我が妹と料理



アリエスの離宮に一角にある、純白の大理石とラピズブルーで統一されたキッチン。 コンロ、オーブン、調理に必要な機械や器具は全て揃っているその中で、一人の少女が黙々と材料を用意していた。 腰ほどまである長く美しい黒髪は高く頭上でまとめられていて、 更にやはり長い毛先が邪魔にならないようにとお団子になっている。 腕にまとわりつくような長い袖のドレスではなく、ノースリーブの薄い藤色のワンピースが白い肌に映えてまぶしい。
「薄力粉とバターとショートニングと冷水と・・・ああ、あと塩か」
手際よく、後ろのテーブルに材料を並べていく。 パイ生地のためのそれをざっと見渡してから、ルルーシュは一回冷水で手を洗った。 丁寧にタオルで拭き、エプロンを手に取り、身に着ける。 後ろでできゅ、とちょうちょ結びにすると、一息を着いた。
「さてと」
冷水以外の全てを同じボウルにいれ、指先でパラパラになるまで混ぜ込む。 これが結構力のいる作業で、体力のないルルーシュは少しして息を切らした。
「つかれる・・・」
パラパラになったところで冷水を少しずついれ、こねてまとめる。 硬さの様子を見ながら少しずつ冷水を加えていき、丁度いいくらいにまとまったところで止めた。 庶民が良く使うという、メイドの一人から分けてもらったビニール袋とやらに包み、大型の冷蔵庫にしまう。 しばらく休ませるためだ。 手についた余分な粉やべたべたを丁寧に洗い流し、タオルで手を拭くと、次いでルルーシュは中身の材料を並べ始めた。 すでに生地に使った材料や器具は片付けてある。洗い物は後回し。
「リンゴ、レモン、砂糖、ブラウンシュガー、薄力粉、シナモン、ナツメグ、バター、」
確認するように口に出しながら並べていく。 特にリンゴは数種類混ぜると美味しいので、違う庭園で出来た物を取り寄せてみた。 これまたメイドからもらったビニール袋の底に手をいれ、広げる。 大きく広げた袋の上でナイフとリンゴを持つと、ルルーシュは皮をむき始めた。 するする、するする、と一定のリズムで以ってリンゴの皮がむかれていく。 途中でぷつりと皮が切れると、幼い少女から想像もつかないような小さな舌打ちが聴こえた。 現れた白い身の上に一点の赤も見つからないのを確認すると、ルルーシュは今度は洗った真っ白いまな板の上においた。 全て四等分にきり、芯を丁寧にくりぬく。 薄切りにしたそれを全てボウルに落としていった。
「レモン、レモン・・・」
良くわからない音程でレモン、と再度紡ぐ。 色止めの目的もあるため、リンゴ全体に混ぜわたるようにレモンの汁をたらした。 次に砂糖、ブラウンシュガー、薄力粉、シナモンとナツメグを大雑把に新しいボウルに落とし入れると、ヘラで混ぜた。
こんなものか、と一息つくと、ベルが鳴る。 誰かと思っていると、メイドに案内されてきたシュナイゼルがキッチンのドアに立っていた。
「おはよう、ルルーシュ」
「おはようございます、兄様」
今は手が汚れているので、両手を軽く挙げてそばにいけないという意志を示す。 構わないよ、と微笑んだシュナイゼルに甘えて、ルルーシュは再び作業に戻ろうとした・・・が。
「ルルーシュ、何を作ってるんだい」
「・・・兄様、邪魔なんですけど」
後ろから兄が羽交い絞めをするように抱きしめてきていて、ルルーシュは身動きが取れなくなった。 次の行程い進めないのが我が兄ながらイラっと来て、ルルーシュは身をよじる。
「別にいいじゃないか」
「良くないです。兄様はアップルパイが食べられなくてもいいんですね?」
「・・・それはイヤだな」
少し強い口調で言ってやると、あっさりとシュナイゼルは身体を離した。 だがぴったりと隣に寄り添ってくるので、邪魔であることに変わりはない。
「兄様・・・!」
「ルルーシュ、構って」
「はぁ?」
いい年した大人が何を言っているのか。 金髪の美丈夫が眉を垂れながら『構って』等といっても可愛くもなんともない。 盛大に片眉を跳ね上げながら、ルルーシュは兄を見た。一体何を言ってるんだか。
「兄様、私は今お料理中なんです」
「わたしも手伝う」
「そういうのは明日にしてください」
どうにかして離れさせようとするも、 ルルーシュの小さな身体では大人であるシュナイゼルの身体を動かそうとすることなど不可能だ。 ならこちらから動いてやろうと離れようとすれば、すかさず長い腕が伸びてきて腰を絡め取る。 兄の大人気ない行動にため息を吐き出して、ルルーシュは再び兄を呼んだ。
「兄様・・・」
「ルルーシュ、私も手伝うよ」
無理だ。 生粋のお坊ちゃん(というか皇子)に料理なんてさせたら、ただのアップルパイが消炭になるに決まっている。 (自分も普通は料理なんて出来るはずもない皇女だという事をルルーシュは失念している) きっとボウルをかき混ぜてくれといったら中身を全部飛び散らせて最初の三割しか残っていないとか、 一口大に切ってくれとかいったらちまちまと紙吹雪ほどの小ささにするに決まっている。
「兄様にはむりです」
「どうかな。やってみなきゃわからないだろう?」
