我が妹はメサイア
「次は日本だそうだよ。順当に行けば、エリア11になるね」
「日本・・・ですか」
「うん。ルルーシュは日本が好きかい?」
「わかりません。いったことないですもの」
緑の香りがする庭園の中、ひっそりとした場所におかれた白く綺麗なティーテーブルと、同じ種類のチェア。
テーブルに敷かれたテーブルクロスはチュールのような薄く、やわらかいファブリックでできている。
上に置かれたティーポット、ミルク、シュガー、ソーサー、カップ、マドラー、
いずれも同じ職人による控えめだが豪華な細工が施されており、持ち主のセンスのよさが伺える。
ほのかな香りがする紅茶はウェッジウッドのアッサム。
濃い目の茶葉であるそれは、ミルクにとてもよく会う。
よく見ればすべての食器がウェッジウッドの出であり、新しく発注したばかりのシリーズだということが伺い知れた。
「・・・ウェッジウッド。A bretah of Spring・・・春の息吹ですか」
「おや、さすがだね。ワイルドストロベリー、君にぴったりじゃないか」
「わざわざこれを?」
「そうだよ。近々君とお茶をしようと思っていたのだけれどね、いつものだと面白みがないだろう?
オデュッセウス兄上とのランチではワイルドストロベリーのクリスタルを使うつもりだよ。」
「はぁ・・・ティーカップ&ソーサー、ティーポット、シュガーボックス、スパイラルトレイ・・・
マリアージュボールまで買ったんですか」
これみよがしにため息を突くと、目の前の兄が苦笑した。
こんなを顔をする兄が、帝国の『白きカリスマ』として他国から恐怖の目で見られてるなんて俄かに信じがたい。
「だって可愛らしいじゃないか。ルルーシュはどうだい?」
「・・・確かに私の好みですけれど。ウェッジウッドでしたら、最近はフロレンティーンターコイズが好きなんです」
「クラシックモダンだね。うん、あれもいい。砂糖は二個だったかな?」
「そういう兄上はひとつでしたね」
シュガーポットから角砂糖を一個、ポトンと兄のカップに落とす。
シュワシュワと色を変えながら溶けていく様子を見ながら、ルルーシュは口を開いた。
その間も自分の手はマドラーで砂糖をミルクティーに馴染ませることをやめない。
「・・・それで。兄上は日本侵略の司令官を担当なさるのですか?」
マドラーをコトリとそばにおいて、ソーサーと一緒にカップを持ち上げる。
口に含んだ紅茶の味は少し甘みが足りないような気がして、これから砂糖の量は二個じゃなくて三個にしようかとかんがえる。
「いいや。私は侵略後の平定だよ。陛下としては、侵略した後に一ヶ月で『汚いもの』を取り払いたいそうだ。」
「兄上ならば、三ヶ月もあれば首都地に租界を立ち上げられましょう。地固めをした後に、総督の座へは就かれますか?」
「まさか。平定の間も宰相は続けろとのお達しだ。陛下は私を神か何かとでも勘違いしているんじゃないだろうね?」
「それこそまさかでしょう?陛下自身が神みたいなものじゃないですか。ご安心を、ルルーシュもお手伝いさせていただきます」
「助かるよ。さて、どうだい?バウムブリュレ。ブランドは・・ええと、マダムシンコだったかな?」
そうして差し出されたスパイラルトレイの上にのっていたのは、
オレンジとピンク色の生地をした一見バームクーヘンのようなスイーツだった。
シュナイゼル自身があまり自信なさそうにブランド名をいったことから、初挑戦なのだろう。
「マダムシンコ?日本のブランドですか?」
「うん。まぁ侵略前にね。侵略しちゃいますけど、貴方方のスイーツは好きですよって」
「ひどい言い訳ですね、それ」
「ははは。それで、食べてみないかい?」
「バームクーヘン・・・では無いのですね?」
「バームクーヘンにメープルシロップをしみこませて、表面をキャラメリゼしたものだそうだよ。」
切り分けられたそのブリュレを口に運ぶ。
しっとりとした食感にシロップの甘みがまた絶妙だった。
こんな店がブリタニアの武力の下に消し去るのかと思うと、非情に残念でならない。
