「・・・久しぶりだな、スザク」
「ゲンブ、兄さん・・・」
同じ顔をした自身の片割れが目の前にいる。
七年ぶりの再会というのにはいささかぎこちない挨拶に、ロイドはただにんまりと笑ってみていた。
Mattare, piviere
4. wankend 【躊躇って】
朝からロイドはわくわくとしていて、奇妙なテンションを倍以上の奇妙さでくるくると特派の中を踊っていた。
「ロイドさん、なんでこんなにテンション高いんですか?」
ランスロットから降りたスザクがセシルの横に降り立ち、手渡されたタオルで汗をぬぐいながら聞いた。
お疲れ様、と言いながらペットボトルを渡したセシルが、ちらりと横目でロイドを見る。
「ああ、もうすぐ機密からの人が来るのよ。上手いこといけば、うちの予算も上げてくれるかもしれないから」
まぁ、それだけじゃないんだけどね、と苦笑するセシルにスザクが首をかしげる。
「機密のトップ・・・ルルーシュ皇女はね、ロイドさんが唯一気に入っている方なのよ」
「ロイドさんが・・・人間を?」
「そうなの」
どんな方かしらねぇ、といつものロイドを知っているだけに出てきた興味深々な言葉に同じくうなずいて、
スザクはロイドの方を見た。
一昨日、ブラウン管越しに見たあの二人は、確かにルルーシュとゲンブだった。
自分の双子の兄であるゲンブと、七年前の夏、友好の証として日本に送られてきた、ゲンブの婚約者であったルルーシュ。
同じ顔をした双子であるというのに、ほんの数分早く生まれたというだけでルルーシュの婚約者なりえたゲンブとは、
そういえば喧嘩ばかりしていたように思う。
きっと初対面でゲンブとスザクの違いを見分けたルルーシュに、ゲンブだけでなくスザクも恋慕の情を抱いていたのだろう。
何せ幼いときに亡くなってしまった母以外の誰もが、顔も声もそっくりな二人を見分けることなどできなかったのだから。
口を開けば二人とも言葉遣いは乱暴だったが、ゲンブの方はどちらかというとおとなしく寡黙で要領が良く、
黙々と何かをこなすタイプだったのに対し、スザクは明るく周囲を振り回したり、喜怒哀楽が激しかったりしたので、
たいていはその行動だけで周りの人間も見分けていたものの、
ルルーシュのように外見だけで区別をする人間は一人としていなかった。
だからこそスザクは当然とばかりルルーシュの隣にいるゲンブが気にいらなくて喧嘩を吹っかけたし、
ゲンブもゲンブでその喧嘩を必ず買っていた。
ブリタニアと日本の戦線が開かれ、そしてゲンブとスザクの祖父であった当時の首相・枢木ゲンブが自害したとき、
日本は早期降伏と友好の証として日本の正当な血筋である人間を一人人質としてブリタニアによこすことを決定した。
天皇の血筋であることが一番だったが、当時その筋の人間は皆老衰しており、
また若いのも内親王である神楽耶一人ということで却下された。
その代わり、神楽耶と真に血の繋がったいとこであり、キョウト六家に名を連ね、
現首相家の嫡子であったゲンブもしくはスザクが・・・という話になったのである。
その話を自らすることになってしまった、申し訳なさいっぱいの顔で謝ったルルーシュの顔を、スザクは良く覚えている。
そして、自分が泣き喚いて嫌がったその役を、それで日本人が少しでも助かるのなら、と二つ返事で了承したゲンブも。
あれが自分とゲンブの差なのか。
そう思って愕然としたときの自分の絶望は、今でも良く覚えている。
「っ・・・」
知らず知らずのうちに握り締めていた手を、そっと離す。
見れば掌には爪の跡がしっかりと残っていて、ほんの少しの血の跡を滲ませていた。
「・・・スザク君?大丈夫?」
「えっ?あ、はい!」
セシルの声に慌てて顔を上げれば、セシルが目の前でにっこりと微笑んだ。
「あと十分で枢機卿猊下がいらっしゃるから、シャワー浴びて軍服に着替えてきてね」
「はい」
言われるままにロッカールームへと赴き、シャワー室へと入って冷水を頭から浴びる。
