長い夢を見ている気がした。
ついに雪も降り始めた寒い日だ。
今年もブリタニア臣民は美しいホワイト・クリスマスを過ごすことになるのだろう。
そのクリスマスよりも二十一日早いこの十二月四日は、ルルーシュの誕生日の前日である。
皇室中が皇帝のお気に入りである皇女のバースデーパーティーと、それに伴って行われるスザクの就任式で大忙しだ。
そっとアリエスの自室の窓辺による。
ナイトガウンをそっと羽織って、窓辺に備え付けてあるソファに腰掛けた。
外は一面白銀の世界で、幽霊のように窓に映る自分の顔を見つけたスザクは、そっと息を吐いてそれを消した。
I love you, あい、らぶ、ゆー。
きゅ、と気持ちのいい音を立てながら、英語と日本語で書いた愛の言葉。
送り先は言わずともわかっている。
ふと視線をずらして、右の扉だけ開け放たれているクローゼットを見遣る。
扉のハンガーに掛かっている純白のそれを見て、スザクはゆっくりと窓辺から離れてクローゼットに歩み寄った。
自分が明日、袖を通すことになる騎士服だ。
本当はルルーシュと同じ黒が良かったけれど、でもルルーシュにスザクは絶対に白が似合うと押し切られてしまった。
けれど黒と白で対比になっているからこれもいいかと次第に脳は考え方を変えてしまった。
つくづくルルーシュに甘いと思う。
「明日・・・なんだな・・・」
明日の正午に始められる専任騎士就任式には、日本の代表としてスザクの両親、
京都六家の桐原と日本皇族代表として神楽耶も、そしてその護衛として藤堂が来てくれることになっている。
その後そのまま披露宴と称して昼食を兼ねたパーティー、夜六時からは一晩を通してのルルーシュの誕生会だ。
「明日になったら、ルルーシュの」
ルルーシュの騎士になる。
長かった。過ぎ去っていった時間の中で感じたときは恐ろしく早く思えたけれど、
今となってはとてつもなく長くなったと思っている。
ルルーシュとナナリーと出会って六年。
最初の一年だけで、とてつもなく壮大な人生の転機が訪れてしまった。
けれどそれを後悔したことは一度としてないし、むしろ六年前の夏の日、
この決断をした幼い自分を褒めちぎってやりたいくらいだ。
(色んなことがあったなあ・・・)
自分は遠く離れた故郷から離れ、大好きな女の子のために一生を捧げることを決めてしまった。
一年。二年、三年、四年・・・ずっとずっと、頑張って。
そしてすっかり力もついた五年目で想いが通じ合って、そこからまた、幸せな一年が過ぎた。
ルルーシュの十六歳の誕生日を明日に控えた今晩は、ルルーシュのために努力してきた、
騎士ではない枢木スザクの最後の夜となる。
―――コンコン。
「―――スザク?」
「ルルーシュ?どうぞ」
ドアの向こうから聞こえてきた、酷くなじみにある声に一声かけて、スザクはそのドアを開けた。
目の前に立っていたのは緊張した顔でネグリジェを掴んでいるルルーシュで、
目で入ってもいいかと聞くルルーシュに、スザクはすぐさまその手を取った。
この六年で自然と身についてしまったリードの作法は、もう気にしなくても行える。
部屋に入ってもらうために自然と取ってしまった手は優雅に部屋の中へとリードして、
もう夜も遅くて眠いだろうから、と簡単に身を横たえることが出来るベッドへと落ち着いた。
「どうしたの、ルルーシュ?」
夜も遅いのに、と心配そうな顔をするスザクをみて、それまでずっと強張った顔をしていたルルーシュが苦笑した。
「緊張して眠れなくって、明日、ついにスザクが私の騎士になってくれるのかと思うと嬉しくって」
ベッドの上に座っているスザクの方へと体をずらして、肩口にそっと額を当てる。
首と方の間にあるくぼみに頭を預けるような形になって、ルルーシュはほうと息をついた。
その瞬間走った電撃を、スザクは図り知ることができなかった。
「スザクの顔が見たくなって。触れたくなって」
気づいた時には、ルルーシュの肩を掴んでいた。
「す、・・・スザ、ク?」
目の前のルルーシュは困惑しきっていて―――当然だ。スザクは今まで、
一度としてルルーシュに対して乱暴な手段に訴えてきたことはなかったのだから―――
ああ、力が強いんだなと思ったけれど、スザクはそんなこと気にしてはいられない。
だってルルーシュが、今この瞬間、なんだか今まで以上にキラキラした生き物に見えてきてしまったのだ。
顔なんて熱くて、ルルーシュと見詰め合っているこの瞬間でさえ今のスザクには卒倒するほどの強烈さだった。
「・・・ルルーシュが、欲しい」
ポロリと、自然と出てしまった言葉は回収するには遅すぎて、スザクは頭の奥底の片隅で焦ったけれど、
でももう止められないとわかっていたから、スザクは絶句して固まっているルルーシュをよそに、ただ口を動かした。
「ルル、ルルーシュ、好きです、」
ゆっくりと額、耳たぶ、目じり、頬にキス落としていって、
少しでもルルーシュの硬直を解ければいいと、スザクはそっとルルーシュを抱きしめた。
ルルーシュは、欲しいの正確な意味をわかってくれているだろうか。
どもりながら紡ぐ愛の言葉はとても子どもっぽくて、スザクはなんだか泣きたくなってしまった。
でも本気の気持ちにうそはない。
「ルル、君をください」
他のカッコイイ紳士だったなら、女性をとりこにするような綺麗な愛の言葉を紡げるのだろう。
けれどスザクにはそれは無理で、スザクは自分の気持ちを素直に伝える以外の方法を知らなかった。
「ルルーシュが好きです。十五歳の時に言ったけど、でももう一度言います。
ルルーシュが、好きです。愛してます。」
去年は騎士の誓いだった。
ソファに座るルルーシュの前にひざまずいて、騎士の許しと愛を請うた。
見事答えてくれたルルーシュは泣いていて、とてもとても綺麗だった。
ああ、この瞬間のために自分は生きていたのだと断言できるほどには綺麗で。
けれど今回は違う。
今回は愛の誓いなのだ。
許してくれるだろうか。
許して欲しい。
だってルルーシュに愛を誓ったスザクを愛してくれたのもまた、ルルーシュなのだから。
「ルルーシュを、何よりも、愛しています。ルルーシュ、ルルの全てを頂戴」
懇願する。
ルルーシュ、ルルーシュ。
どうか答えて。
「ください・・・」
愛しているのですから、
I want my LOVE back
18. You're mine.
「・・・・・・馬鹿、だなぁ、スザク」
ふと、一年前聞いたナナリーのようなセリフが上から降りかかった。
ゆっくりと頭を上げると、ルルーシュが笑っていた。
涙で歪んだ、嬉しそうな笑顔で。
「私はとっくに、お前のものなのに」
そして二人して、ゆっくりとベッドに倒れた。