とても綺麗な女の子だと思った。
柔らかく微笑み、スザクと呼ぶその声は涼やかに軽やかに風に乗って朱雀の耳を心地良く撫でた。 彼女は兄を親しみを込めてゲンブと呼び、 ほとんど無表情に近くぶっきらぼうに返した玄武はけれどそれでも嬉しそうだった。 お互いを婚約者という前提で見ていた二人は初々しくも頬を赤らめ、手を繋ぎ、何か有る事に朱雀を一人除け者にした。 実際には朱雀が一人でふらふらと歩いていくのを見遣った二人が、 時間をもてあまして二人で過ごしていた時間だったけれど、 ルルーシュに淡い恋心を抱いていた朱雀にはそれは酷い裏切りの様にしか思えなかった。
何故玄武なのだと、朱雀は喚いた。同じ日に、同じ母から、同じ容姿で生まれてきた。 何故朱雀ではなく玄武なのだ。それは時間から来る決別だった。玄武は朱雀よりも数分遅く生まれた。 双生児は生物学的に母の子宮から後に生まれたほうが兄であり、それに当てはまった玄武こそが次の枢木の当主なのだと。 皇女と巡り合せるのは当然のことなのだと、祖父と父は言った。なんて理屈だ。
自分の方が確実にルルーシュを幸せに出来ると思った。事実朱雀の前ではルルーシュは様々な感情を見せた。 楽しそうに笑い、怒り、眉を下げてスザク、と呼んだ。玄武の前でルルーシュは静かだ。 ルルーシュも俺との方が絶対に嬉しい。そう思っていた。
それがとんだ勘違いだと気付いたのはブリタニアが戦争を仕掛ける丁度前日のことだった。
いつの間にか居なくなっていた玄武とルルーシュを探し、朱雀は枢木総本家の裏庭へ回った。 完全な日本庭園で彩られたそこはルルーシュのお気に入りだった。

自分と同じくるくるの亜麻色の髪を見つけ、朱雀は足を速めた。 視界に入ったルルーシュの顔は見たことない女の顔だった。

玄武と話し、はにかむ。頬を染め、照れを隠すように肩を竦め、玄武の言葉一つに瞳を緩めて口元を綻ばせた。
ルルーシュ。そう呼ぶ片割れの声は一度も聞いたことのない音だった。
ゲンブ。そう返す少女の声は紛れも無く、恋を知った女の声だった。

何がどう違うのだ。同じ日に生まれた。 同じ母から、同じ容姿で生まれてきた。何故ルルーシュは朱雀でなく玄武を選ぶ。

漠然と理解していた理由を、明確に突きつけられたのは日本とブリタニアの戦争が終盤に差し掛かったころだった。 ごめんなさい、と泣き崩れるルルーシュなど目に入らなかった。 朱雀か玄武のどちらかが、ブリタニアに渡らなければならないという事実。 一度渡れば最後、帰って来れないかもしれないという事実は、朱雀の目の前を真っ黒に染めた。 気付いた時には泣き、叫び、喚き、嫌だ嫌だと首をふった。 隣の玄武はただ静かにルルーシュを見つめ、わかった、と一言発したというのに。

「嫌だ・・っそんなの、絶対に嫌だ!なんで俺がブリキの国なんていかなきゃなんねぇんだよ!! 帰ってもこれないってっ・・・嫌だ、俺は行かない!」
ルルーシュの目が悲しみに縁取られた。 玄武の瞳は明らかに、 お前は結局ルルーシュのことなど綺麗な顔をしたブリキの姫程度にしか思っていなかったのだとあざ笑っていた。



Mattere, piviere
9. garbatamente 【優雅に】



「あぁあれええ?枢木准尉?なんでここにいるのさ」
何時ものように朝早く、特派に顔を出したスザクはロイドの言葉に面食らった。 なんでって、自分の居場所はここなのだ。
「何で、って・・・」
「だって君、軍から除籍されたじゃない。確かええと、三日くらい前付けで」
「・・・・は・・・?」
除籍。その言葉がスザクに重く圧し掛かり、鈍器のような鈍さで以ってスザクを揺さぶった。 そして、目の前が揺れた。
「除籍って・・・なんで、ですか?」
「え〜だって。君ユーフェミア様の騎士になったじゃない」
「騎士は軍人じゃいけないって言うんですか?それならギルフォード卿だって、騎士なのに!」
「だぁかぁらぁ、卿はコーネリア殿下が軍人だから軍人なの!でも君の主は違うじゃない、スザク君」
いつの間にかロイドのスザクを呼ぶ名前は少佐や准尉どころか名前呼びになっていて、 そして目をやったロイドとセシルの共通のワークスペースの上には、 ランスロットの新しいテストパイロット候補書類の束が積みあがっていた。 目の前が真っ赤になり、セシルの髪が揺れたのが見えたけれど、思考にかすりもせずにスザクはロイドの胸倉を掴み上げた。 振り上げた拳は自分と同じ色をした兄に受け止められていた。

「―――彼がアスプルンド伯だと知っての暴挙か、枢木スザク?」
「・・ぁあ、枢木大佐だ助かったぁあ〜〜!」
怖かったよぉ〜、とへにゃりと格好を崩したロイドはそのままセシルに支えられながらお気に入りに椅子に沈んだ。 ゲンブの顔を見た瞬間、なぜかそういえば彼と彼女は人事を任されている機関の人間なのだと唐突に思い出して、 酷い裏切りの念がスザクを襲った。
「っ・・・おまえ、が・・っ!卑怯だ!」
「・・・何を考えているかは知らないが、お前の所存を決めたのは俺達じゃない。 シュナイゼル殿下とユーフェミアだ」
「・・・・・は・・・?」
胸倉を掴んだ拳の力が緩んだのを見計らって、ゲンブは鬱陶しそうにスザクの手を振り払った。 騎士の矜持などかけらも持って居ないこの男に対して、 込みあがるのは幼い頃にあった親愛の情ではなく侮蔑の心だった。
「一皇女の選任騎士に任命された男が、同時に他の皇族の下で働くことが許されると思うのか? シュナイゼル殿下はお前を特別派遣響導技術部から除籍した。 そして同時に、軍人として国に貢献しているわけじゃない皇女の騎士が、 彼女を守るに割くべき時間を軍に割り当てるなどもっての外だ。 ユーフェミア皇女殿下はお前を常に傍に置くことを強く望まれた。その結果だ」

愕然とし、スザクの頭の中で様々な事柄が駆け巡った。 騎士侯の意味、騎士の意味、パイロットの理由、認められたのではなかっのか。

考えが纏まらない内に、気付けばゲンブの姿はどこにも無かった。 聞きたい事が山ほどあったけれど、自分の望む答えを得ることは出来ないだろうと漠然と悟った。 なぜか幼き日の美しい顔が頭をよぎった。



俺は何なの、何したの。何を選べばよかったの。

2009年3月13日