「では、本日より監査を施行したいと思います。監査期間は無期限。 我らが充分と判断するまで続けさせていただきます」
朝の政庁。 変わらぬ空、涼やかな風、そよぎあう花々。 何も変わらない。 中身だけが、確実に変わっていく。



Mattare, piviere
5. imperioso 【傲慢な】



メイドが淹れた紅茶に口をつけ、その暖かさにほう、と息をつく。 居心地悪そうに目の前でソファに腰掛ける姉を見て、ルルーシュは笑いをこぼした。
「リラックスしてください、姉上。どうせそんなにプライベートはないのですし、二人きりのときくらい」
「あ、ああ・・・すまない、ルルーシュ」
義妹の言葉に安堵して若干力を緩めると、コーネリアはゆったりとソファに座りなおした。 今度はちゃんと香りを楽しみながら紅茶を口にする。 そんな姉の様子に表情を緩めながら、ふと、 扉の外にいるだろうギルフォードのことを考えて、ルルーシュは首を傾げた。
「姉上、ギルフォード郷を外に置いておいていいのですか?」
「ん?」
スパイラルトレイの上に乗っているアーモンドクッキーを頬張っていたコーネリアが咀嚼しながら首を傾げた。 扉のほうを見遣って、ああ、と納得がいったかのように返事をしたコーネリアが、 姉らしく尊大な笑みを浮かべながら肘をつく。
「二人きりなんだ、男に女同士の会話を聞かせるのは勿体無いだろう?」
にやりと男らしい笑みを浮かべながら言われた言葉に、一瞬だけルルーシュがきょとんと目を開く。 しかし次の瞬間には口元に手を持っていって笑い出したルルーシュを見て、コーネリアは目元を緩めた。 やはり、義妹は義妹のままであったと。
「ふふ、そうですね。女の会話に男の話題は必須ですし」
「男に聞かせても面白い話でもないしな」


テーブルの上には携帯にも良く似た録音機がセットされている。 しばらく姉妹のお茶の時間を楽しんだ後、 ルルーシュが休憩は終わりというように「監査を始めてもよろしいですか?」と聞いてきた。 その問いに是と返すと、コーネリアは部屋の外で控えていたギルフォードとダールトンを呼び寄せた。 その間に鞄から必要なものを取り出していたルルーシュが、 コーネリアの両脇に立って控えているギルフォードとダールトンに会釈をする。 一枚紙を取り出してクリップボードにはめたルルーシュが、 録音機の録音ボタンを押してから、ペンを片手に質問を始めた。
「・・・では。コーネリア総督は、総督であるご自分に自信をもっておいでですか?」
「自信は・・・ある、とは言いきれない。私は軍人だ。政治はあまり得意ではないのでな、 果たしていい方向にエリア11を導いていけているかどうか定かではない。 だが、私もこのエリアを任された皇族。やれるだけのことはやるつもりだ」
コーネリアの返事にうなずきながら紙にペンを走らせていくルルーシュが、時折そばにある書類などを比べる。
「わかりました。これからもう少し質問に答えていただきます。 これは総督の側近であるギルフォード郷、ダールトン郷も例外ではありません」
「わかっている」
調査結果の書類なのだろう、一つにまとめた紙を一枚また一枚と読み進めていきながら時折質問をするルルーシュに、 コーネリアは身を引き締めながら答え続けた。


