カツコツと高らかにブーツを鳴らし、総督の執務室へ向かう。 ゲンブによって開かれたドアをくぐり、回りを見渡せば、朝の八時半だというのにもうコーネリアをはじめとする、 総督・副総督、そしてその騎士達がそろっていた。 少し緊張した面立ちで、けれど眠気の余韻など少しも残さない表情でピンと背筋を張っているコーネリアとは違って、 ユーフェミアは眠そうだ。隠すように欠伸をし、隠すようにそっと涙を指でぬぐっているけれど、 この部屋に居る全員がそれに気付いている事を、彼女自身は気付いていない。
これから自分の身にかかる粉を、掃うことさえもできやしない。 火の粉が自分の頭上にあることに、焼かれるまで気付かない。

「おはようございます、コーネリア総督」
「・・・おはよう」
「まずは、監査お疲れ様です。監査機関の者に見張られて、気を緩められなかったでしょう?」
「いや、・・・そうだな」
苦笑すれば、コーネリアが否定をしようとして、結局諦めて苦笑した。 ダールトンによって勧められた椅子に座ろうとはせず、ゲンブの持っている書類も受け取らない。 まっすぐ、ただ彼女の瞳だけを見て、ルルーシュは口を開いた。
「では、午前十時に我々は次のエリアへと向かわせていただきます。その前に、人事に関する処置を」
「・・・了解した」
本題に入れば、やっとかとばかりにコーネリアが息をつく。 ゲンブが手に持っている書類をそっとルルーシュに手渡そうとするけれど、それを首を振ることによって拒否をする。 自分の心で伝えなければ。

「まず、コーネリア・リ・ブリタニア総督。 貴方には総督の座を降り、明後日よりエリア19のテロリスト拠点制圧をしていただく」
「!」
ギルフォードとダールトンが、誰よりも先に息を飲む。 自分の主を大事に想っている証拠のそれは、主からしてみれば嬉しいものだろう。 いい騎士を持っているなぁ、と羨むわけではないけれど、 幼い自分を可愛がってくれた姉を大切に思う人間が居ることが、純粋に嬉しい。 けれどその決定を不服に思ったのか、ギルフォードが一歩前に出た。
「ギルフォード卿?」
「・・・その決定は、姫様が総督として力不足であるからですか」
視線をずらせば、ダールトンも同じ思いであるらしい。 コーネリアは少し諦めが入っているようで、 そのことにルルーシュは少しばかり誤解を与えてしまったことに気付いた。
「いいえ、違います。 コーネリア殿下は総督として、ナンバーズへの対応が少しばかり気になるものの、立派にやってらっしゃいます。 ただ、軍神として、今苛烈を極めているエリア19へ赴いていただきたいのみ。・・・受けていただけますか?」
その説明で、ようやく納得がいったのだろう、ほっと息をついてギルフォードが下がる。 再度見た姉の顔は総督としてよりも輝いていて、やはりこの人は軍に居てもらったほうが、 国としての成果はあがるだろうと判断できる。
「もちろんだ。出立は明後日、か?」
「はい。騎士団から政治に明るい者を数名残して行きますので、引継ぎに関してはそちらに。」
「了解した」
「ギルフォード卿、ダールトン卿も、コーネリア殿下と共に出立願いたい」
「「Yes, your highness.」」

