どんなに強く想っていても、伝えなければ意味が無いのだと知った。 この五年、ルルーシュだけを想っていたけれど、そういえば好きだと告げたことは一度も無かった。 自分達は先に婚約者としての枠組みを作られた上での関係だったからかもしれなかった。

「ルルーシュ。・・・好きだ」

これは本気の気持ちなのだ。 一目惚れから始まったこの恋が、最初で最後の生涯にわたる愛になる。 でなければなんのために、自分はルルーシュの騎士になると、いうのだ。



I want my LOVE back
14. 君を愛す



「・・・まどろっこしい」
「ナナリー?」
珍しく眉を顰めたナナリーに、スザクが訝しげに話しかける。 見えない目をスザクに向けながら、ナナリーは口を開いた。
「とっても、とぅってもまどろっこしいです。スザクさんも、お姉様も」
「ナナリー?」
「わたしは、スザクさんをお義兄様とお呼びする準備なんて、五年も前から出来てるのに」
その言葉に顔を真っ赤に染め上げ、慌てたのはスザクだ。 あわあわと手をうにゃうにゃと顔の横で動かし、どうにかしてナナリーに口を閉じてもらおうとしている。
「ななななななななりー!」
慌てたスザクの声を冷静に聞いたナナリーが、ゆっくりとスザクの言葉を反芻する。 ゆっくりとな、な、な、な、な、な、ななりー、と数えると、外れたのか良くわからないボケをかました。
「スザクさん、えーと、なが六個多いです」
そういうことじゃなくって!
「さっさと告白してください」
一瞬、ナナリーが泣きそうに顔をゆがめた。
「さっさと告白してしまえばいいんです、スザクさん。お姉様は、来年には十六歳になります。 スザクさんを騎士様に出来るんです。なのに、なんで気持ちを言っちゃわないんですか」
さらさらと、風が、そよぐ。 車椅子の、膝にかけてあったひざ掛けを肩まで上げてくるまりながら、ナナリーが言った。
「愛してます、スザクさん。愛してます、お姉さまを。ナナリーは、お二人のこと、ほんとにほんとに大好きなんです。 仲がよくって、幸せそうなお二人が大好きなんです。愛してるんです。」
ナナリーが、手を伸ばす。 包み込むようにとったスザクの両手を、ナナリーが力を込めて、握った。
「愛を隠そうと、しないで。言葉にしないと」
でないと離れていってしまうから。 チャンスのあるうちに、手の届くうちに。


暖かい、図書室。 何度も、何度も。 深紅の柔軟なソファに腰掛けて、本を読むルルーシュを見てきた。 見るたびに読む本が変わっていた。 ニュートンの理論だとか、アインシュタイン相対性理論だとか、 タイトルの一文字目ですでに理解できないような本を読んでるルルーシュだって、ずっとずっと見てきたのだ。 そのソファで、自分は今、ルルーシュに告白というやつを、している。 目の前のルルーシュは真っ赤で、身をよじるけれど、その両手を掴むことで止める。 暖かい手だ。 細くって、白くって、すべすべしていて、自分とはどこかしこも違う、女の子らしい、手。 この手を守りたいと、何度も思った。