そよそよと緑の香りを運んでくる風に身を任せて、ルルーシュは庭園の中を進んだ。 踏みしめる草も揺れる草花も、 どれも自分と妹であるナナリーが住んでいるアリエスの離宮にそっくりで、ルルーシュはそっと笑みを浮かべる。
風になびいて乱れる髪を手でそっと押さえながら、ルルーシュは芝生に座り込んだ。
「素敵ですね、ここは」
「そうだろう?クロヴィスが作らせたんだ、庭園をアリエスのようにしたいと」
微笑みながら近づいてきたコーネリアが、ルルーシュの前で足を止めて膝を崩した。 地面に肘を着いてルルーシュの膝の位置を確認すると、そのまま頭の後ろに手を組んでルルーシュの膝に乗せる。 少し体勢をずらしてから組んでいた手をはずすと、ルルーシュがそっとコーネリアの髪を梳いた。 その小さな心地よさに目を伏せたコーネリアが、腕を伸ばしてルルーシュの長い髪を一房とった。
「どうだ、ルルーシュ?私はこのエリア11総督足り得ているか?」
器用に片眉を上げてルルーシュを見上げるコーネリアの言葉に、ルルーシュがそっと笑みを深くする。 風が運んでくる静かな音に耳を済ませて、ルルーシュはコーネリアの額に手を当てた。
「・・・そうですね、大丈夫だと思います。少し、ナンバーズへの対応が気になりますけれど」
目を伏せて告げられた言葉に、コーネリアが少し眉間に皺を寄せた。
「・・・私はナンバーズとブリタニア人を明確に区別する」
「そうですね。しかし姉上、それがこのエリア11を衛生エリアに到らしめない最大の理由です。 いつまでも復興されないゲットー、ブリタニア人によって妨げられるイレブンたち。権利のない家畜のような人生」
「ナンバーズは我らブリタニアに負けた犬どもだ。その違いをはっきりと見せ付けなければならないだろう?」
「ですが、姉上はブリタニアが負け、ブリタニア人がナンバーズと呼ばれ、 今のナンバーズのような扱いを受けた時にもそう仰ることが出来ますか? ブリタニアを愛し、ブリタニア国民を慈しむ貴女が」
穏やかな表情も、紡がれる言葉も激しい物ではないのに、コーネリアは何故か強く反論することが出来なかった。 心優しい我が義妹は、相も変わらず穏やかな表情でコーネリアの髪を梳き続けているというのに。
「・・・コーネリア総督。ブリタニア人は、人です。そしてナンバーズもまた人です。 世界中に生きている人たちは、皆同じ人です。 同じ人であるから差別を一切するなだとか、そんな馬鹿げた理想論は言いません。 しかし、皆同じ種族なのです、姉上。人には生きる権利があり、そして死ぬ権利がある。 人には幸せになる権利があり、そしてその努力をする権利があります。姉上がしていることは、その権利の妨げです。 エリアはブリタニアの植民地です。 ブリタニア人が優遇され、ナンバーズが少しばかりの不遇を受けるのは仕方なの無いことです。 けれどそれは、ナンバーズが今の生活を心から受け入れさせることには繋がりません。 思い出してくださいませ、姉上。我らが侵略する前は、彼らは祖国で幸せな暮らしを得ていました。 妨げられることなく、自分の道を歩むことの出来る世界で」
一歩間違えれば、それはブリタニアの国是を否定しているも同じことだった。 しかしこの庭には今ルルーシュとコーネリアしかいないし、 コーネリアの騎士であるギルフォードも遠い場所で姉妹を見守っているだけだ。 会話は聞こえない。 まるで母親が、その娘を諭すかのようなこの会話に、何故か少しの違和感も覚えることなく、 コーネリアはただルルーシュの言葉に聞き入った。 ならば自分はどうすればいいのかと、まるで訴えかけるように。
「・・・ルルーシュ」
「姉上、何もいきなりナンバーズを租界に住まわせろといっているのではありません。 ただ、少しずつ改善していただければいいのです。 政庁の無能な上官共が湯水のように使っている無駄な資金を、少しずつゲットーの方にまわすのです。 例えば、まずはゲットーの整備。次に水道の確保。電気の供給。人は、大人は、子どもが毎日泣いているのです。 幸せであったはずの毎日が、あの夏の日によって壊されてしまった時から」



魔法をゆっくりと、魔女にかける。変革は、中から緩やかに

2008年11月2日