「もぅ、大丈夫ですから。兄様はあっちいっててください」
第二皇子に対して何たる無礼だと言われそうだが、それが許されるのがルルーシュだった。 皇帝以外で唯一シュナイゼルを邪険に出来る人間はルルーシュしかおらず、 またシュナイゼルもルルーシュ以外の人間にそれを許したことはなかった。 ルルーシュの騎士候補であるロイドは例外だ。 ロイドはシュナイゼルがは遥か昔、皇族御用達の学園の小等部に入学した当初からの付き合いなので、 そういった許す許さないは存在しない。 あっちいっててください、と最愛の妹に突き放されたシュナイゼルは、 さらさらと身体の成分が散っていくような気分だった。
「いや、ルルーシュ・・・私も手伝いたい」
「えぇー・・・」
そこまで嫌がらないでくれてもいいじゃないか・・・と思うものの、 じっと視線を向けて待っていれば、ルルーシュが折れた。 はぁ、とわかりました、という声とともに、ルルーシュがボウルの一つをシュナイゼルの前にずらす。 そしてちらりとシュナイゼルを見ると、じと目で服を見てきた。
「兄様、そんな格好で調理なさる気ですか」
「あぁ、すまないね」
そばでずっと沈黙を維持していたカノンに上着を渡し、袖を肘上まで上げる。 ルルーシュに渡された淡い青色のエプロンを身に着けると、キラキラとした笑顔でルルーシュに向き直る。
「さてルルーシュ、準備万端だよ」
「じゃあ、手を洗ってきてください。そしたら、この生地をお願いします」
言われたとおりに手を洗い、丁寧に水分をぬぐった。 またテーブルに戻ると、ルルーシュが丁度ビニール袋から生地を取り出しているところだった。
「兄様、この生地を二等分して、薄くのばしてください。 薄すぎて破れるくらいにはしないでくださいね。しないでくださいね。絶対にしないでくださいね」
「・・・ルルーシュ、私はそんなに信用がないかな」
「だって、お料理したことのない方に・・・ねぇ、カノン」
「え・・・」
あ、出番なのかしら。 とカノンは思ったが、どう答えればいいというのか。 ルルーシュの望まない答えをだしたらシュナイゼルに殺されるわ、 だからといってシュナイゼルの無能さを認めればまた彼から殺されるわで、どの道カノンに逃げ道はない。 しかしルルーシュももちろんそれはわかっていたのか、カノンが答えを出す前にシュナイゼルに向き直った。
「ほら、カノンも兄様が無能だって言ってます」
「・・・カノンは何も言ってないよ、ルルーシュ」
「そうですか?」
飄々とシュナイゼルをかわすと、ルルーシュはテーブルに向き直った。
「二枚のパイ生地は同じ大きさにしてくださいね。私はつなぎを作りますから」
「つなぎ?」
「中身です」
レモンをしみこませたリンゴの入ったボウルのなかに、 混ぜ合わせておいた薄力粉やシナモンなどの入ったボウルの中身を少しずついれ、リンゴ全体にまぶすように混ぜ込んだ。 段々ととろとろしてきたところで手を止め、隣にいるシュナイゼルの手元を仰ぎ見る。 二枚とも薄さはいい感じだが、如何せんサイズがでかい。
「兄様、大きすぎです」
「え、でもリンゴの多さを考えれば」
「焼いたら嵩は減るので、もうちょっと小さめにお願いできますか」
「・・・了解した」
端の方をちょっとまとめ、先ほどと同じような薄さになるようにのばす。 こんなものかな、といってルルーシュを見ると、 生地を観察していたルルーシュがまぶしい笑顔でシュナイゼルを見上げた。
「ばっちりです」
その笑顔にくらりと来ながら、料理って結構楽しいね、とシュナイゼルがつぶやく。 楽しいでしょう、と笑ったルルーシュがいとおしくて、手でなでてやれないかわりに頭に一つキスを落とした。
「ルルーシュは、いつもこうやって私や父上にお菓子を差し入れてくれているのだね」
「そうですね、愛情こめてます。美味しくなぁれ、って」
「なるほど」
深くうなずくと、楽しげにころころとルルーシュが笑った。 気持ちの問題ですけどね、というルルーシュに本気で首を振って、シュナイゼルは否定した。
「そんなことはない。本当に美味しいんだよ。愛情篭っているなぁといつも父上と話している」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。この前のミルフィーユは美味しかったなぁとか、シフォンケーキが紅茶に良く合ったなぁだとか」
「嬉しい」
ふふ、と若干頬を染めたルルーシュの顔を写真におさめなかったことを、シュナイゼルは本気で後悔した。 取っていたら父上にもお見せできるのに、と考えていると、右肩をカノンがぽんとたたく。 振り向けば、いい笑顔で親指をぐっと立てたカノンがいる。 何なのかと思って視線を下げれば、高性能デジタルカメラがカノンの手に納まっていた。 まさか、と期待の篭った視線でカノンを見れば、メモリーからカノンが画面を見せてくれた。 横顔だが、確かに先ほどの輝かんばかりの眩い笑顔が鮮明にくっきりと移されていて、 シュナイゼルは思わず感謝のキスをカノンの頬に贈りたくなった。ありがとう、カノンよ!
