アリエスの離宮にすみ始めてからのスザクの暮らしは、今までとほとんど変わってしまった。
ブリタニアについてからの一週間何をしたかといえば、まず役所での手続き。
皇宮に住むことになった超重要人物ということで役所の一番のお偉いさんがわざわざ出向いてくれたものだから、
皇族がいかに偉いものかしみじみと実感してしまった。
―――何せ日本は民主制で、帝政ではないから、皇族や宮家は日本のシンボルだ。
得に何かしら影響力があるわけでもない。
他国の人間がブリタニア国籍をとる場合は書類上「名誉ブリタニア人」となる。
しかし領地となった国のナンバーズではないので、正確には「名誉ブリタニア人(国の名前)」となるのだ。
ちなみにこれがナンバーズだった場合、「名誉ブリタニア人(エリア名)」だ。
括弧の部分に来る名前で対応は大きく違う。
括弧の中が国の名前の場合、書類上が名誉なだけで、日常生活では普通にたとえば『日本人です』と名乗れるのだ。
そしてスザクは日本人でいるつもりはあれど、ルルーシュのそばを離れる気は毛頭無いので、
ブリタニア国籍と永住権をとることにした。
スザクがある意味日本を代表する人物であるような形になってしまったので、
本来ならば半日ほどですむはずの手続きが二日ほどかかってしまった。
そして次にアリエスの散策。
バラ園とアーチととテラスと居間、図書室にダイニングにダンスフロアに奥の温室、テラスから続く高台、庭、
最上階にある展望台、スザク、ルルーシュ、ナナリーの順番で並んでいる寝室、厨房、使用人たちの部屋がある離れ、
ルルーシュの執務室、スザクの訓練場、勉強部屋、馬小屋、小さい湖、メイズ、覚えなければなら無い場所はたくさんある。
とりあえず必要最低限、たとえばバストイレと寝室とダイニングと居間と勉強部屋、訓練場だけ覚えて、
後は暮らしながらゆっくりと覚えておくことにした。
自分の部屋に運び込まれた服や宝物を整理する。
部屋はこれでもかというぐらい大きくて、日本人であるから手配してくれたのか、
部屋の隅に三畳くらいの畳がコーディネートされていた。
ベッドは天蓋つきのダブルサイズで、部屋は白をベースにスザクの好きな緑色で統一されている。
緑は自然の色だし、視覚的にもリラックス効果があるので、この心遣いは素直に喜んだ。
調度品はそれぞれ派手派手しくも無く、しかし皇族の品位を貶めない程度にあしらってある。
いくら日本人だといえども、ブリタニア皇宮を住まいにしている以上ブリタニアの衣装を着なければならないので、
あけたウォークインクローゼットには既にブリタニアの礼服が入っていた。
それが終わったなら今度はアリエスの住人―――ルルーシュ、ナナリー、スザクの三人と、仕えてくれている使用人たち、
そして今回スザク付きのメイドとしてわざわざブリタニアに来てくれることになった咲世子―――の紹介。
コック長のフランク・モリアート、メイド頭のノラ・バークリー、執事長のシナトラ・パーカー、
庭師のバーラシュ・ティオリエをはじめとする、使用人全員がスザクを心から暖かく迎えてくれた。
その態度からいかにルルーシュが使用人たちに信頼されているかがわかって、やっぱりルルーシュはすごい、
なんて思ったりもした。
第二皇子であるシュナイゼルの離宮はアリエスよりも三倍ほど大きいといわれたときは卒倒しかけた。
自分ひとりでそんな馬鹿でかい家に住む必要がどこにある、シュナイゼル・エル・ブリタニア。
I want my LOVE back
10. はじめのいっぽ
だいぶアリエスに落ち着いてきたころ、三人で朝食を食べていると、静かに紅茶を啜っていたルルーシュからの誘いがあった。
「訓練?」
「そう。スザクもだいぶ慣れてきたみたいだし、騎士の勉強はしたいだろう?
