくうかんだとか、すうちでーたとか。
言ってることが理解できずに顔を顰めると、ルルーシュが苦笑する。
「大丈夫。これからスザクもブリタニアで暮らすんだから。」
「スザクさんもそのうち慣れますよ。」
「ん。」
そうだ。
自分はルルーシュが騎士を持てる16歳になるまでの六年間、
ルルーシュの騎士として恥ずかしくないように勉強しなければならないのだから、わからないことはすべて聞くべきだ。
ブリタニアについてからゆっくり聞いていこう、と決心して、気持ちを切り替える。
「ブリタニアには何時間でつくんだ?」
「天気もいいし、この調子だと後3時間くらいかな。」
「そっか。」
フカフカのソファに座って書類をチェックしてるルルーシュの真向かい、ナナリーの隣に座りながら、スザクは目を閉じた。
師匠である藤堂に教えてもらった精神統一法をつかい、いまだ行った事のない見知らぬ土地への緊張感を霧散させた。
そうして降り立った地は、季節は夏であるというのに、スザクの住み慣れた日本とは気候が大きく違っていた。
日本特有のねっとりの纏わりつくような湿気はあまりなく、日差しはカラッとしていた。
その気温に一種の感動を覚えたスザクは、若干紅潮した顔でおおー・・・と
感嘆の声を漏らしながらブリタニアの首都・ペンドラゴンへ降り立った。
首都ペンドラゴンの端、海の広がる広大な崖の上に立っているブリタニア皇宮は大きな壁で覆われており、
どんな侵入者も拒むように中の様子は伺えない。
「・・・ここがブリタニア皇宮ってやつ?」
「ああ。皇帝陛下の住む太陽宮を中心に、東西南北に離宮が広がってる」
その中のブリタニア皇族の専用機を誘導する滑走路に降りたフローレンスを、数人の衛兵が迎え出た。
降り立ったルルーシュ、ナナリー、スザクを見て、一斉に膝を突き頭をたれた。
一人その中心に立っていた宰相、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアがにこやかに一歩踏み出す。
「やあ、ルルーシュ、ナナリー、おかえり。そしてようこそブリタニアへ、枢木スザク君」
「只今帰りました、シュナイゼル兄様。」
ルルーシュとナナリーを抱きしめて頬にキスを贈り、初対面で異国の子どもであるスザクには握手を求めた。
日本にブリタニアのようなキスの習慣がないことを知った上での対応だ。
「枢木スザクです。よろしくお願いします、シュナイゼル殿下。」
「ああ、そんなに畏まらないでくれないかな。このまま行けば、私は君の兄になるのだから」
「に、兄様!!」
さらりと爆弾発言をかました兄シュナイゼルに、ルルーシュが真っ赤になりながら叫んだ。
頬どころか耳、首筋までも真っ赤に染めた妹を見やり、ふむ、とシュナイゼルは微笑んだ。
スザクがルルーシュを好いているのはわざわざ騎士になりにブリタニアへ同行してきた事から明白だが、
―――だってスザクの出自である枢木家はブリタニアで言うグランド・デュークほどの権力を持つ家であるし、
しかも皇族である姫君とは真に血のつながった従兄である。ブリタニアに来ずとも身は立てられる―――
どうやらルルーシュもそれなりにスザクを好いているようだ。
それが友情であるか恋愛感情であるかはまだ判断しかねるが、恋の花が花咲くのは遠からず、といったところか。
「さて、ルルーシュ。私は政務に戻るよ。アリエスへの送迎はオレンジ君にさせよう。
ジェレミア・ゴッドバルト辺境伯。知っているね?」
「はい。ではシュナイゼル兄様、私たちはこれで。またご挨拶に伺いますね」
「うん、いつでもおいで。枢木君もね」
「あ、はい!」
「では殿下、こちらの車にお乗りください。」
オレンジと呼ばれたジェレミア卿が恭しく頭を下げながら扉を開く。
しなやかにルルーシュがのり、スザクがのり、最後にスロープを使ってナナリーが車椅子のまま乗り込んだ。
そこから三十分ほどかけ、ルルーシュとナナリーの離宮であるアリエスへ向かう。
「なあ、ここってもう皇宮の中なんだろ?そんなに時間かかるのか?」
「母様は父様に愛されてらしたから、離宮は皇宮の端にあるわけではないんだが、あまり近すぎてもだめなんだ。
母様は庶民出だから、今ぐらいの距離がちょうどいいんだよ。」
「中には伝統ある子爵家の出なのに、太陽宮から一時間以上かかる皇宮の端に離宮を構えてる皇妃もいるんですよ。」
「へぇ・・そういうのは愛されてないってこと?」
「陛下は確かにたくさんの皇妃を娶られているが、その大半は政略結婚なんだ。
陛下が自ら皇妃にと望まれて、それが叶えられるのは稀だ。
陛下の嫌いなタイプの皇妃なんかは皇宮の隅に追いやられて、子どもも得ないままだらだらすごす。」
「え?でも皇帝って皇妃の数だけ子どもがいるんだろ?」
「まさか。半分くらいの皇妃はうそついてると思うよ。実際に皇族の血を持って生まれる皇子皇女は、半分くらいかな」
「ふーん・・・」
「ルルーシュ様、到着いたしました。」
静かに告げられた言葉と共に、わずかにしか伝わらなかった車の振動が止まる。
ずっと流れていた景色がとまると、ルルーシュ側のドアが開かれた。
ナナリーが先におり、ルルーシュがその後を追う。
最後にスザクが降りると、パタンと車のドアが閉じ、深い敬礼の後に離宮を後にした。
その車を見送りながら、スザクは離宮のほうへ向き直った。
ルルーシュの色である美しい紫と、ナナリーの色であるクリーム色のバラ園を抜け
―――ブリタニアでは皇妃に皇子、皇女が生まれた際に皇帝が新しい品種のバラ園を贈る決まりがある。
他と色がかぶることは絶対にない―――蔓で覆われたアーチをくぐる。
ルルーシュとナナリーが暮らしているというその離宮は、道中に見たほかの離宮とは違って自然体だった。
緑あふれる美しい庭、自然なものは自然な形で残された花たち。
建物はあまり近代的ではなく、白く優しい出で立ちだ。
あまりの美しさに呆然としていたスザクに、前に立っていたルルーシュが笑顔と共に振り返った。
「ようこそ、我がアリエス宮へ―――スザク」
I want my LOVE back
9. You can stand by me
一緒に散歩をしたバラ園、お茶をしたテラス、談笑をした居間、三人でもぐった広いベッドのある寝室。
本を読んだ図書室、共に食事をしたダイニング、ダンスの練習をしたフロア、暖かい温室。
星の見える高台、昼寝をした木の下、月を観察した展望台、一緒に歩いた綺麗なアーチ。
その習慣は今でもずっと続いてる。
ナナリーと一緒に、ふたりきり。
三人一緒だったらよかったのに、けれど俺とナナリーにそれを口にする勇気はもう、無い。