「・・・では、次に。ユーフェミア」
「・・・はい」
彼女に役職名どころか、敬称さえもつけられていないことに、気付いたのは数名か、それとも全員か。 そっとユーフェミアの斜め後ろに控えているスザクを見れば、視線が会う。 泣きそうにゆがめられた目を見て、何一つ納得がいっていないことや、理解すらも出来ていないことが伺える。 幼い、七年前の夏のことを思うと少し胸が痛むけれど、同時に成長の無い様子に落胆する。 何か意味あっての、ブリタニアへの従軍だと思っていた。 けれど何の意味もないのなら、何のために自分と同じ血の通う祖父を、その手で殺したというのか。
決定事項を何一つ漏らすことの無い様に、今度はゲンブから書類を貰う。一度読む。 ふうと息をついて、これから来るであろう、癇癪にも似た泣き喚きと、姉からの絶望の声を覚悟して。
「・・・ユーフェミア。 この監査機関において、貴公は副総督としての技量、知識、他必要であるものが全て欠けていることが判明し、 よって、副総督から解任する」
「・・・!」
ユーフェミアが、絶望の淵に立たされたように、肩を震わせ、目を見開く。 コーネリアは覚悟していたかのように視線を下げ、暗にルルーシュに自分は庇い立てはしないことを示した。 姉であると同時に皇族としてのプライドでの判断に、 賞賛を送りたい気分だけれど・・・きっと、次の決定を聞けばそれも無くなる。
「な・・・なんでですか・・!?」
「・・・聞いていなかったのか?ユーフェミア。 『貴公は副総督としての技量、知識、そして必要である他の要素全てが欠けている』と、先程言ったはずだ」
「っ・・・そんな、でもそれだったら私の特区が!」
「それと、もう一つ」
『私の特区』?笑わせるな。日本人のためではなかったのか。喚き始めた彼女を無視し、次の事項へと映る。
「これは、私の下した決定ではない。皇帝陛下が、直々に下された決断である」
皇帝という単語に反応したコーネリアが、訝しげな目でルルーシュを見る。 何が起ころうとしているのか、段々とわかり、 目を見開き口を開こうとしたコーネリアを遮って、ユーフェミアに、下す。

「ルルーシュ、待っ・・・」
「ユーフェミア・リ・ブリタニアの継承権を破棄し、ブリタニア皇室より廃嫡する」

「『ユーフェミア・リ・ブリタニアは、 現ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニア陛下の十五番目の子にして、四番目の娘。 さらに第九位の皇位継承権を持ちながら、公然とブリタニアの国是を否定し、ナンバーズを完全擁護する発言をし、 ならびに絶対加護対象とする『行政特区日本』を教育係、騎士、議会、総督、いずれの人間に相談も無く設立。 さらに、副総督としての枠を超える越権行為等の点を考慮し、ユーフェミアの継承権を破棄、 及びブリタニア皇室より廃嫡する物とする』。・・・以上が決定の全てです」
「待て、ルルーシュ・・・!それはっ・・」
「撤回の件については、皇帝陛下に直談ください。私の関与する所ではありませんので」
「しかし!」
「副総督解任については、それは私の決定です。けれど廃嫡は皇帝陛下の決めた事。 取次ぎが必要とあらば致しますが、陛下がそう簡単に下された決断を翻すとお思いですか?」
ユーフェミアを見たけれど、彼女は呆然としたまま、動きもしない。 絶望しているのか、それとも理解が出来なくて思考がフリーズしているのか。 いずれにせよ自分の関係する所ではないなと判断して、ルルーシュは一礼してその場を辞そうとした―――瞬間。
「・・・あの」
今朝、初めて発せられるスザクの声に、ユーフェミア意外の全員の意識が向く。
「僕は、どうすればいいんでしょうか・・・」
泣きそうなスザクの表情に、心が少し痛む。夢しか見れない可哀相な朱雀。 でも、主よりも自分の身の振り方を心配するなんて。
「・・・枢木スザク卿。ユーフェミアが皇族で無くなった以上、騎士である貴公も最早存在しない。 軍からも除籍されている。今はもうただの名誉ブリタニア人。・・・違うか」
「もう一度、軍に入る事は」
「それは貴公の自由だ。けれど・・・」
けれど、もう前のような栄光を受けることは出来ないだろう。今までの彼は、運が良すぎた。
ルルーシュは背を向けると、ゲンブが開いたドアをくぐる。けれど。
「・・・けれど、枢木。私は貴公に失望した。 唯一無二の騎士を持っている、『主人』としての立場から言わせて貰うならば。 ・・・騎士に、全く心配されない主は、なんと虚しいものか。貴公のユーフェミアへの誓いは、嘘だったか」
ルルーシュの言葉に、スザクが目を見開く。まるで、今の今でユーフェミアの存在を思い出したかの様に。
「ああ、あと・・・コーネリア姉上」
混乱に頭を押さえ、どうにかしようと考えているのだろう。 けれどそこに絶望しかないのは、彼女自身、皇帝に直訴すること等かなわないと理解しているからだ。 けれどそこに希望の色も見え始めたのは、彼女が妹を傍に置くことは叶うと考えているからだ。