「す、スザク・・・」
「本当は五年も前に言うべきだったんだ。ブリタニアに来るときに言えばよかった」
でも、あの時はなぜだか知らないけどいえなかった。 何でだろう。
「俺はずっとルルーシュのことが好きだったけど、一度も言ったこと、なかった。なんでだろうって考えてて。 でも、そしたら、俺達は最初から、婚約者って形で会ったんだと、思い出した。 俺達の根底には必ず『婚約者』という言葉があった。 だから、きっと俺は、お前に好きだと告げなくとも、俺の気持ちをわかってくれると思ってたんだ」
少しずつ、ところどころどもりながら紡がれていく言葉に、最初は困惑していたルルーシュが真剣に聞き入った。 うん、と所々うなずきながら相槌をうってくれるルルーシュに助けられるように、スザクが更に言葉を紡ぐ。
「一目惚れ、だった。一目惚れなんて信じてなかったけど、ホントにほんとにルルーシュがすきになったんだ」
「・・・う、ん」
「何でだろうって考えてて。何で俺、ルルーシュのこと好きになったんだろうって。 一目惚れなんて信じてないのに、なんでルルーシュのこと、五年も好きで有り続けたんだろう、って」
「うん」
はずかしい。 はずかしい、と思う。 ルルーシュの気持ちについて語ったことなんて、ナナリーに話したりしたこともあったから初めてではないけれど、 ここまで正直な話は本当に、したことがなかった。 だって、自分の中のルルーシュへの想いは確固としすぎていて、今更理由など考えもつかなかったのだ。 でも多分、好きなのだろう。 どこが好きかと聞かれて迷うということは、明確にあらわせないほど、そう、全てが愛しく想うのだと、思う。
「・・・俺。俺、は」

十歳になる夏の話。
二人の皇女に出会った。 一人は自分の婚約者である、とってもきれいな女の子。 もう一人はその女の子の妹である、とってもかわいい女の子。 一目惚れだった。 きれいなその女の子の、ルルーシュの、アメジストの瞳に映るだけでどきどきした。 何でもないことで微笑んでくれる笑顔にどきどきした。 転びそうになったときに支えてやったときに、ありがとう、といってくれるそのキレイな声にどきどきした。 年ゆえか体格もそう変わらないのに、良くみると、触ってみると、自分の方が大きい。 ごつごつしてたりする。 ルルーシュのはほっそりしてて、やわらかくて、白くて、なんだかとっても甘い、お菓子のようなものにみえてくる。 お母さんの話を聞いたときに、やっぱり自分はどんなことがあってもルルーシュのことが好きなんだなぁ、と思った。 だって、マリアンヌ様、の話を聞いたときに、 真っ先に思ったのはルルーシュやナナリーがかわいそうだとかそういうのじゃなくて、 愛しい、守りたい、二人は、美しい顔をして、辛くはないんだろうかとか、とにかく二人を案じるものだったから。 ルルーシュのナイトになりたいと、思った。 想った、のだ。

十一歳になる春の話。
だんだん、どんどん、ビスマルクさんのおかげで強くなっていく自分に、自信が出てきた。 この調子なら、きっとあと五年経つころには、ルルーシュの騎士としてふさわしいだろうと、そう、思って。 一度ルルーシュのお姉さんであるコーネリアさまの騎士だったギルフォードさんに、聞いたことがあるのだ。 どれだけがんばりましたか。 どんな気持ちでしたか。 そう聞いたときのギルフォードさんの答えが、あまりにかっこうよくて。 ああ、こんな騎士になれれば、と思ったのを良く覚えている。
『姫様が、騎士をお選びになるときに。弱い私では、選んでいただけないかもしれないから。 忠誠もあったけれど、やはり強さが欲しかった。 姫様のこころも、身体も、魂も、全ての苦しみから守る騎士になりたかった』
ルルーシュが、あと五年、16になったときに、弱いままでは選んでくれないかもしれない。 そう思ったらぞっとして、自分にルルーシュとナナリー以外の居場所などないのに、 そばにいられないなんて、と想像するだけでも絶望が身を襲った。 その頃、だったら日本に帰ればいいという考えは一度も浮かぶことはなかった。 ルルーシュと、ナナリーのそばは当たり前で、俺の居場所で、それ以外の何物でもなくて。 そばにいたいと思った。 そばにいさせてほしいと、おもった。 好き、じゃなくて、愛してる、という言葉を知ったのは、ルルーシュが、俺の11歳の誕生日に、 まぶしいほどの笑顔で、おめでとう!と祝福してくれたときだった。 頬に贈ってくれたキスが、今でも忘れられない。 好きだ、ルルーシュ。 いや、違う。 愛してる、ルルーシュ。 愛してるなんて言葉ははずかしかったけれど、でも、あいして、いる。

