「・・・兄様が、そんな方だったなんて、」
「る、ルルーシュ?」
「兄様が・・・っ、兄様なんて、兄様なんて・・・!!!」
「ルルーシュ、待っ・・・!」
「兄様の、人でなし!!」
うわああぁああんっ!!と泣きながら執務室を出て行ったルルーシュを呆然と見送って、シュナイゼルはその場で固まった。 ルルーシュへのばした手が変な角度で固まっており、プルプルと震えている。 明らかに、自重に耐えられない故の震えだ。
ポカーンと口をあけたまま、ルルーシュのでていった方向を見つめるシュナイゼルの肩を優しく、 ポンポンとたたいて、カノンは何度も「殿下、」と呼びかけた。 カノンの後ろではロイドがセシルに窘められつつも、大爆笑して床をポンポンとたたいている。

「・・・・・ああ、いけないいけない。書類の途中だったね」
突然、しゃきっと背広を正したシュナイゼルがペンを片手に書類に向かう。 今さっきまで呆然としていたはずの男が何を言い出すのか。 「殿下?」と訝しげに聞くカノンの声など聞こえないとでもいうように、 フンフフンと鼻歌を歌っているシュナイゼルの意識は書類に向いたまま。 しかし、次の瞬間シュナイゼルはそのペンを書類に落としてしまった。
「あーあ。ルルーシュ様にき〜らわ〜れちゃったぁああ〜〜」
ぶちまけられたインクによって書類は黒く染まり、水分でその下にあった机までが黒ずみになって、 カノンは慌ててメイドを呼んだ。が、メイドが駆け寄って拭こうとした机はシュナイゼル本人よって阻まれてしまった。 シュナイゼルが勢い良く、肘にインクがつくのにも気づかずに、肘を立てて頭を抱え始めたからである。
「っ・・・・・・るるーしゅ!!!!そんな、そんな、兄様を嫌いだなんていわないでおくれ!!!」

現実逃避してたんかーい、とカノンはなぜか関西弁でシュナイゼルの金髪をはたいて、 ところどころがインクだらけになったシュナイゼルの上着をべりりと剥ぎ取って、 シュナイゼルに「さっさとルルーシュ様のところへ行け」だなんて命令したのだった。



我が妹の願望



ナナリー。可愛いナナリー。七歳という年齢でその短い生涯をおえてしまった、たった一人の私の妹。
生きていたら、この子と同じ年頃だった。私はナナリー、お前を15という年齢でお嫁になんて、出せない。 もしそれが、お前の意思であったのであれば、私も最終的には認めるかもしれない。 でもこの少女は、何も知らされずに生まれて、育って、今腐ったチンカスども (この辺がルルーシュの皇女にあるまじき口の悪さ)のためにうちの馬鹿兄貴の所に嫁ごうとしている。 しかも、この婚約をセッティングしたのが、兄様だなんて。ひどい。

「・・・兄様のばか・・・」

再び枕に顔をうずめていると、コンコンと音と共に、この八年聞きなれた清涼な声がドア越しに聞こえてきた。
「・・・ルルーシュ?いるかい、ルルーシュ?」
「・・・・・・」
答えたくなくて、ドア越しにわかるはずもないのに、息を殺して身を縮ませる。
「・・・・ルルーシュ。入るよ」
カチャリ、とドアが小さく開いて、ルルーシュはびくりと身を竦ませて再び毛布を頭からかぶった。 大好きな兄に、人でなしだなんて酷いことを言った罪悪感はありまくりなのだ。 いくら自分がすごく傷ついているからといって、兄が傷ついていないわけがない。 兄はなによりも自分を大切にしてくれているのだから。
居た堪れなさに顔を枕にうずめたままでいると、ぎしり、とベッドの端に重みが乗っかる。 少し体が斜めにずれたのに気づいて、 ルルーシュはこのまま滑ってシュナイゼルの腰にぶつかってしまうかもしれないと思った。嫌だ。 こんな状態でシュナイゼルには会いたくない。
そう危惧していたというのに、シュナイゼルはルルーシュの腰を掴んで引っ張りよせ、 ベッドに腰掛けている自分の身体に持たれかけさせてしまった。 ええいままよ、とルルーシュが身体を反転させて、 シュナイゼルの腰の形一つ逃さないように寝転がったまま抱きつくと、シュナイゼルがゆっくりとルルーシュの髪を梳く。 その心地よさにうっとりと目を閉じそうになって、ルルーシュは慌ててシュナイゼルの顔を仰ぎ見た。 見れば、シュナイゼルは淡く、ルルーシュを慈しみを持ってみているだけだった。
「・・・・兄様」
「なんだい、ルルーシュ」
「・・・・・・・・ごめん、なさい」
ぽつりと小さな声でそういうと、シュナイゼルはほんの少しだけきょとんとして、 すぐさま笑ってルルーシュのおでこにキスをした。
「いいよ。怒ってなんかいない。ルルーシュが傷つく原因は、私にあるからね」
「・・・兄様」
「そういえば、あの子・・・ナナリーも、生きていたら今年十五歳だったね。中華連邦の幼帝天子も、十三だった」
「・・・・」
「一見か弱そうで、可憐な見た目もそっくりだ。君が動揺するのも無理は無い。 しかも嫁ぎ相手が、自分よりも一回りも二回りも年上のおじさん、だったらなおさらのことだ」
自分の長兄をおじさん、と茶目っ気たっぷりに言ったシュナイゼルは、ウインクを一つ。 そのしぐさにクスクスとルルーシュが肩を揺らして笑うと、シュナイゼルが目を細め、 そしてルルーシュの脇の下に手を入れて抱き上げた。抱きしめたまま、二人揃ってベッドへ落ちる。
「兄様?」
ポスン、とスプリングの利いたベッドが柔らかく二人を包み込んで、 ルルーシュは何事かとシュナイゼルの腕の中で兄を見上げた。 ルルーシュを見下ろすシュナイゼルは相変わらず微笑をたたえたまま。
「かなえてあげるよ、ルルーシュ。何がしたい?」
ちゅ、ちゅ、と額から目じり、鼻の先、と子供だましのようなキスをされる。 でもルルーシュはそれが嫌じゃなかった。 気が滅入るほどのストレスが溜まる皇宮内で、 いまやルルーシュがただの成人前の子どもとしていられるのはシュナイゼルの前だけだったからだ。 シュナイゼルとルルーシュは、その仲睦ましい姿に良くそういう関係ではないのかと一部で噂されるけれど、 実際のところそんなことは全くない。ただ、お互いがお互いを一番に思っているだけで、恋愛対象にみてはいないのだ。
「・・・オデュッセウス兄上と、天子の婚約の取りやめを」
「それは、もう時間的に無理だね」
「・・・では、後に婚約の破棄を」
「そうだね、でも大宦官がうるさそうだ」
「じゃあ殺しちゃいましょう」
「うん?」
「殺しましょう。あんな気持ち悪い・・・・だって、言ったら下品ですけど、ないんですよ。 男じゃないですあんなの。女のでもないのに・・・気持ち悪いです、殺しましょう」
「っ・・・・ルルーシュ、痛いところをつくね。 そこは仮にも男である私の手前、言わないでいてくれるとありがたかったんだけれどね」
「え?」
「だってなんかリアルで痛々しいじゃないか。」
「・・?」
「うん、ルルはわからなくていいんだよ」

