青い青い、水槽のようなそれ。発せられる青白い光が、隣の兄の顔や髪を青く染め上げる。
目を伏せて満足そうに微笑み、ルルーシュはコトリと頭を肩に預けた。
一拍してから肩にまわされるがっしりとした腕に、身をすくめる。
先ほどよりも寄り添って、体温を確かめようとする。
「・・・シュナイゼル、兄様」
「イライラしてるようだね、ルルーシュ」
「だって、」
先ほどの愛らしさはどこへやったのか、ルルーシュがぷぅと頬を膨らませた。
表面上の愛らしさは残ったものの、雰囲気だけはまるで洗練された獰猛な蛇のようで、シュナイゼルは苦笑した。
「わかってるよ。ユフィの特区の案だろう?」
「・・・兄様が、賛成なさる、なんて」
私だけが取り残されてしまったみたい、とすねた。
自分に相談もせずに勝手にユーフェミアに特区がいい案だ、と言ったシュナイゼルに対して拗ねているのかと思ったら、
それはどうやら違うらしい。
大好きな兄が自分以外の人間に必要以上に構ったのが面白くないらしかった。ああ、可愛い。
「神根島でユフィの騎士をかばったともお聞きしましたし、
特区がいい案だとユフィににこやかにおっしゃったというのもお聞きしましたし、それから、」
それから、と続けようとして、ルルーシュがどもる。
拗ねるだけの理由はあるのにその理由があまり多くないことに、恥ずかしさを覚えたらしい。
それから、姉上を、それから、それから、と最早文章にすらなっていない言葉を発して、ようやくルルーシュは黙り込んだ。
ああ、マリアンヌ様!
私は貴方を今全力で崇めたい気分です。
こんなにこんなに可愛い私の妹を生んでくださって、本当にありがとうございます。
後で百万本の薔薇を持って墓参りに行きます。
表面上は穏やかに、内心全力で悶えながら、シュナイゼルはふわりと笑ってルルーシュの頭を引き寄せた。
愛しい、と思う。
何よりも愛しい、けれど恋愛感情に昇華されないそれは、家族への親愛というよりも、
何かへの執着の表れに似ている気がする。愛しい。愛しい。
「・・・水槽の中の金魚は、餌を与えないと死んでしまうだろう」
水槽の中身は、この世界。
私とお前は、餌を与えて管理する、覇者だ。
我が家族と会議
「貴方はこれを狙っていたのですね、シュナイゼル宰相閣下?」
にっこりとロイヤルスマイルで告げられたそれに、シュナイゼルは笑みを凄ませた。
「私の狙いをいち早く感知して、話を合わせてくれた君にお礼を言いたいぐらいだよ、ルルーシュ枢機卿猊下」
モニターに移る情報を一つ一つ丁寧に保存し、自分のドライブにコピーしてから、電源を落とす。
完全に沈黙したのを確認してから席を立ち、シュナイゼルの隣にならんだ。
議会の席にはもう誰もおらず、皆部屋を出て行った。
兄の顔になり、そっと肘を差し出してきた兄を見つめ、腕を差し込む。
ぴったりと身を寄せて絡めた腕の力の強さに、ああ、相当機嫌を損ねてしまったのだ、といまさらながら気づいた。
「・・・怒らないでくれないかな、ルルーシュ」
「もう怒ってません」
「君にプレゼントしようと思っただけだよ」
ぴたり、とルルーシュが動きを止めた。
きょとんと見上げてくる瞼にそっと口付けを落とし、誰もいないとわかっていつつも耳元に口を寄せ、囁いた。
「君はユフィが嫌いなようだから」
だから、今回の決定は結構満足なんじゃないかい?