十二歳の冬。
声がかすれて、上手く声が出せなくなった。 冬だったからと思ったけれど、冬が過ぎても声のかすれはおさまらなくて、 咲世子さんにそれは声変わりなのだと教えてもらった。 現に時間が経つにつれ、自分の声は低くなっていって。 ルルーシュの声は相変わらず高いのに、自分の声ばかりが低くなっていって。 ルルーシュが十二になって数ヶ月経つと、アリエス宮にいる全員が浮き足立った日があった。 ルルーシュにしょちょう、というモノが来たと聞いた。 それが何なのか良くわからなくって、アリエス専属の医師に聞いて、後悔した。 でもそれは、紛れもなく、俺とルルーシュが一歩ずつ大人に近づいていっているということで、 それは自分とルルーシュのともに過ごしてきた時間の長さをあらわしていて。 段々と、色香を漂わせるようになったルルーシュにどきどきして、 ルルーシュにどきどきすることなんて今更なのに、どきどきしたのだ。 嬉しいだとか、悲しいだとかよりも、戸惑いが、大きかった。 自分はやっぱり男以外の何物でもなくて、ルルーシュは、女の子で。 どうしよう、どきどきが止まらなかった。 好き、だ。

十三歳。
身長が伸び始めた。 ルルーシュよりもほんの少し、ほんの少しだけ小さかった身長が、二センチも、ルルーシュよりも高くなって。 どきどきした。 だんだんと、ルルーシュを守れる身体になっていく自分に、今度はルルーシュじゃなくて自分に、どきどきした。 ルルーシュの身体は段々と丸みを帯びて来て、ああ、これが女の子なんだなぁって思ったら、 どきどきして、どきどきして、ああ、守りたいなぁって思った。 ルルーシュが、自分を選んでくれたらいいと思った。 選んで欲しいと、自分を見てくれていたらいいと、思った。

十四歳。
十歳の時に三人で撮ったビデオを見た。 自分のあまりの小ささにびっくりどっきりした。 なんで、自分はこんなに小さいんだろう。 こんなちっさいクセに、ルルーシュを守りたいと、思ったんだろうか。 声が高い。 自分はこんなキンキンした声をしていたのか。 隣にいたルルーシュは、スザク、かっこよくなってるな、なんて頬を染めて言ってくれるものだから。 どきどきして、抱きしめたくなって、キスを、したくなって。 なんだかズボンがきつい、気がしたものだから、見てみたら、なっていて。 ルルーシュ相手になんてこと!と自分で自分に絶望してけれど、 ああでも、それぐらい、ルルーシュのこと、好きなんだなぁっておもったら、もう。

もう我慢なんて出来ないのだ。 きっと、騎士になるまでルルーシュへの気持ちにふたをしておこうと、ルルーシュには決して伝えまいと、 無意識に自制していたのだ。 けれど、紙のような忠誠心を持っているようにしか見えない自分を、どうしてルルーシュが騎士にしてくれるというのだ。 自分のすべてをルルーシュに曝け出して、自分のすべてをルルーシュに捧げて。 そこから、すべてが始まるというのに。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが好きです。 皇女じゃなくて、一人の女の子として、ルルーシュが、好きです。愛しています。」

つ、と流れたルルーシュの涙を指で拭って、そのまま指に口付けるようにしてなめとった。 ソファから降りて膝をつけば、ちょうどルルーシュの顔を見上げる形になる。 なおも美しい雫をこぼすルルーシュの瞳をジッと見つめて、頭を下げた。 省略した、騎士の忠誠を捧げる。 この五年、もうすぐ六年、ずっとルルーシュを夢見て練習してきた、騎士の、忠誠。
「ルルーシュを、何よりも、愛しています。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下。 俺―――私を、騎士にしていただけますか」
ゆっくりと、しずかに、その手の甲に口付ける。 そして離そうと思った手はルルーシュの両手によって絡めとられて、指先にちゅ、と口付けが贈られた。
「・・・喜んで、スザク。私も、ずっとずっと、好きだった。―――私の、騎士様」



ルルーシュ。・・・スザ、ク。

2008年10月12日