「ああカノン、そこにある9インチのパイ皿を取ってくれる?」
「これですか?」
ルルーシュに指名を受けたカノンが、指差されたパイ皿を丁寧に手に取る。 ルルーシュとシュナイゼルの目の前にことりと置かれたボウルに一枚生地をしくと、 ルルーシュは丁寧にリンゴを並べ始めた。
「兄様、リンゴを置いてっていただけますか。 最後にふちとふちを合わせるので、周りの生地にリンゴは置かないようにしてください」
「わかった」
まるで一輪の花のように、リンゴを並べて積み上げていく。 大きく山盛りになったところで、ルルーシュがボウルに残っていた汁をたらした。
「兄様、バターを一口大にちぎって、リンゴの上に散らしてください」
「一口大」
「・・・兄様、何でそんなにちまちましてるんですか」
シュナイゼルの指によってちぎられていくバターは、やはりルルーシュが先ほど予想したとおり、 紙吹雪並みの小ささにまでなっている。 シュナイゼルからバターの半分を奪い取って、ルルーシュが手本を見せる。 一口大ってのはこれくらいだと見せると、 合点がいったのかシュナイゼルはそれから全てをきっちり同じサイズでちぎって見せた。 なんでそんなところで器用なんだとつっこみたかったが、めんどくさいのでスルー。 もう一枚のパイ生地を丁寧にかぶせると、ルルーシュは端と端とあわせるように指でつまみはじめた。 隣でシュナイゼルがやりたそうにしていたが、 これをやらせるとつまんでいる反対のところで中身がぶっと飛び出す可能性があるので、丁重に断った。 代わりにナイフを持たせる。
「兄様、アップルパイのアレをやってください」
「ああ、やはり飾りなのかい、あれは」
「いいえ。空気孔です」
ナイフで模様のようにつける切り込みを完全に飾りだと思っていたシュナイゼルに、ルルーシュが丁寧に訂正を入れる。 アレはオーブンで焼いている間にパイの中の空気が爆発するのをを防ぐためだ。
「ほう、興味深いね」
「あとはオーブンで焼くだけです。二百度で、五十分。焼き色がつくまで」
あらかじめ暖めていたオーブンの中に、パイを差し入れる。二百度と五十分にメモリをあわせ、席を立った。
「ところでルルーシュ、何でアップルパイなんて作っていたんだい」
正に今更な質問をしたシュナイゼルに、きょとんと目を瞬かせたルルーシュが答える。
「陛下に。『今日のおやつはアップルパイじゃないと執務がはかどらん』とかいうものですから」
「・・・父上・・・」
がっくりとうなだれたシュナイゼルのそばで、ルルーシュが焼きあがるまでお茶でも飲みましょうか、と笑った。




「父上、お味はいかがですか」
「・・・なぜお前が聞くのだ、シュナイゼル」
「父様、今回は兄様が手伝ってくださったんです」
「私の初めての料理はいかがですか」
一口目をもぐもぐと咀嚼し、飲み込んだシャルルが舌鼓を打つ。
「美味い」
その言葉を聞いたシュナイゼルとルルーシュが、嬉しそうにハイタッチするのを、V.V.が笑ってみていた。



そのあと四人でお茶会

2008年10月11日 (2008年10月25日アップ)