心臓がうるさいくらいに高鳴っている。 どきどき、どくどく。 目の前にあるルルーシュの首筋から香りが、ルルーシュは香水など何もつけていないはずなのに香ってきて、 思わずスザクは頬を赤らめた。 ぎゅぅ、と目の前の身体を抱く力を強める。 ソファに並んで座りながら、ルルーシュの腰と肩に腕を回していたいぐらいに抱きしめるのは、 なんだかちょっとだけ居心地が悪い。 けれどそれを理由に抱擁を解こうと思わないのは、 きっとルルーシュが安心しきったように身体の力を抜いてくれているからなのだろう。 眼を伏せ、コトリとスザクの肩に頭を預けたルルーシュは、 その両の手をスザクの年の割りにがっしりとした胸板に落ち着かせている。 自分が好きだから、自分を信頼してくれているからこその安心感なのだと思うと、 とたんにスザクは恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくなって、さらに抱く力を強めた。 鼻をうずめた首筋から香りがする。
なんでこんなに、頭のてっぺんからつま先までキラキラしているような女の子が、 自分のような男を好きになってくれたのだろう。 そう考えはじめると不思議だ。 どうして、どうして。 ルルーシュは、とても、とっても、魅力的なのだ。 そのアメジストの瞳も桜色の唇も白雪のような肌も鳥の濡れ羽色の長髪も、 ほっそりとした身体も香る香りも立ち振る舞いも言葉も声もなにもかも、スザクを魅了してやまない。 けれど、自分はなんにもないのではないか。 ルルーシュを守れるだけの力があるだけで、きっと、ルルーシュが惹かれてくれるようなものはなにも。 もしかして、自分は気持ちを押し付けてしまったのだろうか。 自分が好きだといったから、ルルーシュもスザクが好きだといってくれたのだろうか。 いざそう考えてみるとなんとも悲しくて、スザクはゆっくりと顔を上げた。 五月の若葉のような新緑の瞳をたたえたスザクが、怠慢な動きでルルーシュと視線を合わせる。 スザクの胸に手を当てて顔を上げたルルーシュが、とろんとした表情で小首をかしげた。 ゆっくりと、こつんと、額をあわせる。 少し角度を変えて額をこすり合わせながら、スザクはルルーシュとの吐息が絡むのを感じた。 キスを、してもいいのだろうか。 本当はしたいけれど、果たして自分がルルーシュのファーストキスを奪ってもいいのだろうか。
「ルルーシュ・・・」
スザクは切なげに言葉を発して、そのままルルーシュの耳元に小さく口付けを落とした。 小さくルルーシュの身体がこわばったのがわかった。 ルルーシュの肩に頭をうずめて、息を大きく吸い込む。
「ルルーシュ」
「・・・なんだ、スザク?」
抱く力を込めた。
「ルルーシュは・・・ルルーシュは、何で俺のこと、好きなの。なんで好きになってくれたの」
ルルーシュはなんというだろう。 スザクが好きだといってくれたから? それとも、自分の騎士となるべくがんばっている人間だから? それとも、それとも、ナナリーが気に入っている人間だから?
「スザク・・・」
「答えて、ルルーシュ」
またコツン、と額をこすり合わせる。 懇願するように瞳を伏せたスザクにつられるように、ルルーシュが目を伏せた。 桃色の唇が、ひっそりと、小さく息をつく。 二度、三度、ゆっくりと、しかし深呼吸にはならない程度の呼吸。 スザクもそれには気付いていたけれど、あえて流した。 ルルーシュが口を開く。 そっと、そっと。
「十二の、秋・・・・」
「うん」
「クロヴィス兄様の、舞踏会が冬に開かれることになって、」
「うん」
「お前は、ダンスが、踊れなくて・・・」
「・・うん」
「私の一番お気に入りの、温室が見える、ガラス張りのフロアで、お前のダンスの練習をすることになって・・・」
「うん、」
「その日は、夜で、満月で・・・。スザクも、ようやく足を踏まなくなって」
「・・・うん、ごめん。きっと、痛かった」
「一つのステップが、一つのターンが成功するたんびに、お前は笑って」
「そう?」
「お前は、嬉しそうで・・・。 リードなんて、全然出来てないくせに、嬉しそうで、楽しそうで、キラキラ、してて・・・」
「きっとルルーシュがいたからだね」
「曲を、はじめから流して、初めて完璧に踊れたときに、スザクは、嬉しそうで、私を、抱きしめて、くれて」
「・・・うん」
「その日は二人で、フロアのソファで寝たの、覚えてる?」
「覚えてるよ。ルルーシュが綺麗だった」
「・・・そのときに、スザクが、」
スザクがそっと伏せていた目を上げた。 あけてみればルルーシュのきらきらと輝いている水晶が目に入ってきていて、 ルルーシュはずっと自分をみていてくれたのだろうか、と思う。 二人の距離が、縮まる。 鼻が触れた。
「・・・スザクが、私の大好きな母様譲りのこの髪を、」
上唇が触れた。 そこで漸く、ルルーシュが頬を赤らめた。 目を伏せて、静かに伏せた瞼の端から水滴が零れ落ちた。

「『ルルーシュの黒髪は、とても綺麗だ』と、言ってくれたのが、すごくすごく嬉しかった」
肩にまわした手を首に当てた。 ほんの数ミリしか離れていなかった唇を触れ合わせた。

「好きだよ、ルルーシュ。好きだ。好きだ、好きだ。」


好きだ好きだ好きだ。


I want my LOVE back
15. 君を照らす満月



「愛してる」
「私も。・・・愛してる」



吐息を絡んだファーストキスは、レモンの味などしなかった。 けれど幸せの香りがしたのは、今でもよく、覚えている。

2008年10月21日