話題をさっさと終わらせて、シュナイゼルは片腕にルルーシュの頭を乗せたまま仰向きになった。 天蓋の一点を見つめて少しだけ考えると、再びくるりとルルーシュの方をむく。
「そうだ、ルルーシュ。クーデターを起こさせればいいじゃないか」
「え?」
「君のほら、彼氏の黎星刻・・・」
「かっ・・・彼氏じゃありません!!違います、そんなんじゃないです!」
シュナイゼルの言葉をきいたルルーシュが、かーっと耳まで真っ赤になって反論する。
「おや、そうなのかい?私はてっきり・・・」
「ち、違います!違います!」
「・・・ふうん・・?」
必死に否定するルルーシュに意味深な笑みを浮かべてから、 シュナイゼルはルルーシュが泣き出す前に話題をさっさと切り替えた。軌道修正をする。
「まあ、その黎星刻くんに」
「はい・・?」
「彼は天子側なんだろう?今回の婚約も大宦官の暴挙ということで、クーデターを起こすかもしれないじゃないか」
「・・・・・あぁー・・・・」
なるほど、と納得がいったという顔のルルーシュが、ふんふんとうなずいた。 勢い良く起き上がって、ベッドから飛び降りると、すぐさま机の上の通信機に向かう。 すばやく中華連邦へのコードを打ち込みはじめた。
それをぼんやりと見ていたシュナイゼルは、なんとなしに両腕を頭の上で組んで腹筋を始めた。 膝は立てずにのばしたまま、上体を上げると共に一緒に片足を上げる。 左右に上体をひねってからベッドに背中がつく直前で動きをとめて、シュナイゼルはそれを繰り返した。 彼は割りと鍛えられている。王子様だって、腹筋割れるんだぞというのはシュナイゼルの密かな自慢だ。
「ご機嫌だね、ルルーシュ。泣いたカラスがもう笑っている」
「ふふー、だってこの後が楽しいじゃないですか」
「うん?」
「楽しい事その一、チンカス大宦官を殺せる。 その二、久しぶりに噛み砕かずにそのまま話せる相手である星刻に会える。 その三、さりげなく自分はまだ若い世代だと思ってる兄上に自分はおじさんなんだと自覚してもらえる。 その四、天子とお茶ができるかもしれない。その五、天子に自作のケーキを食べてもらえるかもしれない。 その六、天子にお姉様と呼ばれるかもしれない。その七・・・」
ほとんど天子と欲望じゃないか・・と思いつつも、シュナイゼルはそれを口には出さない。 ルルーシュは相変わらず可愛いなぁと思いつつも、彼はほんの少しだけやっぱり最愛の妹が怖かった。
どうやら彼女は相当大宦官がお嫌いなようだ。 嫌いだから殺してしまえる、純粋さを持ち合わせているルルーシュは、 これからどういうタイプのピュアさを見せるのだろう。

やっぱりルルーシュといると和むし、面白いし、癒されるし、 鮮烈でいいなぁ、と今日もシュナイゼルは妹への愛を再確認するのだった。



あ、もしもし星刻?殺っちゃわない?あーうんうん、じゃあ明日、六時にね?

2009年1月19日 (2009年5月21日)