「藤堂先生」
ブラインドから薄く光が差し込む。 ブラインドの一つを引っさげていた指をはずして後ろを見れば、ゲンブがドアのそばに立っていた。
「・・・ゲンブ君か」
視線をそらし、部屋の端にあるソファに座った。 目の前のローテーブルとソファでは朝比奈と卜部が書類の整理をしている。 千葉に差し出された緑茶をすすって、藤堂は顔を上げた。
「ルルーシュ殿下は?」
「着替えてます。そうしたら一度租界と租界周りのゲットーを見て回ることになっています。 先生は他隊の指揮をお願いします」
「承知した」
「カレン、君にはホッカイドウ地区の視察を頼みたい。五番隊を連れて行ってくれ。零番隊はこちらにのこす」
「わかったわ」
紅蓮のメンテナンスを終えてラウンジに入ってきたカレンに振り返らずに告げる。 すぐさま帰ってきた了解の返事にようやくカレンの方を向いて、ゲンブは懐から取り出したチップを取り出した。
「これはホッカイドウ地区駐在の軍の情報だ。殿下の極秘専用コードも入ってる。パスワードは?」
「大丈夫、わかるわ」
「そうか」
濃紺のマントを揺らしてラウンジを回る。 普段ルルーシュが立つ、段差のある壇に立った。 こちらを見る幹部を見渡す。
「一番隊隊長、朝比奈。キュウシュウ地区視察。二番隊隊長、仙波。シコクの方を頼みたい」
「りょーかい」
「承知」
「俺は今から殿下の部屋へ行って、ゲットー視察のスケジュールを話し合う」
壇から降りて、用は済んだとばかりにラウンジのドアに向かう。 ゲンブ君、と引き止めた藤堂の声に足を止めて、ゲンブは振り返った。
「なんですか?」
「・・・スザク君の事だ」
「さあ?知りません。ただ一ついえることは、多分アイツのやろうとしてることは絶対に成功しない」



Mattare, piviere
3. da prima 【初めから】



照明を落としてあるためか、廊下は薄暗い。 ラウンジから出て右の方に進むと、セキュリティシステムを凝らした重厚な扉が最奥にあった。 扉の前までいき、隣にあるセンサーに手をかざす。 程なくして現れたモニターにすばやく静脈認証とパスワード認証を行い、開かれた扉から部屋へ滑り込んだ。
「・・・ルルーシュ」
「ゲンブ」
しゅるり、と音がする。 薄いドレープから映るシルエットでまだ着替えているのだと知り、部屋の中心に備えられたソファに身を沈めた。 数分して、ルルーシュの影が上着を羽織るところまで来た。 もういい、と告げられた声に身を上げて、クローゼットのそばまでよる。 今日の服に合わせたマントをハンガーからはずして移動し、ドレープをまくった。 中に身を滑り込ませる。 そばにあるかごに着ていた服をボンボン放り込んでいくルルーシュの後ろに回り、マントを広げた。 若干背中を丸めてマントに収まったルルーシュの体の前に手を回し、 マントを留め具で留め、そのまま手を腹に回して抱き寄せる。
「ゲンブ?」
「あんま無理すんなよ、ルルーシュ」
現れた首筋に顔をうずめ、少しだけ唇でなぞる。 頬を擦り付けるように顔をうずめれば、ルルーシュがゲンブの腕の中で力を抜いたのがわかった。
「お前が体調崩したりすると、俺がC.C.にどやされる」
「・・・無理はしない」
「無茶もすんな」
顔を後ろに向け、眉を下げたルルーシュの米神にちゅ、と小さくキスを一つ。 離した右手でそっと唇をなぞれば、ルルーシュが目を閉じた。 唇をなぞった手をそのまま頬に固定して引き寄せる。 そっと唇を重ねれば、ルルーシュが胸にゆるく置いていた手をゲンブの首に回した。 数秒で唇を離し、目じりにキスを落とす。
「・・・七年ぶりだった」
「スザク?」
「そう」
「出迎えの時はいなかったけどな」
「コーネリアに追い出されてた。あの人はブリタニア人とナンバーズをきっちりと区別するから」
首に回していた手を背中に回して、ルルーシュはほう、と息をついた。 ゲンブがルルーシュの背中と腰に手を回し、少し力を入れて持ち上げれば、ルルーシュの足が数センチ浮く。 その体勢のままソファに移動し、腰を下ろす。 ゲンブの膝に収まるように横抱きに座ったルルーシュが、再び腕を首に回す。
「ゲンブ・・・」
「ん」
「どうしよう」
「・・・」
「スザクがあそこにいるってことは、ブリタニアを中から変えようとしてるってことなんだろう?」
「出来ないと思うけどな」
「でも、でも・・・スザクは」
「・・・ああ」
「ゲンブさまを殺してる。それを公開してないよ」
顔を挙げ、額をこすり合わせる。 告げた内容は、スザク、ゲンブ、ルルーシュと、そして桐原だけが知っている秘密。
「スザクは、ゲンブさまを殺した責任を取って・・・日本に加担すると思ってた」
「多分歪んでんじゃねぇかな、スザクの奴」
「ユーフェミアに取り入ったのかな」
「あいつにそんな頭ないって」
「日本人が生きてるのは、ゲンブがブリタニアに人質と向かうのを受け入れたからなのに」
「・・・」
「なのに、なんでアイツは、ランスロットに乗って日本人を殺してるんだろう・・・」
もう一回だけ唇を重ねて、ルルーシュはするりとゲンブから身を離した。 そろそろ時間だった。 これから仕事モードに切り替えるのだから、迷いはいけない。 マントを調え、腕時計をはめる。 表情を切り替えて背筋を伸ばせば、同じように騎士の顔に切り替えたゲンブが斜め後ろに立った。
「行こう、我が騎士ゲンブ」
部屋を出、飛行艇のブリッジに出る。 枢機卿は実力主義。 人種も性別も、年齢さえも関係ない。 ブリタニア人が七割、他ナンバーズが三割を占めるこの「黒の騎士団」こそが、実力主義を掲げるルルーシュの騎士団だ。 すでにずらりと並んで二人を待っていた幹部が視線を向ける。 一列に並んだ幹部を目の前にして、ルルーシュとゲンブは口を開いた。 視察や作戦、何かをするときに口にする謳い文句だ。 枢機卿は、黒の騎士団は、決してその向かうべき道を違えることがあってはならない。
「私達は、最後の最後になるまで武力を行使しない。それが最低最悪の手段だと知っているから」
「人事を任される者として、清く正しく。政府の膿も軍事の汚濁も注ぐ」
「私達は皇帝陛下の直属。挿げ替える人材は必ずブリタニア人だ」
「しかし、必ず使える賢ある人間を雇用する。愚を冒す人間は不要だ」
「実力主義のこの世界は返られなくても、中身は少しずつ変えていける」
「今回の変革は、このエリア11」

「変革はたおやかに。緩やかに行っていく」



私達ははじめから、緩やかに王手をかけていく。変革は、少しずつ

2008年10月24日