とりあえず騎士の作法とか規則とか、あとブリタニア流の剣術も習わなければならないし。」
「ブリタニア流の剣術・・・」
「別に私は日本のイアイとかケンドウとかでもいいんだけど、騎士就任式とか、やっぱりパフォーマンスにも必要だから。
・・・嫌か?」
「まっ、まさか!訓練だろ!?やりたい!」
がばっと顔を上げて叫んだスザクを見てクスリと笑みをこぼすと、紅茶のカップをソーサーに戻した。
「言うと思った。陛下に進言しておく。いい教師を手配しておくから、準備しておけよ。明日からな」
「うん!」
「枢木スザクです。よろしくお願いします!」
「よろしく、クルルギ。ナイトオブラウンズのトップを勤めている、ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインだ。
君の話は陛下と皇女殿下から聞いている」
「はい、よろしくお願いします!」
ナイトオブラウンズ。
それは帝国最強の、12人から成るブリタニア皇帝の騎士団である。
アーサー王伝説の円卓の騎士を由来として結成されるそれは、素晴らしい戦闘能力からはじめ、
最近では主流となっているKMFの操縦技術の高いものが属すことになっている。
ナイトオブワンから始まり、ナイトオブトゥエルブで終わるそれは、ワンを最強・リーダーとし、
ナンバーが上であれば上であるほど実力が上ということになる。
その中の一番である、ナイトオブワン―――ビスマルク・ヴァルトシュタインを教師に呼ぶなんて、
一体全体ルルーシュはどういう権力を有してるんだ・・・。
というツッコミをしたいのはスザクだけではないはず!と思いたいものだが、
回りを見渡せば全員がまるでそれが普通だとでも言うように軽く流していく。
ルルーシュへの愛を募らせていくと同時になぞが増えていくものだから、もっと勉強が必要だ!
とスザクは再認識するのだった。
「ルルーシュ様から聞いている。日本とブリタニアの文化はほとんど違うから、色々認識に食い違いがあると。
私が仰せつかったのは、君に騎士の意味や規則、作法、剣術などを教えることだ。
そのほかに貴族階級や、ブリタニアでうまく世渡りしていくために必要なだけの知識を植えつけろ、とも言われたな」
「・・・がんばります・・・」
スザクは一応良家の子息であるから、それなりの英才教育は受けているし、学校の成績も申し分ない。
しかし『頭がいい』のと『勉強ができる』のは違う、とスザクは考えるし、
自分は間違いなく後者の人間であると自負している。
唯一胸を張って誇れるのは抜群の運動神経と、スポーツや武術への天才的なセンスだ。
からして、ブリタニア流剣術や銃術、ナイトメアの操縦技術といった身体を使うもの以外はがんばる、
としかいえないのが現状だ。
軽くため息をついたスザクに苦笑して、ビスマルクがくしゃりと頭をなでた。
「書類上で見た君の身体能力には目を見張るものがある。勉強は覚えればいいだけの話だし、
君はこれから六年かけてルルーシュ様の騎士になるのだろう?時間はたっぷりあるさ」
「そう・・・でしょうか」
「ああ。私もできる限りのことはしよう。がんばろうか、クルルギ」
「はい!」
広い庭での顔合わせをテラスで紅茶を眺めながら見ていたルルーシュは、クスリと笑ってナナリーに話しかけた。
「スザクもちゃんとやっていけそうだな、ナナリー?」
「そうですね。スザクさん、とっても素直で素敵な方ですから、すぐいろんな事わかるようになると思います」
「今後に期待ってところかな」
こくり、と紅茶に口をつけたルルーシュに、今度はナナリーがコテンと首を傾げて問いかける。
「それにしてもお姉さま、どうやってヴァルトシュタイン卿なんて呼べたんですか?お父様の一番の騎士だなんて・・・」
「手作りのアップルパイと一緒にお願いしに言ったんだ。『ラウンズの一人を貸してください』って。
トゥエルブとか、いいところでセブンくらいの人間が来ると思ったんだけど。まさかワンだとはさすがに思わなかったなぁ」
「フフ、お父様、お姉さまの事大好きですもの。きっとスザクさんのこと認めてくださったんです」
「そう、かな。」
「そうですよ。お姉さまも、素直にならなきゃだめです。お姉さま、スザクさんのことお好きでしょう?」
「・・へ?」