「ユーフェミアを離宮に住まわせ続けることに関しては、 皇帝陛下は何も仰いませんでしたが・・・皇族で無くなったユーフェミアを、 他の皇妃や兄弟姉妹がどう思うか、どうするか・・・熟考、なさいませ」
希望の色をなくした彼女を尻目に、もう言い残すことは無いと、ついにルルーシュは部屋を出た。



自分の部屋よりも近い談話室に入り、 どっかりとふかふかのソファーに身を沈めたルルーシュは、大きく溜息をついて目を伏せた。
「・・・疲れたな」
「お疲れ、ルルーシュ。お茶にしよう」
「ああ、そうだな・・・・なァ、エリア11の監査、予定よりも早かったよな?」
「予定は一ヶ月だったからな。実を言うと、スケジュールに二週間ちょっとの余裕がある」
「・・・・・ナナリーに会いたーい」
「藤堂さん、オペレーターに進路変更伝えてもらえますか。目指すは本国だそうです」
「承知した。殿下」
「あ、大丈夫。・・・ありがとう、藤堂さん」
笑顔と共に呼ばれた、昔の呼称。 七年前、良くある毎に自分の下へよってきた三人の子ども達を思い出して、藤堂はルルーシュの部屋を出た。 自分がルルーシュを抱き上げたときに、双子から不満の声が上がり、 嬉しがるルルーシュにさらにショックを受けて、自分の師の脛をありったけの力で蹴ってきた事を、 懐かしさと一緒に頭に思い浮かべながら。



Mattere, piviere
10. maestoso【威風堂々】



「お帰りなさい、ルルーシュお姉様!」
「ただいま、ナナリー!会いたかった」
「お帰り、ルルーシュ。どうだった、エリア11は」
「ただいま帰りました、シュナイゼル兄上。姉上はエリア19、ユフィは廃嫡です」
「おやおや、それは大変だね。コーネリアに何か見舞者を贈ったほうがいいと思うかい、クロヴィス」
「兄上のセンスは微妙ですから・・・・私めが、ユフィの美麗イラストを!!」
「貴方のセンスも微妙なんですから、止めてくださいクロヴィス兄上。それよりも!!ナナリーの絵をください」
「ああああ、もちろんだ!ナナリーから隠しておくの、大変だったんだぞー!」
「・・・か、可愛い!」
「だろう!」
「さ、咲世子さん!額縁を! 派手すぎず、シンプルすぎず、尚且つナナリーの愛らしさを最大限に損なうことなく引き出すような代物を!」
「かしこまりました」
「も、もうお姉様!止めてください!!」
「・・・たいへんだなーななりー」
「ゲンブさんもっ、そう思うなら止めてください!」
「嫌だ。俺だってナナリーの可愛い絵欲しい」
「だよなー。兄上、ゲンブにも一枚描いてあげてください」
「ふふん、私を甘く見るなよルルーシュ。実は私と兄上とルルーシュと卿の分合わせて四枚描いてある!」
「っ・・・兄上、愛してるっ!」
「おやそうなのかい。嬉しいねえ、私も一枚もらえるんだって、ナナリー」
「も・・もう、もう知りません!!」



以上十話で完結です!ありがとうございました!

2009年3月29日