そういってきたシュナイゼルの声ににや、と不適に笑みをこぼして、
まだ近いところにあるシュナイゼルの頬にちゅっと軽快なリップ音を立てて口付けた。
「だって、ユフィよりも幼いナナリーが苦しんで苦しんで、世界の絶望を知って逝ったっていうのに、
あいつはこの世には幸せしかないとでいうような顔でのうのうと生きているんですもの」
一応義妹ですから、嫌いではないですけど、好きにもなれませんね。
笑顔で毒を吐く妹のその言葉を受けて、シュナイゼルはいっそう笑みを深くした。
内心は喜びで一杯だ。
機嫌を損ねたとしても、自分の授けたプレゼントに喜んでくれたのだから、これ以上嬉しいことは無い。
今回、急遽開かれた議会の内容。
それはずばり、議会も総督も何も通さず勝手に行政特区日本の設立を宣言したユーフェミアの処遇である。今回ポイントとなるのが、ユーフェミアの皇位継承権。
母の身分も高く、姉は上位の皇位継承権を揺らぎなくキープし続けているコーネリア。
そのおこぼれに預かって得た副総督というお飾りの地位に見合わない盛大な、名ばかりの政策。
議会は通さず、教育係のアンドレアス・ダールトンや姉であるコーネリア総督にも一度として相談せず、
アッシュフォード学園にて宣言したその政策は、現ブリタニアの国是においてあってはならないものである。
国是を公然と否定し、蔑まれるべきナンバーズを優遇するその特区を、皇帝が認可するわけが無い。
しかしどういうわけか、皇帝シャルルはあっさりとそれを承諾した。
何故か?ユーフェミアが皇位を返上したからである。
皇帝のお気に入りである、帝国枢機卿のルルーシュが個人的に聞いたその話を聞かされた議会は、
一同にんまりと考えを一致させた。
お飾りの第四皇女が打ち立てた政策が、第四皇女の名を使わずとして始められる。
ここまで強固に見えて砂のように脆い策を、お飾りが実に見事に考えた物だと悪い意味で感歎したものもいた。
現在18あるブリタニアのエリア内において、最も反ブリタニア勢力の強いエリア11。
そのイレブン共を一掃するとともに、邪魔な存在であるユーフェミアに全ての責任を押し付けて陥落させることも出来る
という、一石二鳥の策だ。
「ふふ、ユフィは後々言うのだろうね。『だってシュナイゼルお兄様が』」
「兄様は『ユフィ』と呼んだのでしょう?副総督ともあろうものが、公私の区別も出来ないだなんて」
「顔が笑っているよ、ルルーシュ」
「だって」
これで少しでも絶望を知ってくれるのかと思うと、嬉しくって。
喜びをありありと見せつけながら、若干紅潮した頬で言うルルーシュが可愛らしいと思う。
自分の感性が疑われるかも知れないが、どれだけ毒を吐こうが可愛いものは可愛いのだ。何が悪い。
「コーネリアも最近、育て方を間違ったと思っているようだしね」
「そうですね」
「ナナリーが生きていたら、丁度ユフィのようになっていたかもしれないよ?」
「ありえません。私の妹ですし、何より彼女は奪われることの絶望を知っている。
姉上がユフィを鳥籠に閉じ込めて愛でるだけだとしたら、
私はナナリーをバスケットに入れて世界中につれまわすタイプだと思いますよ」
「上手い例えだ」
廊下の突き当たりに差し掛かり、そのまま重厚な扉を開く。
現れた外の世界の光の強さに若干目を細めたルルーシュが、するりと腕を抜けていく。
腕を大きく広げ、クルクルと回りながら庭へ降り立ったルルーシュが、笑顔でシュナイゼルの名を呼ぶ。
「兄様、さっきね、父様の所へお茶しに言ったんです」
身体の後ろでぎゅ、と手を合わせたルルーシュが、眩いほどの笑顔で嬉しそうに話す。
「もうちょっとしたら、帝位を譲ってくださるそうですよ!
やっぱりまだ元気ですもの、現役でいらっしゃりたいみたい」
「おや、そうなのかい?もう休まれたらいいのに」
「玉座に座っていれば、差し入れとして私のお菓子が食べられるからだそうです」
「とんだ皇帝陛下だ!」
妹と、あと父と。
密かに進めている世界征服。
うふふあははと笑いながら口にする計画ではないのかもしれないが、今父が沢山国を搾取していってくれている。
それらを管理して統一するのが私の役目。
そして中の人間を選んで管理するのがルルーシュの役目。
世界の水槽に、幸せと絶望と希望と嘘と事実を混ぜ合わせた、真実という名の餌をばら撒く。
餌をやろう。そしてそれを食み、喘ぐがいい。