「亡くなられたのは、確か半年前、ですよね」
 モニターに映る美貌にほうと感嘆のため息をつきながら、モニカは確認するように訪ねた。
「ルルーシュ皇女殿下といえば、太陽宮と宰相府との連絡、枢機院、日本との外交渉・・・あまり目立った動きをする方ではありませんが、要所要所で大事な物事を任せられるお方だと聞き及んでいます」
 ラウンズ内で唯一、ビスマルクを除いて非直接的戦闘・・・いわば作戦行動指揮などで、皇帝に同行する事のあるモニカらしく、彼女はあまり表立って知られていない皇女の活躍も耳にしているらしかった。
「そうだ。名前はともかく、お顔だけならばお前達は全員知っている筈だな。我ら騎士がすべからず尊敬の意を捧げる、『閃光のマリアンヌ』・・・彼女の長子であらせられるお方だ。陛下の覚えめでたく、若干十歳にして枢機卿の地位を陛下から頂戴した、とても優秀な・・・・とても、優秀で・・・心も・・・すべてが、お美しい・・・・お方だった・・・・・」
 懐かしいのか、一字一字噛みしめるように発した彼の声音には悲哀が混じっていた。
 ふう、と大きなため息をつき、背もたれに身体を預ける。ぴ、と再び端末を操作して、ビスマルクはいくつかの写真をモニターにアップした。


「2010年、八月ーーー殿下は妹君であるナナリー皇女殿下と共に、表向き留学という形で友好国・日本へとわたった。実際には、世界最大のサクラダイト輸出国である日本との、先の『不用意な』確執を避ける為に、あちらの日本皇族に一番近い男子との婚姻を結ぶためでな・・・その婚約者というのが、スザクなんだ」
 驚きの声が上がる。それらが一旦やむのをまってから、ビスマルクは続けた。
「スザクは、日本の前総理大臣、枢木ゲンブ殿の長子で、母方の従妹を内親王に持つ、ブリタニアで言う所の大公爵の家の出でな。勉強は得意ではないが、頭は回るし、武術にも精通していて、殿下とも同い年という事で、婚約者に選ばれたんだ。」
「子供同士という事もあって、ナナリー殿下を含めた三人は仲良くなって・・・この時点で愛が芽生えた訳ではなかったらしいんだが、ともかく、本当に仲良くなられたんだが、事件が起きてな。ブリタニアの過激派がルルーシュ殿下を襲撃するという事件が起きて、護衛に当たってくれていた日本側にも幾ばくかの被害がでてな。報道は最小限に押さえたが、なにぶん派手な物だったから両国とも何も無かった事にするのはできずに、婚約は解消、和平条約を改めて結び、ルルーシュ・ナナリー両殿下は帰国という事になった。・・・・その際、枢木少年は、『俺がルルーシュとナナリーを守る』、と心に決めたらしく・・・・政治的な意味合いは全く含まず、スザクはただ一人の男として殿下達と共にブリタニアにわたった。ルルーシュ殿下が16となるその日に、騎士を拝命する事を夢として」
「十歳から、十六歳まで・・・この六年の間に、スザクとルルーシュ殿下は、子供の親愛から、徐々に時間をかけて、苦しく醜く、美しく高尚で情熱的に愛を育んだ。15の冬、想いを結ばれたときいている」
「俺はスザクがブリタニアに来た時からずっと、彼の教育係でな・・・実に将来性のある男だと感じた。当初は日本とブリタニアの文化の違いに戸惑ってもいたが、彼の覚悟は壮絶たるものだった」


 ふう、と再び大きな息を吐いて、ビスマルクは一旦話を切った。彼も、思い出すのは未だにつらいものがあるのだろう。いつの間にか用意された暖かい紅茶の入ったティーカップを傾けて、彼はゆっくりと再開した。


「スザク・・・・枢木とナナリー殿下はルルーシュ様が亡くなられた後、一ヶ月間アリエスの敷地から一歩も出なかった。客人も受け入れず、敷地を跨ごうとする人間には容赦なく枢木の攻撃が襲い掛かった。それはまるで全てをアリエスからシャットアウトするようにも見えた。これ以上失ってたまるか、という、守護者としてのプライドのようにも思えた」
 目を伏せて、思い出す。あのギラギラした、猛獣の様なスザクの瞳を。
 葬儀の日以外は、皇帝でさえも敷地を跨がせようとしなかった。


「・・・それほどまでに、姫君を愛していた、ということでしょう?何故・・・ラウンズに?」
 ジノにはまだ、自分の命と生涯をかけて誰かを愛すという事は解らない。彼はまだ十七歳だし、今は愛よりも戦いの中に身を置くほうがよほど刺激的で命が震える。けれども、スザクのあの瞳を見ていると、背筋が震えあがった。誰か一人を愛するとは、ああいう事か。ジノの動物的本能にすら訴えかけてくる程の熱情を感じさせながら、それでもスザクはラウンズに入った。スザクがナイトオブセブンを襲名したのは半年程まえであるから、ビスマルクの話の通りならば、スザクはアリエスに篭った一ヶ月程で、皇帝に申し入れたという事になる。
 ルルーシュを愛しているのではなかったのか。
 愛しているのならば、騎士であったのならば、何故?
 そんな思惑があって訪ねると、ビスマルクは緩く首を振った。
「・・・私も詳しくは知らない。だが、殿下は死ぬ間際に枢木にいくつか約束させたらしい。その一つがラウンズ襲名、とは聞いた」

「先ほども言ったように、枢木はもうこれ以上失ってはいけないとでもいうように、一ヶ月もの間アリエスを全ての要素からシャットアウトしていた。もしかしたらそれも約束の一部なのかもしれない。」
「約束・・・」
「命令かもしれないな。枢木は言っていた。『ルルーシュは、最後の最後で僕の反論を許してくれなかった』、と。いつだって、少しでも枢木の意志を尊重していた姫だったのに」


「・・・あの、ぶしつけだとは解っているのですが」
 どれほどか、沈黙が空間を支配していた。会話を始めたモニカが、終わらせるのも自分だとばかりに、最後の質問をした。
「ルルーシュ殿下は、何が原因で、お亡くなりに・・・・?」
「・・・・・」

 続いた沈黙は、痛いものだった。ぐ、と息を詰まらせたビスマルクは、二度三度と瞬きをし、つめた息を吐き出し、しばらく頭を背もたれに預け・・・・そして、静かに呟いた。

「・・・・・・・何が、いけなかったのか。誰が、悪いのか。そんなのは誰にも解らない。全てはあの方の采配だった。ただ一つ言えるのは、あの方がもう戻ってこないということだけだ。」



 もう話は、これで終わりだと言わんばかりに、今度こそビスマルクは口を固く結んで、モニターの電源を落とした。



I want my LOVE back 2
02. Princess from some old Romance



・・・・あの日。



絶望と失望と悲しみに打ちひしがれた君が、崩れ落ちた瞬間、



僕が受け止められていたかどうかは・・・・・



・・・わからない。





ーーー思い出したく、無い。




But I still love you.

2012年5月18日