「枢木はいるか」
アポイントもなし、前触れもなし。まるで嵐のように荒々しくラウンズの詰所に訪れたコーネリアは、開口一番にそういった。後ろにいるユーフェミアがびくびくしながらコーネリアのマントを掴んでいるのを見て、まるでいじめられたひ弱な弟が勇ましい姉にいじめっ子を倒してもらいに来たようではないか、とスザクは一昔前の漫画を思い出した。 憎々しげにソファに座っているスザクをにらみつけたコーネリアの眼光にもひるまず、 悠々と立ち上がって優雅に礼を取って見せたスザクへの苛立ちが倍増し、コーネリアはさらに憤った。
「・・・なんでしょう?」
「っ・・・貴様が、我が妹に暴言、並びに暴行を加えようとしたと聞いている。 それについての弁明や謝罪が、一週間経った今でも全くない。これはどういうことだ!」
「自分がユーフェミア皇女殿下に対してそのような事は必要ないと判断した結果ですが?」
「っ・・・・・貴様!いくら貴様が陛下の騎士といえども、我ら皇族に対してなんたる無礼か!」
淡々としたスザクの言葉と、 その言葉に傷ついた顔を見せたユーフェミアの顔両方を加算して怒りを爆発させたコーネリアは、 腰に下げていた剣をすばやく抜き取り、そしてそれをスザクに振るった。 風を切って振り下ろされたそれは、これまたすばやく剣を抜いたスザクによって受け止められている。 表情一つ変えずにコーネリアの刃を受け止め続けているスザクは、 コーネリアの怒りに対して何の恐怖も抱いていないようだった。

「―――何事だ?」

しばらくにらみ合いを続けていた二人と、傍観を決め込んでいたラウンズ、そしてユーフェミアの耳に、 深く張りのはる威厳に満ちた声が届いた。 ビスマルクによって開かれた重厚な扉をくぐっていた人物に、コーネリアが驚愕の色を見せる。
「へ、陛下!」
現れたシャルルに慌てた皇女二人をよそに、スザクはシャルルの姿を見止めた瞬間に剣をしまい、跪いて頭を垂れた。
「―――コーネリア。何故ここにいる」
「・・・陛下の騎士が、我が妹を面と向かって侮辱し、暴行を加えようとしましたが故、」
「ほう?それは真か、枢木よ」
楽しそうに口の端を上げたシャルルの返した掌によって顔を上げたスザクは、 ちらりとユーフェミアの方を見遣ってから立ち上がり、うなずいた。
「はい」
「貴様・・・!」
恐れることは何もないというようにその事実を認めたことに、コーネリアが再び剣を上げようとする。 しかしそれを片手で制したシャルルがユーフェミアの方を向き、愉快そうに笑いながら詰所の中でも誰も座らない、 一番重厚なソファに身を沈めた。
「ユーフェミアよ。お前は枢木に何を言った?こやつがそう簡単に皇族に手を上げるとも思えぬ」
「あ、えっと・・その・・・」
父であるシャルルに話しかけられたユーフェミアが、慌てたように口を開く。 しかし中々出てこない言葉にまた慌て、視線をさまよわせながら指を絡めた。
「す、スザクに・・・わたくしの騎士にならないか、と・・・」
「ほう?我が騎士を?」
「え、えっと・・・わ、私、スザクのことは一年以上前から知ってますし、 スザクも、その、私と・・・・・その、方がいいんじゃないかな、と思いまして・・・あの、」
しどろもどろに話していくユーフェミアの『理由』に、スザクが苛立つ。 ポーカーフェイスを保ったままユーフェミアをにらみつけるスザクの怒りに気づいたのは幼い頃からのスザクを 知っているシャルルとビスマルクだけで、他の面々はユーフェミアとスザクを交互に見ていた。
「・・・枢木よ。お前はそれでこやつに手を上げたか?」
「・・・いいえ」
「では何故?」
未だ愉快そうに笑っているシャルルに視線を合わせ、スザクは息を少しはいた。 言葉を選ばないと、この皇帝は憤り、下手するとユーフェミアを殺すかもしれない。 その事実にまた気づいたビスマルクがそっとシャルルの後ろに回る。
「・・・皇女殿下が、・・・・・我が主と、その死を侮辱しましたが故」

スザクの発した言葉に、コーネリアがハッとユーフェミアを振り返る。 その言葉を、シャルルに言ってはならないと知っていたから。 ゆるやかに見開かれていくシャルルの瞳がユーフェミアを捕らえる。 険しさを含んだそのにらみに身を竦めたコーネリアが、何とかユーフェミアの保身を図れないかと考えた。
「ビスマルク」
「はい」
「こやつはなんと言った?」
辛辣さを含んできたシャルルの声音に、ビスマルクが反応する。 ユーフェミアを指したシャルルの問いに一瞬ためらいながら、ビスマルクは答えた。
「・・・『ルルーシュはもう死んでいるのだから、私の騎士になってもいいだろう』と」
「殴らなかったのか」
「他のラウンズ達が止めました」
「・・・愚かな者どもが・・・・そのまま、枢木にユーフェミアを殺させれば良かった物を」
「・・・!!!」
恐怖に顔を染めた姉妹を見たシャルルが良くやったとばかりにスザクの肩に手を置いた。 そっと目を伏せたスザクがうなずく。
「ビスマルク」
「はい」
「ユーフェミアの継承権を、末端まで下げろ」
「イエス、ユアマジェスティ」
「っ・・・お、お待ちください、陛下!」
慌てたコーネリアが呼び止めるけれど、シャルルはその言葉に振り返りもせずに扉を出た。 床にへたり込んだユーフェミアの肩を抱いたコーネリアが、憎らしげにスザクへ視線を投げる。 暴言をはかないのは、ユーフェミアの失言がどれだけの影響をもたらすか知っていたから。



「ヴァルトシュタイン卿。 最近良く耳にするルルーシュ皇女とは、どういう方なのですか?枢木卿と何らかの関係が・・・?」
ラウンズ全員が気になっている事を、面と向かってビスマルクに問うたモニカに、他が賞賛の視線を送った。 スザクはここにはいない。
ソファの背もたれに背中を深く預けたビスマルクが、頭上を仰ぐ。深く息をついてから、ビスマルクは顔を上げた。
「・・・そうだな」
ビスマルクが所持している携帯から端末をモニターに繋ぐ。 少し操作してから現れた一枚の写真に、全員が息を呑んだ。
その写真には、深い紫のドレスを身に纏った、美しく笑みを浮かべる美少女と、その手を取って微笑んでいる、 真っ白な騎士服を纏っているスザクが、いた。

「こちらの方が、陛下が最も愛するルルーシュ第三皇女殿下だ。 ―――枢木は、ルルーシュ殿下の騎士だった。恋人でも、あった」



I want my LOVE back
19. ねえ、今でも愛してる



スザク。

―――スザク。

「これより、神聖ブリタニア帝国が第三皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下の騎士就任式を執り行います」



―――待ってる。

ずっと、待ってる。



―――スザク

2008年12月21日