段々暖かくなってきたお湯に少しだけ身震いをして、スザクは目を閉じた。
「いらっしゃぁあ〜〜〜〜いルルーシュさまぁ!枢木卿もどぉぞぉ!」
「・・・久しぶりだな、ロイド」
相変わらず高いテンションだとこで、と多少引き気味のルルーシュを気にすることなく、ロイドはくるくると踊った。
セシル君、おちゃあ!と叫びながらルルーシュの手を取り、緩やかに来賓のためのソファへと案内する。
アイボリー色のソファの中心に座ったルルーシュの後ろに、ゲンブが立ったまま控えた。
真向かいのソファにロイドが座る。
スザクはその後ろに立ってゲンブを見つめたが、ゲンブはまっすぐにロイドを見ていた。
意識はルルーシュにも向いていたのは言われるまでもなくわかった。
来賓用の美しいティーカップを四つテーブルに並べたセシルが、
テーブルの横にひざまずいて一つずつルルーシュのカップから紅茶を注いでいく。
ゲンブのカップに注ごうとしたところで必要ない、と丁寧に断ったゲンブに丁寧に微笑みかえして、
じゃあスザク君に、とカップをスザクの方へずらした。
自分の分の紅茶も入れ終わったところで、ロイドの隣に座る。
「お久しぶりです、ルルーシュさま!どうですか、うちのランスロット!」
素敵でしょう、素敵でしょう、と満面の笑顔で聞いてくるロイドをかるくいなして、ルルーシュはカップに口をつけた。
「ああ、素晴らしい。スペックはもちろんだが、外見がな」
「やっぱり!?ルルーシュさま、白いナイトメアがいいって前いってましたもんねぇ!!」
特にファクストフィア周りの白は光り輝くように気合をいれただの、簡単にはがれないように三度塗りしただの、
ロイドが嬉々として説明をしている間も、スザクの視線はゲンブから離れない。
そのスザクの視線に気づいたルルーシュがそっと立ち上がった。
「ロイド、数値データを見せろ。スペックと、あとコックピットの中身もだ」
「はあい!枢木少佐、準備してねぇ!」
「いや、少佐の相手は我が騎士に勤めさせる。私はデータと、計算書を見たい。予算を上げたいんだろう、ロイド?」
きゃっほお!と狂喜乱舞しながら、ロイドがモニターの方へ踊りよる。
スザクをちらりと見たルルーシュが軽くウインクしたのを見て、話をさせる気なのだと悟る。
「・・・久しぶりだな、スザク」
「ゲンブ、兄さん・・・」
ゲンブがスザクの前に立った。
相変わらずその表情は何も映してなどいなくて、スザクとの再会などなんとも思っていないようだった。
ゲンブが懐から携帯のような者を取りだす。
少し操作してからスザクの方を向いた。
「第四皇女の騎士になったのか?」
「・・・そうだよ」
「ランスロットのパイロットをやめたのか?」
「・・・?なんで」
「じゃあ騎士を辞退するのか」
「違う!意味がわからない、なんなんだよさっきから!」
詰問のような問いかけに思わず声を荒げる。
昔とは違う、自分を『ゲンブ兄さん』と呼ぶスザクの豹変に本音と本性を垣間見た気がして、ゲンブは目を閉じた。
「スザク、お前は過程重視者だと、アスプルンド伯から聞いた」
「そうだ。正しい過程でブリタニアを価値ある国に変える。それが僕の望みだ。」
「・・・そうか」
再び機械を取り出して、操作する。
次の瞬間にはもうゲンブはスザクなど見ていなくて、つかつかとスザクを通り過ぎていった。
「猊下」
「終わったか、ゲンブ?」
「はい」
どうだった、と聞くルルーシュに、ゲンブが首を振った。
そうか、と静かに返したルルーシュがほんの少し、寂しそうに目を伏せるのをみて、
スザクは何がなんだかわからなくて眉を顰めた。
ルルーシュの隣でロイドが面白そうににんまりと笑っているのが視界に入る。
その隣でセシルが困ったように、心配そうに自分を見ているのにも気づいて、スザクはさらにいぶかしんだ。
聞こうかとためらったけれど、すぐにやめた。
何が聞きたいのかわからなかったから。