一口でそれを気に入ってしまったルルーシュは、なんとなくその人物に申し訳なさを感じた。
「おいしい・・・もったいないですね」
「確かに。うーん、今から陛下に進言してみようか。」
「それはさすがに無理ですよ。それよりも、パティシエを殺さず捕らえたらいかがですか?」
「うん、それもいい。・・・ああ、時間だ」
「今からどこへ?」
「司令官があまり使えなくてね。日本侵略の責任者だよ。
まったく、私は平定だけだというのに、侵略のアドバイスまで・・・」
「それはそれは、ご苦労様です。」
残念そうな顔をありありと表情に出しながら―――他の兄弟に向けたならばそれは間違いなく演技だが、
ルルーシュへ向ける感情はすべて本当のものだ―――椅子をひくと、少し緩めていた服の襟をそっと直す。
ミルクティーをすべて飲み干したルルーシュが地面に足をつくと、やわらかく微笑みながら手を差し出した。
「ルルーシュ。アリエスの出口までエスコートしてくれないかな?」
差し出された手に一瞬きょとんとしたルルーシュだが、すぐにそれも消えてにっこりとわらった。
手をとりながら膝を曲げ、あいている手でふんわりとしたスカートのすそをつまみ、頭を下げた。
「喜んで、シュナイゼル兄上」
そのしぐさに愛おしそうにルルーシュを見たシュナイゼルは、ふと思い出したようにうわさを切り出す。
「すばらしいね、ルルーシュ。舞踏会ではレディ・カーティシーと呼ばれているそうじゃないか」
「挨拶しか出来ないお人形、ですか?」
「いいや?挨拶から完璧な淑女だ」
フフ、と笑顔で話を終わらせると、今は舞踏会に出られるような格好ではないですけれど、と苦笑した。
今ルルーシュが着ているのは真っ白なワンピースで、腰のところでセルリアンブルーのリボンできゅっと締まっており、
そのしたの膝上のスカートはふんわりとしたシフォンだ。
腰ほどまである長い髪の上部をまとめているのはワンピースとおそろいの白いリボンで、
フリルには腰のリボンと同色のセルリアンが使われている。
膝下までのハイソックスも白、そしてつま先を飾るエナメルの靴は朝日輝くセルリアンブルーだ。
舞踏会までとは言わないが、思わずダンスを申し込みたくなるような可愛らしい格好であるといえる。
「そんなことは無い。次の舞踏会ではぜひとも踊ってもらいたいものだね」
「まぁ。じゃあ練習をしておかなければ。どうせエリア11には呼ばれるのでしょうし。」
「そうだね、会議にも臨時出席を求めようかな。どうだい?」
「骨の折れる仕事は兄上の補佐で充分です」
「けれど日本の首脳団に見せ付けてやりたいじゃないか。君のこの有能さを」
「『ブリタニアの第二皇子シュナイゼルは会議にまで出席させるロリコン』とうわさされているからですか?」
「それもあるよ。でもまさか、あちらもその侮っていた10歳の子どもが政治に明るいなんて思わないだろう?
一泡吹かせたいじゃないか」
「兄上がそんなこと言うなんて思いませんでしたよ」
「私だけだったらいいのだけれどね。ルルーシュを侮辱する輩を放っておくのは私のポリシーに反する」
その言葉にころころと鈴の音のような笑い声を上げると、意地悪い笑みをシュナイゼルに向けた。
「フフ、自分のお人形への侮辱ですか?」
「まさか。私の最愛の妹への侮辱だよ」
緑豊かなアーチを抜けると、そこはもうルルーシュのテリトリーではなくなる。
ルルーシュは境界線のうちがわにたったまま、境界線の外に足を踏み出したシュナイゼルの頬にキスを贈った。
それと同じようにシュナイゼルもかがんでルルーシュの頬に口付けを落とす。
数ヶ月前までは腰までしかなかった身長が、少し見ないうちに腰より少し目線が高くなった。
以前よりもかがむ角度が少ないことに軽い感動を覚えながら、シュナイゼルは蕩けるような微笑を向ける。
「では行ってくるよ、ルルーシュ。半年後には、君にエリア11の吉報を。」
「はい。このルルーシュ、いつまでもシュナイゼル兄上をお待ちしております。いってらっしゃいませ」
手をとってスカートのすそを摘み、膝を折って頭を下げる。
レディ・カーティシーがお待ちしております。